紅の特性
ユークが紅の魔物を捉えると同時に相手もまた視線を向け――距離を置いて、にらみ合う形となる。
「……漆黒ほどの脅威は感じませんが」
アンジェが感想を述べる。確かに発する気配は漆黒の魔物と比べれば決して大きくはない。
「元々、構造物から魔力を吸収するタイプだ」
ユークは魔物から視線を外さぬまま、口を開く。
「大地から力を得る漆黒と比べれば、得られる魔力量と抱えられる量に違いがあるんだろう」
「……城壁などを易々と破壊できる能力の代わりに、直接的な戦闘能力は低い?」
「あくまで漆黒と比較して、だけど……特性を変えることで様々な能力を得るわけだが、それによって魔物が保有できる魔力の限界が決まってしまうのかもしれない」
「大地から得られればもっとも強い個体が生まれると」
「その分、漆黒を生み出すほどの魔力を吸い上げるには時間が掛かるか、特定の場所しか無理か……そんな制約があるんだと思う。ただ」
ユークは剣を構えつつ、アンジェへ続ける。
「例えば身体能力とは別のところで能力が高い、ならば話は変わってくる」
「……純粋な魔力量で勝負してこないと?」
「魔物は基本、力によるごり押しだ。漆黒の魔物はその典型だし、純白だって似たようなものだ。でも、何か際立った特徴を持たせた魔物……そういうのが現れてもおかしくない――」
解説をしていた時、紅の魔物がユーク達へ向け走り出した。直後、魔物の右手には真紅の剣が出現する。
あれは魔力で作成した剣――ユークは自身が握る剣に魔力を叩き込むと、魔物へ応じるように走り出した。
双方が距離を詰める形となり、互いが相手を剣の間合いに入れる――刹那、先んじて動いたのは紅の魔物。その剣戟は鋭く、単なる力押しとは明らかに違っていた。
(――技術か)
ユークはまず魔物の剣を受け、弾く。一歩後退すると魔物は前進。続けざまに放たれた攻撃に、ユークは防御して難を逃れる。
「ユーク様!」
アンジェが声を発する。魔物の動きでどういうことなのか瞬時に悟った様子。それはユークも同じであり、
(魔物の体には人間の技術が宿っている……!)
そう心の中で呟きながら、反撃に転じる。剣は理想的な軌跡を描いて魔物の首筋へと迫るが――相手はそれを剣で受け、いなした。
ユークの手には、スルリと抜けるような感覚。魔物が力によってはね除けたのではない。間違いなく、人が培ってきた剣術を利用した動き。
(漆黒が純粋な身体能力特化に対し、紅が構造物破壊と人間の技術か……)
問題はどうやって剣術を学ばせたか。そして、この剣術は誰のものなのか。
(それがわかれば組織に近づくことは……さすがに、厳しいか?)
胸中で考察しながらユークは紅の魔物へ挑む。相手もその動きに応じて剣を構え直しており、まるで騎士と戦っているような気分にさせる。
(間違いなく強い……というか、参考にしているのは達人級の騎士か?)
再び剣同士が激突する。途端、紅の魔物は剣を引きユークのは腕にまたもスルリと抜けるような感覚が生まれる。
(力押しができないよう、攻撃は全て受け流すようにしている……か。なら――)
ユークはさらに力を入れる。そして放たれた斬撃を紅の魔物は再び受けた。
しかし、今度は受け流せなかった。ユークは剣を引き戻すことのできない力加減を行い、魔物を押し留めることに成功。
続けざまにユークが紅の魔物が持つ剣を弾き返した。そして生じた隙を利用し魔物の首筋へ一閃する。
紅の魔物は回避に転じようと動いた――が、先に剣戟が入り、首が両断された。途端体躯の動きが固まると同時、魔物は滅び去った。
ユークは息をつきつつ周囲を見回す。他に魔物の気配はない。森にはまだ複数体魔物はいるが、それらが来ることはなかった。
「ユーク様」
戦闘終了後、アンジェが名を呼びながら近づいてくる。
「周囲に他の個体は来ませんでしたが……」
「ああ……アンジェ、さっきの魔物の動きについて、感じるものとかあったよな?」
「はい。騎士が学ぶ剣術であるのは間違いないですね。ユーク様の剣を受け流す動きなども、教本に記載されているような……」
「なるほど、型にはまった技術を教え込んでいるというわけか。どういう風にやっているのかは不明にしても、魔物に技術を植え付けることはできると」
「はい。しかもかなり練度が高かった……紅の魔物は、人間の技術を有効利用しているというわけですか」
「それで間違いないな。構造物から魔力を取り込み……対人戦に特化した魔物みたいだ」
「漆黒の魔物だけでは足らないと?」
「色々と役割が違うんじゃないかな。騎士の技術を持っている魔物ということは、時間稼ぎだってできるだろう。漆黒で兵士を蹂躙し、騎士を技術で食い止めあとは数で押し込む。あるいは室内などで漆黒の魔物の身体能力が活かされない場合は、紅の魔物で……どちらにせよ、厄介な特性を持つ魔物がまた一体、というのは間違いない――」