Episode09
しばらく経ったある日、そのひとは訪れた……。
カランカランと音が鳴り、店内に制服を着た警察官が二名入ってきた。
「いらっしゃいませ」
「ちょっと悪いんだけど、変な噂があってね? 少し店内を見させてもらうよ」
「ご自由に……」
内心冷や汗がまずい。
え、誰か薬物の存在をうたったのかしら?
だとしたらうたった相手が知りたい。
「あの、どんな噂でしょうか?」
「いや、ちょっとね……ははは、なにもなかったら帰るから」
「だれが仰られていたのでしょうか?」
「それは言えないよ」
むむ……。
警察官は店内を隈無く探しまわる。
どう考えても薬物が目的だろう。
……一か八かだ。
私はスマホを取り出し嵐山さんに電話をかける。
『もしもし? 覚醒剤切れでしょうか?』
「いきなりすみません。氷などの匂いを嗅ぎ付けたお犬さんが来店しました。現在散歩中。このままだと嗅ぎ付けるかもしれません。助けは乞えませんか?」
『……なるほど』
こちらの意図が掴めただろうか。
店内に警察官が二名いる。その相手になにを言っているのか悟られないようにしつつも、警察と繋がりがあると噂される嵐山さんに救いを求めたのだ。
『では、倉庫に入るまで時間を稼いでください。そのあいだに話を付けられないか試してみます』
「お願いいたします」
嵐山さんが通話を切った途端、警察官一人が声をかけてきた。
「誰と話していたのかな?」
「お得意様です」
「ふーん……じゃあさ、最後に」倉庫の方を指差した。「そこの部屋になにがあるか見せてよ」
「企業秘密です」
「いやいや、警察が少し見るだけだから」
「無理です」
「怪しまれちゃうよ? 誰にも言わないから少し見るだけだから」
「ダメです。ここには店舗に出す前の商品もあるんです。だからいくらお国のひとでも見せるわけにはいかないのです。店内だったらお好きに見ても構いませんから」
粘る。粘る粘る粘る。
嵐山さんがなんとかしてくれるまで粘らなければいけない。
そもそもどうにかできるかはまだわからないけど。
「いいから見せてよ」
「任意ですよね?」
「そうだけど、そうやって拒否していると怪しまれちゃうよ? いいの?」
「怪しみたいなら好きなだけ怪しんでかまいません」
「気になるな~。見せてよ」
「無理です」
警察は任意だというのに一歩も引かない。
「なんで無理なの? 店に出る前の商品があるからって、それを僕らが見たってどうにもならないじゃない? 時間はとらせないからさ」
見せたら少なく見積もっても懲役は確定だ。
時間を取らせないどころか臭い飯を数年食べるはめになる。
「どうしても見たいなら礼状を持ってきてください」
「……頼むよ、おねがい」
「無理です」
警察官の相方がどこかに連絡を入れ始めた。
きっと礼状請求をはじめたのだ。
まずい。礼状を持ってこられたら見せないわけにはいかない。
「とにかく無理ですのでお帰りください。だいたい噂程度で調べるなんてむちゃくちゃですよ、あなたたち。営業妨害です」
「まあまあ。そんなに拒絶されたら、おじさん悲しいよ。ちょっとでいいから」
警察官一人がレジ内に入ってこようとする。
私は体を張って、それを押し返す。
「違法捜査ですよ? だからまずは噂の内容とどなたが仰られていたのかを教えてください。営業妨害としてその方を訴えますから」
「……あのね、名前は言えないけど捕まった人間がここで違法な物を購入したと言ってるの。真偽の沙汰を確かめたいから。嫌でしょ? 変な疑惑を持たれ続けるの。見せて疑い晴らそうよ」
「べつに疑われていても商売はできますから。どうかお引き取りください」
やはり捕まったのか。
私から足がつくことはないから、そいつがはっちゃけて職務質問にかかり薬物の陽性が出てしまったのだろう。そして必ずしている約束を破ってここの存在をうたった。許せることじゃない。
「はっきり言うよ? おじさんたちは疑っているの。このままだと礼状も時間の問題だから、自ら見せたほうが早いよ? 無駄に時間がかかるのは嫌でしょ? きょうはもう営業できないよ?」
「ええ。べつにかまいません」
「じゃあ見るね」
「ダメです。そういう意味ではありません。文脈すら読めないほどの脳ミソで警察をやっているんですね。無罪の人間をここまで追いやるその根性。警察という存在が信じられなくなります」
「だから、きみはいま疑われてるの」
「ああ、なら私もあなた方の人間性を疑いましょう」
警察官も腹が立ってきたのか、口調が少しずつ崩れていく。
なにを言っても無駄だと悟ったのか、警察官二名は礼状が来るのを待つことにしたのか、再び店内の探索をはじめた。
嵐山さん……頼みました。
しばらくすると、カランカランと店内に背丈の高い女性が入ってきた。
「弁護士の狭山です」
嵐山さん、弁護士を呼んでくれたのか。
でも、礼状請求されたら弁護士がいても無意味なんだけどな……。
「弁護士ぃ?」
「はい。あなた方がしているのは越権行為です。任意捜査の度を越えています」
「そう言って引き下がったら仕事にならないよ。なら礼状が来るのを待つから店内にいさせてもらうよ。だいたい違法な物を持っている奴からここで購入したって聞いたんだから」
「なら最初から捜査令状を持ってくるべきでしょう。そこまではできないからまずは店内に来たのでは? とにかくこれ以上は令状がないと越権行為に当たります。おとなしく待っていてください」
警察官はため息を溢しながら店内にある椅子に腰をかけた。
「令状が来るのも時間の問題なのに無駄に粘りますね」などと雑談をはじめた。
狭山さんが私に耳打ちした。
「異能力犯罪組織イリュージョンの狭山です。弁護士ではなく単なる物品を偽装する異能力メタモルフォーゼの持ち主です。今回は弁護士バッジを偽装しました」
「はぁ……どおりで……」
なんだかフワフワした断り方だと思った。
「無駄に調べられて誰かが置き忘れた物でも見つけられたら大変ですから、無駄な時間を捜査されないように万が一のために私が派遣されました。心配しないでお待ちください」
「はぁ……」
どこまでも心配なんだけど……。
そもそもこのままだと時間切れで捜査令状が持ってこられてしまう。
そろそろ覚悟を決めたほうがいいのかも……。
「ちょっと倉庫に入ってきてもいいですか。念のため……」
「はぁ」
狭山さんを倉庫に入れた。
「ちょっと、なんで弁護士先生は入れていいの? 勝手に物を持ち出されたら困るから弁護士先生にもいてもらうことになるよ」
「べつにいいですよ。狭山さんは特別に許されているだけです」
「ちっ……気に食わねぇな」
もはや面倒くさがっているのを隠しもしない。
「はい。これでもういつでも店内を見られても」
触らなければバレないーー狭山さんはそう耳打ちした。
なんだろう? と倉庫内を見ると、覚醒剤やコカインが謎の置物に変貌していた。
異能力ーーメタモルフォーゼ。なるほど、その能力で偽装したのか。
しかし触られたらバレることが発言から汲み取れた。
「やはり不安なのですが……」
「心配なさらずに。私はあくまで保険ですから」
と、警察が騒ぎだした。
「無理だぁ!? おかしいだろう!? 容疑者はここで購入したと言ってるんだぞ? しっかり請求したのか!? どうして棄却されるんだ!?」
「請求を却下されたのですよね? どうぞお引き取りねがいます」
狭山さんは頭を下げて出口に指差した。
「くそっ! すぐそこにあるのに、どうしてだ!? いいから見せてみろ!」
狭山さんが警察が来るのを遮る。
「それ以上は違法捜査に当たります。違法な捜査で証拠を見つけたとしても証拠自体が違法な物になりますので、どちらにせよ無罪になりますよ? 証言は私がします」
「いいか!? おまえらのやっていることは廃人を作り出す悪魔の行いだ!」
「いいえ。あなた方が捕まえなければ犯罪者は現れません。被害者なき犯罪なんですよ。ただ単に成績を稼ぎたいから逮捕したいだけでしょう?」
令状来ないの?
令状棄却されたの?
……やったー!
言いたい放題言ってやる!
私はなんて現金なのたろう。令状が来ないと知った途端、スッと安心できると同時に、警察の態度にもイライラしてきた。
「お国のお犬さんが二匹できゃんきゃん吠えられても……さあ、お帰りください。残念ですね? もしかしたら葉っぱみたいな物や怪しい粉が見つかったかもしれませんのに」
「貴様! その口振りわかっているだろ俺らの目的が!」
「はいはい。無駄に吠えていないでさっさと帰ってください。これ以上騒ぐようなら営業妨害として通報しますよ?」
「くっ……帰るぞ! おまえら絶対に捕まえてやるからな!? 覚悟しとけよ!」
警察は捨て台詞を吐いて乱暴に店内から出ていった。
「偽装の必要ありませんでしたね。沙鳥さんが警察と裁判所の上層部と掛け合ってくれると言っていましたから、しばらくは安心していいと思いますよ」
「ありがとうございます」
そうか。嵐山さん警察だけでなく裁判所とも繋がりがあるのか。
末恐ろしいひと……逆らわないようにしなくては。でも、これで大きな借りがひとつできてしまった。
「ただしばらくはあの警察官が出てくる客を職務質問する可能性があるので、しばらくは薬物の販売をやめたほうがいいかと。しばらくしてから営業を再開するのをおすすめします。愛のある我が家の正規構成員なら捕まったとしても不起訴にする力はありますが、かなたさんはあくまで顧客なのでそこまでは手が届かないかと」
「わかりました。狭山さんもありがとうございます」
言われた通り、しばらく店舗は開けたまま薬物の販売は控えることにしよう。
こうして、最大のピンチは乗り越えられた。
しかしだれがうたったのか……チクったのか……それが私は知りたかった。
薬物の顧客の顔と名前は全員覚えているーー。




