第16話
ナディーとトイフェルが国際魔法警備局アヴニール本部に到着したのは、夜が更け、日付も変わろうかという頃だった。
事前にアンヘルが話を通してくれていたのだろう、夜警の男は二人を見るなり東棟へと案内してくれた。
「カルンヘラ警部補。御客人が到着されました」
「あぁ、ありがとうございます。すみません、仮眠時にお願いしてしまって」
「構いません、仕事ですから。では、失礼します」
アンヘルと少しだけ言葉を交わして、夜警の男はくるりと後ろを向いた。トイフェルが思わずぺこりと会釈をすれば、少し驚いたような顔をして、彼もまたぺこりと会釈を返してくれた。どうして彼が驚いたのか、トイフェルにはよく分からなかったけれど、国際魔法警備局に勤める者の中で、買取屋を嫌悪しない人がいるというのは、どうしようもなく嬉しかった。
「二人とも疲れたでしょう?君たちの店からここまではかなりの距離がありますから。事情聴取は明日行うので、まずはゆっくり休んでください」
「私が休むわけにはいかなわ。元をたどれば、私がララを一人で留守番させるだなんて選択をしなければ防げたはずの事件なんだもの」
「ほら、冷静になれていないじゃないですか。王城に呼ばれた以上、ララを連れていくことはできなかった。君の判断に間違いはありません。それに、ナディーがしっかり休まないと、トイフェルくんだって休めないんですよ」
アンヘルの言葉に、ナディーははっと顔を上げて、ついで後ろに控えるトイフェルを見た。トイフェルは大人びた容姿をしているとはいってもまだ15歳、育ち盛りの子供である。長くかかる移動を2連続行い、安寧の住居は破壊の限りを尽くされ、夜中まで起きているとなると、その身にかかる負担は想像に難くない。
「ぼくはまだ大丈夫です。事情聴取くらいなら……」
「トイフェル、今日はアンヘルの言葉に甘えて休みましょう。ごめんなさいアンヘル、私がどうかしていたわ。」
「えっ、ナディーさん!ぼくを盾にするのは辞めてください!それに、ぼくたちが休んでいる間にも、ララは一人で……寂しい思いをしているかもしれないんですよ?休んでなんかいられません」
「落ち着きなさい。貴方も、気が動転しているのよ。第一、私達は一介買取屋であって、捜査権が与えられた警備局員じゃないの。自分の立場くらいきちんと弁えなさい」
少しだけ語調を強めれば、アンヘルは渋々といった風に頷いた。本人に自覚はないだろうが、少しだけ目がとろんとしている。興奮しているとはいえ、眠いものは眠いのだ。
「普段ワタシが使っている仮眠室を貸しますから、今日はそこで休んでください。相部屋で落ち着かないでしょうが、忙しい局員がきちんと休めるようにと準備された部屋ですから、疲れは取れるはずです」
「それはありがたいけれど、あなたはどこで休むの?」
「完徹しようかと。正直休んでいる暇がないんですよね、色々な案件がかさなっているものだから。……とりあえず、ここで話していてもしょうがない。先に部屋に案内するよ」
――
アンヘルの好意で貸し出された彼の仮眠室は、下手なホテルよりもきちんとしたつくりをしていた。何か月も過ごしてしまえそうなつくりに、アンヘルが所属する魔法犯罪対策課の激務ぶりが伺えて、思わず半目になってしまったのはご愛敬である。花形部署が花形部署たる所以なのかもしれない。
ベッドとソファが備え付けてあったので、ナディーはベッドで、トイフェルはソファーで休んだ。ナディーとしてはトイフェルをベッドで休ませたかったのだが、本人も気が付かないほど疲労がたまっていたのか部屋に入った途端ソファーに倒れこんで眠ってしまって、動かすにも動かせなかったのである。アンヘルに頼んでもよかったのだが、本人はこれ以上抜けていられないから、と部屋の鍵を開けてすぐ自席にもどってしまったので、釈然としないながらもナディーはベッドを使ったのだった。
部屋に通されてすぐ、アンヘルから朝礼が終わったら迎えにくるからそれまで部屋から出ないでほしいと言い含められていたこともあり、ナディーは見事なまでに暇を持て余していた。十分休息も取れたことで早くララを探しに行きたい気持ちは増しているのに、自らの根城でないというだけで制限がかかるというのはなんとも動きづらい。
(どうして、私の店が荒らされてララがいなくなってしまったのか……私は数カ月を共に過ごした結果ララがあんなことをする子じゃないと言い切れるし、何より先に庭が荒れた形跡があったからララが攫われたのだと見当をつけられたけど、それが国際魔法警備局に通じるかと言われたら難しいわ。
彼らは根無し草を誰よりも嫌悪している人達だもの。経過観察中のララが一人になった途端その姿を消したと聞けば、きっと彼らはララが自らの意思で逃げたと思い込んでしまう……。
あの子の名誉のためにも、どうにか弁明したいところだけれど、私たちはまだ確たる証拠を掴めていないから……)
ぐ、とナディーは唇を噛んだ。アンヘルが所属する魔法犯罪対策課を取りまとめるのは、ララに詰問を投げたユンゲ・ゴルバトン警部だ。そしてその上には、腹の中が読めないマクイレン・フリアー警視がいる。店でならともかく、彼らのテリトリーである国際魔法警備局アヴニール本部でうまく立ち回れるかどうかわからなかった。
そういえば、と、ナディーは壁に掛けられた時計を見上げる。現在の時刻は午前8時30分。国際魔法警備局アヴニール本部の始業時間が何時なのかは正確には分からないけれど、始業を開始していてもおかしくはない時刻だ。だというのに、アンヘルが現れる気配は一ミリもない。完徹すると言っていたが、眠気に負けてしまっているのかもしれない。まだ20代とはいえ、そろそろ無理のきかない体になってきたという自覚はある。同い年のアンヘルもそれは同じだろう。下手したらこの部屋から出られるのは昼前になるかもしれないな、と思って、ナディーは深くため息を吐いた。
「う、んん……」
「あら、起きた?おはようトイフェル、よく寝てたわね」
「おはようございます……あれっ、今って!」
「大丈夫、まだアンヘルは来てないわ。それに、時計を見てみなさいな。普段と一時間しか変わっていないわ。昨日は眠るのが遅かったもの、この時間に起きられたなら上出来よ」
「そう言われても寝坊は寝坊じゃないですか!あぁ、やっちゃった……学校に行かないと決めた時、せめて寝坊だけはしないようにと決めたのに……」
「普段とは違う状況下で普段通りにできるわけないでしょう。大人でもできないんだから、あまり自分に厳しくなるのは辞めておきなさいな」
「うぅ……分かりました……」
唸って項垂れて頭を抱えて、寝起きからころころと表情が変わるトイフェルがかわいらしくて、ナディーはこっそりとほほ笑んだ。
ふいに、がちゃりと扉が開いた音がする。
「やっと来たの、アンヘル……えっ」
やっと来たかとそちらに目を向けて、ナディーははっと目を見張る。そこにいたのは、アンヘルではなく、彼の上司の一人であるマクイレン・フリアーだったからだ。
「カルンヘラ警部補でなくて申し訳ない、エスペランサ師。私についてきていただけますか、お話を聞かせてください」
――
「ごめん!昨日君たちを案内してくれた警備員さんがフリアー警視に話を通していたみたいで……」
「別に、私たちは特に問題ないけど……アンヘル、あなたの仕事は終わったの?夜なべしてこなしていたんでしょ?」
「途中で止めて、私の仮眠室に放り込んでおきました。ダグル・ララの件を一任している捜査官が、寝不足で現地捜査中に倒れるなど許しませんからね」
しらっとした顔でティーカップを持ち上げるマクイレンを、トイフェルがこわごわとした表情で伺っている。寝起きで自省していたところに、来ると言っていたアンヘルではなくマクイレンが現れて、大した説明もなく部屋から連れ出されたのだから、混乱して当然だろう。
「それで、エスペランサ師。ダグル・ララが失踪したというのは、本当ですか?」
「……えぇ。次期皇帝のシャイナ・ル・アヴニール陛下からのお呼び出しから帰宅したら、店と家が荒らされていて。ララの姿はどこにもありませんでした」
「周りは探されたのですか?エスペランサ師の店は、郊外の中でも特に山間にあるでしょう。周りに隠れていたとか、そういう可能性は考えなかったのですか」
「夜中でしたし、そんな事考えられないくらいの荒らされようでしたから。ララが自ら店や家を荒らして出て行ったのではと疑っているのでしょうが、ララはアヴニールの地理に詳しくありません。逃げるにしても、どこに行くとおっしゃるんですか」
「エスペランサ師がダグル・ララを引き取ってから数か月の間。貴女はダグル・ララをこの国のどこにも連れて行かなかったのですか」
やはりそこを問われるか、と。ナディーは大きなため息を吐いた。確認したことはないけれど、神出鬼没の国際盗賊組織の一員であったララはおそらく記憶力が同年代に比べても良い方だろう。どこかに連れ出していれば、そこへ向かう道筋くらいは簡単に覚えられるはずだ。
「人格混濁症の治療のために預かった子です。出掛ける事で得られるような娯楽は与えたことはありません。基本、この数か月は家にいてもらっていましたよ。なるべく一人にしないよう、私かトイフェルが一緒にいましたから、一人でどこかに行っていることもないでしょうし」
「では、どうして昨日は一人でダグル・ララを残して王都へ出かけていたのですか?次期皇帝陛下のお呼び出しで王城にダグル・ララを連れていくことができなかったとしても、カルンヘラ警部補にでも言って監視の目をつけることもできたでしょう」
「治療のためです」
「治療?一人になることが治療になるのですか」
不思議そうに首をかしげるマクイレンに、ナディーは首を縦に振って見せた。
「人格混濁症は、人と関わることで発症する病です。しかし、一度発症してしまうと、その進行は独りでいるときによく進むといわれています。完全に治る病気でもないので、ある程度症状が落ち着いてきたタイミングで、長時間一人になる時間を作り、慣れる必要があります。治療後期に行われるものですから、聞き覚えがなくても仕方がありませんが」
「なるほど。師がおっしゃるのであれば、そうなのでしょう。私はその辺りについては門外漢ですからね、貴女の言葉を信じるしかありません。しかし、困ったな……そうなると、ダグル・ララの行方に関する手掛かりは本当にないということになる。エスペランサ師の店に残された痕跡を辿るにしても、上手く追えるかどうか……」
「……手がかりがないのであれば、シジェラ地区へ向かってみるのはどうでしょうか」
沈黙で覆われた会議室に風穴を開けたのは、アンヘルの一声だった。どういうことだ、と、マクイレンが目線だけで問う。
「シジェラ地区魔力事故で、つい最近新たな証言が出たでしょう。事故が起きる直前、【ダグルの紋章が入った通信機】を持つ少女たちがいて、その中にララに似た少女がいたと。ララは、それはダグルではなく別の組織なのではないかと証言していましたが、ララを捕えてからかなり時間が経っている事を考えれば、彼女が知らない作戦が動いていてもおかしくはない」
「ダグルが、ララを連れ去ったというの?」
「仮定の話だけれど。ほら、ララはダグルのリーダーを父と呼んでいただろう?仮にダグルのリーダーが、ララを本当の子供のように愛していたのだとしたら」
「我が子を連れ戻すためにアヴニール帝国へ入り、事件を起こし、ダグル・ララの行方を探った。……筋書きとしては、何もおかしくないね。いいだろう。カルンヘラ警部補、買取屋ナディー・エスペランサ師、そしてその見習い弟子トイフェル・ローズウッドくんを連れて、シジェラ地区へ探索調査に向かいなさい」




