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幕間:彼女の心境

 ――アンジェにとって、世界というのは二つに分けられる。自分の力や技術を磨き上げるものなのか、そうじゃないのか。

 そうした極端な考えの中で、アンジェはただひたすらに修練をこなした。ユークほどではないにしろ、勇者の証を持つ彼女は騎士の名家であるエインディット家が施す鍛錬に耐え、成果を上げることができた。


 彼女の父親や兄がどう考えているのかはアンジェ自身わかっていない――が、鍛錬が国の役に立つのならば、それで十分だと考えるようになった。誰かから教育を受けたわけではない。それこそアンジェ自身の考えだった。

 富や権力はいらない。平和な時代である以上、名声を得ることも難しいだろう。けれどそうした中で、騎士として国を平和にできるのであれば――人々の役に立つのであれば、それ以上は必要ない。


 ただ、そんな考えも少しずつ揺らぎ始めていた。その原因は、隣を歩く勇者であるアンジェの主。


「お、書店……しかも結構大きいな」


 ユークは店の前に立って呟いてみせる。


「読書は好きなんだったっけ?」

「嫌いではありませんが、特別好きかどうかはわかりません」


 アンジェ自身、本当に言葉通りだった。鍛錬を通して勉学にも励んだ。ユークのように一読して覚えるなどということはできなかったが、書物を読み込むことは苦痛ではなかったし、延々と続けられる行為ではあったが――


 ユークは少し思案した後、書店へ入る。アンジェはそれに追随し色々と見て回ったのだが、最終的には何も買わず店を出た。

 もし、普段の精神状態であれば何か技術的なものを向上させる書物の一つでも購入していたかもしれない。しかしアンジェの心境は通常時から逸脱している。上手く思考もできないし、ユークの言葉にもどうにかこうにか返答できているにすぎない。


 ――彼の口からデートという単語が出てきてからだ。今やっていることは間違いなくそれであるし、そもそも朝から町を歩き回っていたのを考えると、他者から見ればカップルが並んで歩いているように見えたはずだ。

 ユーク自身、おそらくそのつもりで今日町を見て回っているのだろうとアンジェは思う――意図についてはわからない。実際、彼が語った通り今後のことを考え、こういう経験も必要だろうと考えただけかもしれない。


 しかし、アンジェの精神はそこからおかしくなり始めた。自身の状況を正確に把握することでどうすればいいのかわからなくなる。結局ユークの提案を全て受け入れ、適度に相づちを打ってその場しのぎを続けている。

 そうした感情は、幸いながら表に出てきてはいないが――昼食をとってから数軒店を回った後、ユークはアンジェへ首を向け、


「少し休むか? どこかに立ち寄ってお茶でもどう?」

「……大丈夫です」


 対面は取り繕っているが、それでもユークは気付いている様子。しかしこれ以上情けない姿は見せられないとばかりに、アンジェは首を左右に振る。


「このまま続けましょう」

「そこまで固くならなくても……」


 ユークは苦笑しつつ、頭をかく。


「まあ、今まで経験してこなかったんだから仕方がないよな」

「……そういうユーク様は慣れた感じですね」


 ふと、疑問を抱く。彼であってもずっと山ごもりで修行をしていたはずなのに。

 それとも、完璧である彼はこういうことも経験無くあっさりとこなせてしまうのだろうか。


「あー……その辺りはおいおい語るかな。といっても、大した話じゃないけど」


 どこか誤魔化すように言った後、ユークはアンジェへ提案する。


「そっちのリクエストとかはある?」

「いえ、特には……」

「そっか。夕刻前くらいまでは町を見て回ろうかと思うんだけど、いいか?」

「はい」


 そこは承諾する。考えが上手くまとまらない状況ではあるが、他ならぬ彼からの誘いだ。否定することなどアンジェの選択肢にはなかった。

 そんな考えが透けたのかユークは再び苦笑。その後、


「……手とか繋いでみる?」

「いえ……遠慮しておきます」


 現状でも頭がパンクしそうなので、これ以上何か進展すればどうなるのか――まずは慣れなければ、とアンジェは思う。


「どうやら、一回だけじゃ解決しなさそうだな」

「もしや、今後もこうしたことを?」

「まあ、色々やっていくつもりだけど」


 アンジェとしてはどう解釈すればいいのか迷った。こういう機会を提供してくれるユークに感謝すべきなのか、それとも緊張するイベントが増えたと認識するべきか。

 ともあれ、これが必要であるのならアンジェとして否定する余地はない――よって、


「わかりました。いつでも対応します」

「……とりあえずそのあまりにも固い反応を解消するところから、だな」


 なおも苦笑したユークはそう結論を出して、歩き始める。アンジェは隣に立ち並んで――そうして、初めてのデートはつつがなく進行したのだった。



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