勇者の覚悟
「……何!?」
オルトが一瞬目を向ける。そこには森の茂みがあり、複数の人間が立っていた。
「聖騎士団、だと……!?」
――それは、ディリウス王国が誇る精鋭部隊。勇者とは異なり騎士として研鑽を積むことで得られる称号、聖騎士。
その騎士が五人、突如ユーク達のいるこの場所に出現した――
「監視をしてくれと要求したら、あっさりと承諾してきてくれたんだよね」
ユークが発言。それでオルトは瞠目する。
「勇者オルトが国に害する活動を行っている可能性が高い……という旨を説明して、尾行してくれたんだ。彼らは諜報活動もやっているし、あなたでも気づけないと思ってね……ただ」
と、ユークは肩をすくめる。
「ここに来てくれるかどうかは賭けだったけどね……来なかった場合はそれらしい理由を告げてここへ来るのを止めればいいだけの話だから、どう立ち回っても良かったんだけど」
ユークは動揺する勇者オルト一行を見据えながら、続ける。
「聖騎士さん、結界を通しても話は聞けたはずだ」
「……はい」
先頭にいる聖騎士――女性の騎士は、ユークの言葉に応じた。
「勇者オルト、詳しい話を聞く必要がありますね。今言った内容が虚偽だったとしても、ここへ勇者ユークを連れてきて危害を加えようとしたことは事実でしょう。どちらにせよ、私達と一緒に来てもらいます」
オルトは一瞬聖騎士に首を向ける。だがすぐさまユークへ顔を戻し、
「――全部、手のひらの上だとでも言うつもりか?」
「さすがにそれは被害妄想だよ。単純に、自分のできる範囲であなたを捕まえるにはどうすればいいかを考えた結果がこれだ。あなたにとっては驚天動地の展開かもしれないけど……俺達のことを舐めていたのが、災いしたね」
オルトは動かない。というより、対応を決めあぐねているという状況に陥った。何をすることが正解なのか――
「……そうだな」
やがてオルトの目が据わる。覚悟は決まった様子だった。
「どうにもできない状態なら、いっそのこと狂った方が勝ちだ」
「当然、そういう選択を取るか」
聖騎士達が一斉に抜剣した。次いでアンジェも戦闘態勢に入る。オルト達は殺気を増し、やや距離を置いて立ち尽くす魔物もまた、いよいよ動き出そうとする。
つまり――オルトはこの場にいる者達全てを自らの手で始末し、あらゆる証拠を隠滅する。強大な魔物と遭遇し、ユーク達や聖騎士はその凶刃に倒れた。自分達は勝利したが――そういう報告をすれば、オルトの背後にいる権力者の存在から、国側に納得させられるだろうという考えだ。
決断した直後、オルトは持てる力を全て引き出し魔力を高める。反面、ユークは静かに魔力を剣に流すだけ――
「舐めている、というわけではなさそうだな」
オルトはユークに対し告げる。
「あまりにも静かすぎる魔力収束は、自分の魔力を悟らせないための処置か」
「魔力というのは魔物を倒す切り札であり、同時に自分の情報を晒すことにもなる……戦闘で重要なのは、とにかく自分の情報を公開しないことだ。徹底して能力を悟らせないようにする。しかもこれはあの魔物に対抗するために新たに生み出した技術。手の内は見られたくない……あなたはそういう風に教わらなかったか?」
「勇者だからといって何から何まで教わることができる、とは思わないことだ」
どこか、恨むように――オルトはユークへ話す。
「勇者という制度は、証を持つ人間を囲い込み、育てる……だが、そのやり方はピンキリだ。お前はどうやら、力を得るだけの師を用意してもらったようだが、俺は違う」
「妬みにも聞こえるね」
「別に妬んでなんかいない……ただ、勇者の中にも様々な境遇がいるという話だ。証を持っていても才覚が芽生えず、最終的に国から見捨てられた勇者。あるいは求めていたものと異なる才能があったため、夢を捨てることを強要された勇者……この制度は怨嗟にまみれている。今は黙殺されているが、いずれこの制度が業火を生みだし、国を壊すぞ」
「壊そうとしているのはあなた達だろう?」
問い掛けたユークに対しオルトは笑みを浮かべる――それは勇者などとは形容することができない、歪んだものだった。
「勇者同士の戦いだが……自信はあるか? 俺は、それなりに経験があるからな。悪いが、一気に勝負を決めさせてもらうぞ」
「確かに純粋な戦闘経験だけなら、あなたに分はあるな」
ユークはその点について認めながらも、態度は一切変えなかった。
「でも、俺は対人戦闘の経験も積んできた……どちらが上か、試してみるか?」
「そうだな……その余裕も、これまでだ!」
オルトは吠え、とうとう仕掛けた。同時に結界の外にいる聖騎士達が動き出す。
ユークの後方にいるアンジェもまた警戒を示し、それと共に――やや距離を置いて存在していた漆黒の魔物が、恐ろしい速度でユーク達の下へ飛来する。
――そうした一連の動きを、ユークは全て捉えていた。そしてオルトが近づく瞬間に、刀身へ一気に魔力を叩き込んだ。