大事件の余波
勇者が凶悪な魔物を従えていた――という一大スキャンダルは、オルトを倒して三日後には世間に広まり始めた。なぜ勇者がそのようなことを、と人々の話題に上り様々な憶測が流れた。
結論はわからないが、多くの人はとある推測をした。それは現行の勇者制度がオルトの裏切りを生み出したのではないか――果ては勇者という存在に対する批判も生まれた。
「勇者がやらかした以上は当然の反応だと思うよ」
ユークはアンジェへそう語る――場所は宿に併設された食堂。時刻は夜。
オルトと戦って五日後のこと。ユーク達はロミウスに戻って以降、仕事をこなして武具購入のため資金を稼ぎつつ今回の騒動について情報を集めていた。
とはいってもオルトの動機などを調べるのではなく、今回の一件が世間にどのような波紋を生んでいるのか、というのを調査している。
「事件により勇者に対してネガティブな意見が出ている……そして同時に他の勇者も、と疑心暗鬼だってあるみたいだ」
「相当大きな禍根を残してしまいましたね……勇者オルトは捕まえて国へ引き渡したわけですが、事件がどう発展していくのか……」
「あまり進展しないように思えるな。オルトは何かしらの形で魔物を従えていることについて、喋れないようになっている。情報を得るためには喋れない原因……魔法を解除しないといけないけど、厳しいだろうな」
「国の力をもってしても、ですか?」
「戦いを通してオルトが抱えていた力を多少なりとも分析したんだけど……あれはたぶん、ごり押しでなんとかなるようなタイプじゃない。むしろ下手に力をねじ伏せようとすれば、オルト自身に相当なダメージが跳ね返ってくる」
「場合によっては犠牲となるかもしれない……と」
「俺はそう思う。国の上層部に魔物の生成に携わるような輩がいたとしたら、口封じのために殺される可能性すら考えられる」
難しい表情をするアンジェ。そんな反応にユークは、
「ここについては、国の判断と国の対策が肝心だな。オルトは捕まったわけだし、俺達の手から離れてしまっている……国に頑張ってもらわないと」
「それこそ、ユーク様が頑張った成果も無に帰すわけですからね」
アンジェは言う。ユークはもしオルトから何の情報も出なければ自分に代わって彼女が憤慨しそうだ、などと思った。
「今回、俺達が発見した魔物は人為的かつ、勇者に名を連ねる人間が関与していたことが明らかになった……加え、十中八九組織的に動いている。ただ大騒動が起きたわけで、当面組織は活動を縮小するだろう」
「ひとまず表立った活動はしない、と」
「国側も警戒度合いを強めるだろうからね……ただ、権力者と結びつきがあるのなら、オルトが捕まってもやりようはあると考え、さらに活動を進める可能性もある」
「……ユーク様、私達に組織が狙いを定める可能性は?」
「その問い掛けは至極もっともだけど……」
と、ここでユークは気付く。そういう質問をした以上は多少なりとも不安を抱いているはずであり、彼女が「危険なので帰りたい」と言われてもおかしくないのだが――むしろやる気になっている様子。
「……戦うつもりではあるのか」
「ユーク様は戦うのでしょう?」
「それは、まあな……ただし、基本は調査が中心だ。オルトとの戦いは、彼の実力と魔物に対抗できる術を考案したからいけると判断した。でも、交戦した魔物が十、二十といたらさすがに無理だぞ」
アンジェは黙ったまま話を聞く――それほどの数に襲われても対処できるのでは、と考えていそうな雰囲気でもある。
(……ま、やれるだけのことはやるつもりではあるけど)
「アンジェは、ついてくるんだな?」
「はい。私自身、戦力になれるかどうか不安な面もありますが……」
そこから先は語らなかった。ユークが首を振ればそれに従うであろう表情。けれど、
「わかった。俺としてもアンジェの協力は心強い」
――輝く笑み。うれしさを隠そうともしない様子に、裏表がないなとユークは思う。
(むしろ十五でなんだか色々考えてしまう俺の方が例外なのかもしれないけど)
これもまた勇者の教育――その方針によるものか、と胸中で呟きつつユークは話を続ける。
「とはいえ、最悪の事態……それこそ、オルトを倒した俺達に報復を仕掛けてくる可能性を考慮すると、悠長に武器を購入して強くなるより、もっと短期間で力を得る手段を模索したくなるけど」
「勇者の武具、ですか」
「アンジェはどう思う?」
「あれは適合するかを含め、手に入れるのには色々と障害があると聞きます。それに、ユーク様とはいえ交渉して手に入るかどうかも未知数です」
「そうだな……アンジェ、報告書についてはどうだ? オルトの噂が広まった段階で情報をまとめて送ることになっているけど」
「今日中にはまとまります」
「わかった。とりあえず勇者の武具についても記しておいてくれ……で、ひとまずそうした武器がなくても立ち回れるように準備を進めていく。昨日戦士ギルドで新しい仕事を見つけた。それによりこの町を離れることになる……報告書を送り次第、町を出るつもりでいてくれ――」