手紙―⑩
やっと完結です。
長かったなぁ(主に月日が)。
当初から読んで下さった方はもう、完全に忘れちゃってるでしょうね。出足の辺りとか。
全てがクリアになった。
周囲の全てが触れる事も見る事もないままに、その色・形・温度・手触りや質感に至るまで、全てが『直接』感じられた。あらゆるモノが自分の中にあるかのような、コレまで有り得なかった感覚。
そしてその有感範囲とでも言うべきエリアが次第に拡大していった。
最初は自分が横たわっていた部屋。その中に居たビショップ氏とメイド。そう認識している間にも有感範囲は留まる事無く拡大して行き、屋敷全体を覆い尽くすまでに広がった。屋敷のあらゆる間取り、この地下室の更に下にある石造りの小部屋。様々な色の小石が螺旋状に敷かれているのが分かる。
メイドが本当にこの世界の――この惑星の――生物では無い事もハッキリと理解した。情報が多過ぎて言葉に出来ないが、一から十まで全てが違うんだ。そしてビショップ氏も普通の人間ではない事が分かった。ロストテクノロジーの恩恵によって、普通では考えられない程の永い時を生きて来た事が『理解』できた。感覚の拡大はソコで落ち着きを見せ、僕はやっと落ち着いて自分の状態を観察できるようになった。
僕の肉体が下に横たわっている。その上に『僕』が浮かんでいる。肉体を持たない『僕』。存在の本質としての『僕』。昨日の体験を遥かに上回る、桁違いの『解放』。一切のリミッターが外れた状態と言えばイイだろうか。認識する範囲の情報がすべて、ダイレクトに流れ込んで来る。情報の奔流。そしてソレを全て同時に認識出来る自分。
全能感すら感じている『僕』にビショップ氏の思考が流れ込んで来た。
自分の状態を認識したようだね。まず移動の手段を教えよう。なに、簡単な事だ。行きたい場所をイメージするだけだ。或いは意識を向ければイイ』
『意識する・・・イメージする・・・』
自分に言い聞かせるように繰り返しながら右手の壁に手を触れようとすると――空間を滑る様な感じで引き寄せられた。一瞬で。昨夜の体験が子供騙しにしか思えない程の鮮やかな感覚。
『凄い…』
『いや、ソレはまだ移動しただけに過ぎない。移動の緩急、障害物のクリア、移動距離の調整もマスターしなければならない』
クリアすべき課題がそんなにあるのかとゲンナリしかけたが、やってみれば何の事は無い。イメージの使い方次第だった。出来ると思えば出来る。精神論そのものだが、今の『僕』は精神そのものなんだから精神論100%で行くべきなんだと分かった。だが逆に言えばイメージ出来ない事は絶対に出来ないと言う事でもある。つまり、肉体を纏っている時の様に、出来そうに無いと思っていても、やってみたら出来たと言うような事は起こり得ない。この状態では『思う』事が全てと言うワケだ。
また、これまでの人生で培ってきた感覚と言うのも、そう簡単に消せるモノでも無かった。
壁や水中・地中に入る訓練をしていた時の事だ。肉体を纏っていないのだから何の障害も無いハズが、どうしても「呼吸」をイメージしていまい、何度もパニック状態になってしまったんだ。
無論一瞬で抜け出せるんだけど、この「肉体の残滓」とでも言うべきイメージを克服するのに一週間近くかかってしまった。
そう、僕の肉体は――既に手遅れなんだ。
何度もビショップ氏に尋ねられた。「元の生活を捨てても良いのかね? 今ならまだ引き返せるのだ。」「これまで築いて来たモノ――人間関係や功績、学問やスポーツ。自らがやって来た事を全て無に帰すつもりかね?」等と何度も何度も。
だが『僕』はそれで構わない、この素晴らしい事実にこの上なく満足していると答え、再び肉体という衣を纏う事を拒み続けた。
ソレは肉体の死を意味する事を理解した上での決断だ。今も後悔はしていない。そうして更に一週間程訓練を続け、『僕』はこの地球から旅立った。
その時点で『僕』は宇宙空間であろうと、地球の中心核であろうと自由に行ける様になっていた。さすがに恒星の内部はイメージが追いつかないから試してはいなかったけど、いずれは出来ると確信していたし、呼吸も水も食料も必要ないんだから気楽なモノだ。行動の自由と言う点において、肉体は足枷にしかならないと断言できる。
速度や距離の問題さえも無いのだから。ただ意識するだけでソコに行ける。これ程までに都合のイイ話があるだろうか?「月に行きたい」のなら、月を見てソコにいる自分をイメージすれば、ソレで終わりだ。次の瞬間にはソコにいる。あとはクレーターだろうと何だろうと、行きたい所を見てソコを意識すればソコに居る。
この要領で月から始まり、火星・土星・木星・天王星・海王星・冥王星と順番に探検をして回った。巨大なガス惑星や氷惑星には、そのスケールに圧倒されもしたけど、『僕』の好奇心と――何よりもその美しさと神秘性に魅せられてクリアした。木星に吹き荒れる、地球では有り得ない暴風。大赤斑の中に在る大いなる存在。海王星の深く青い大気の下に広がる原初の海。とても言葉では伝えきれないモノを直接感じると言う、この上なく神秘的な体験をした。そして今度は引き返し、地球よりも内側の内惑星、金星・水星を探検し――いよいよ太陽に突入した。
この頃にはもう、天体のスケールや環境に対する恐怖というモノは消え去っていたと断言できる。
恐怖は肉体に対する損傷、或いは決定的な「死」への安全装置と言えるシステムだ。だが今の『僕』にとって、そんなモノが何の役に立とう?既に「死んでいる」のだから。もう太陽の桁外れの大きさや輝き、圧倒的なエネルギーも「凄い」と楽しむだけで、全く恐怖なんか感じなかった。
肉体を持たない以上はどんな温度も圧力も重力も、ましてや放射線も全く問題にならないんだから当然だ。そしてあらゆる情報をダイレクトに受け取れるのだから、こんなに都合のイイ探検があるだろうか?ゲームで言う「無敵モード」「チートプレイ」以上の状態だ。何しろ冥王星から太陽までであろうと、あっという間に移動できるんだ。無敵なだけじゃ無く、いつでも任意の場所に行ける。コレがゲームならすぐに飽きてしまう所だけど、果てしない宇宙の神秘の真っただ中にいると飽きる暇なんか無い事が分かる。
肉眼では見る事の出来ない波長の光、放射線はおろか重力でさえも認識出来る今の『僕』なら、どんな計器でも検出不可能な事象すらも捉える事が出来るんだ。何しろ精神で直接感じているんだから。
そんな『僕』だから、100万度のコロナも地球よりも大きな炎――プロミネンスもただ美しいだけだった。
そしてこの太陽系の全てを探検した『僕』は理解した。太陽も惑星も――全て一つの目的に沿って造られたのだと。全ての星系にそれぞれ役割があり、ソレはこの太陽系も例外では無いんだ。考えてみてくれ。アステロイドベルト、エッジワース・カイパーベルト、オールトの雲と3重にに覆われている僕達のこの太陽系。何かに似ていないか?
まるで実験室の様だと思わないか?
そう、この太陽系は精神と肉体における「進化の実験施設」だったんだ。僕達はただ生まれてきただけなんじゃ無い。
『僕』はこの太陽系の全ての惑星を旅した。それぞれの惑星の中心核にまで到達し、その惑星の持つ意思と言うか意識と言うか、そう言ったモノとコンタクトする事が出来た。ソレはそれぞれの惑星における「大地母神」とでも言うべき存在だ。彼ら――彼女らと言うべきと思うかも知れないが、彼の存在に性別は存在しない――が僕に伝えたんだ。
「自分達は一つの目的の為に生み出された」と。
「ソレは地球に生命を生み出し、極限まで進化させる事」だと。
その為の「進化を促す圧力」として様々な環境変化や自然災害が起こるようになっているらしい。ソレに対応し切れなかった種は――コレまで何度も起こって来た「大量絶滅」と言う破滅が待っている。
コレまでの所、「進化を促す圧力」に対して人類は何とか対応して来た。様々な間違いや失敗、幾つもの迷いや過ちを繰り返しながらも。失敗を繰り返す度に人はソレを繰り返さない様に手を打ち、それでも繰り返したなら更なる対策を講じてきた。その度に人類は全体として前進を重ね、無数の「進歩」を繰り返しながら、「人類社会」を「進化」させてきた。
だが――まだ遥か未来の話になるが――ある「特定の星の並び」になった時。僕達の地球に過去最大の「進化を促す圧力」がかかる。ソレは遥かな太古から用意されていた想像を絶する存在だ。今は太平洋ポナペ沖の海底神殿ルルイエに幽閉されている、古の「旧き支配者」の一体。数十万年の後に「旧き神々」が施した封印が解け、地上に現れる事を約束された恐ろしき存在。
過去にその事を知った極一部の人達は、その著作によって或いは警鐘を鳴らし、或いはその絶大な権能に与る術を伝えて来たようだ。ビショップ氏もその流れのうちの一人だったようだけどね。
問題は――来るべきその時までに、人類がどれだけ進化を遂げられるのかだ。ルルイエに眠る巨大な「旧き支配者」は完全なる不死な上に、想像もつかない恐ろしい力を持っている。今の人類の総力を結集しても、どうにもならないだろう。
だが希望もある。いつか人類が他天体に進出する時。木星や土星の濃密な大気と激烈な嵐、そして強力な重力を克服し、その中心にある地球よりも遥かに大きな大地に降り立つ事が出来れば――そこに生きる生物達と、彼らが崇める「神」に出会えれば――話は変わるだろう。彼らの助力を得られれば、来るべき艱難の時を乗り越えられるかも知れない。
僕は遥かな未来で人類が勝利する事を祈っている――
手紙はこうして締めくくられていた。
僕――黒田義彦――の想像を超える話だ、この手紙の内容は。幾ら何でも「ハイそうですか」とはいかない。
だけど読み終えた途端に、手紙が真っ白な灰となって崩れ落ちてしまうと言う不可思議な現象が起こったのも事実だ。内容にしても確かめようが無い類のモノである事もまた事実だ。
ならば待ってみよう。数十万年後では無く今夜を。
彼は冒頭にこう記していたのだから。
――今夜君の夢の中に現れてみせよう――と。
拙い作品ですが、楽しんで頂けましたでしょうか。
それほど長い物語でもないのに、何故か半年ほどもかかってしまいました。
仕事だの何だので忙しかったのもあるんですが、PCが壊れたり体調を崩したりと色々ありました。よく頑張ったなぁ私。
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「こんな下らない話に電力つかったら地球温暖化が進むだろ!」的な御意見でもウエルカムです(w