59.二角の魔物
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ユヴァーリ領セーヴェルの森
ここは大渓谷の森の北端部に位置しており、住む者のいない無人の領地。
その為、密入領する者も大体はこの場所から入っくるのだが、魔素と瘴気の量は大渓谷とほぼ変わらない。
そんな過酷な環境のせいで、ユヴァーリ領に忍び込んでも大抵の者は直ぐに森に殺されてしまう。
そして、そこから更に北上すると魔女達の術式により誘導された瘴気と怨嗟が渦巻く森がある。
その森は自らの領地として浄化を受け持つ魔女達が管理しているのだが、無謀にもその場所を目指す少女がいた。
帝国が神殿排除を始めて直ぐ、治癒ポーションという新たなアイテムのせいで聖女達は大渓谷から追い出される事になってしまった。
しかも神官達は捕縛され連行され、聖女もその取り巻き達も同じく捕まって行った。
聖女ロザリーは一先ず神官達が使用していたヴィーグリーズのセーフハウスへ逃げ込むが、同じ事を考える人間は他にもいた様だ。
フォルトーナの聖女ルナリアとその取り巻き達。
彼等も追い詰められてこの隠れ家に来たのだが、啀み合う彼女達が相容れる訳もなく口論が絶えなかった。
だが、お互い似た目標があった事がわかると、互いに利用してやろうと策を練る。
宮殿に居るという神の眷属。人々は御使や真の聖女と彼女を呼んでいた。
それがどうしても許せないと言うルナリアは、神殿由来の呪術式を差し出してきた。
それは人を魔物に変える術式。
一体どうして、どんな目的があってこんな代物を神殿が隠し持っていたのかは今の彼女達にはどうでもよかった。
そして、瘴気の利用法に目をつけたロザリーがこれに手を加え新たな術式を組み上げる。
結果、強大な力を持った魔物に変容できる魔法陣封入型魔石が完成した。
ルナリアはこれを、神の眷属の侍女として宮殿で働いていると言う妹に使うのだと笑っていたが、ロザリーにはその考えが全く理解出来なかった。
こんなにも大きな力を他人に与えるなんて信じられなかった。
この力を振るい、強き者どもを蹂躙できるというのに。
そして、そんな素晴らしい力を簡単に他人に譲渡するなどと言う考えは所詮中級魔術師なのだと心の中で嘲笑う。
一方、ルナリアはロザリー自身がその身で発動すると言った時は呆れもしたが、ずっと目障りだったこの女が自滅する様をその目で見れないのは少し残念だと思う程度だった。
その後二人はそれぞれの目的地に向かったが、最後まで付き従う者は狂信者のみ。
誰も彼女達を諌める事はなく、むしろ進んで手伝いその背を押した。
そうしてロザリーはユヴァーリ領セーヴェルの森から侵入する事ができたのだが、頻繁に巡回する領軍騎士達が目に入る。
そこから更に奥にあると言う魔女領の森へ着くまで大分距離がある。
なのでこんな所で足止めされる訳には行かないと、そう考えていたが、大魔導師達のローブが見えるとロザリーはこの場所で魔術を発動するしかないのだと思い至る。
彼等を蹂躙し、そのまま魔女領に攻め込めばいいだけだと考えた彼女は魔物化の呪術式を展開した。
***
その日の昼頃。
セーヴェルの森でズンッと鈍く響く大きな地響きがあった。
「あれは、瘴気の魔物か?こんな所まで出るって事は大規模噴出でもあったか?」
「それにしても小さく無いか?山ひとつ分には程遠い。しかも二角とは珍しい。」
ユヴァーリ領軍には魔女の子弟が多く在籍している。そんな彼等にとってはそれ程珍しい物ではなかったが、いつもなら一角。だが、今出現しているソレには角が二つあった。
しかも山羊のような立派な角だったので、素材として欲しいと彼等は何気なく考えていた。
「おかしいな。奴ら魔物は絶対に同士討ちをしないんだが・・・」
「あれ?魔物を蹂躙しまくってますが、もしかして新種ですかね?」
二角の魔物は、無限に湧き上がる魔物達にブレスを放ち蹴散らしている。
そして次の瞬間には明らかに人の魔術を行使していたので、ようやく彼等にもソレが何者なのか理解出来たようだ。
「噂の聖女とやらがおいでなすったか。これはよい演習になりそうだな。」
「であれば竜騎兵達も出しましょう!」
魔女領の森に進む二角の魔物に狙いを定め、新米魔術師達が一斉に砲撃を開始するとドラゴン達が一斉に空へ上がって行く。
だが予想外にも上空では竜騎兵達が苦戦しているように見えた。
『支援はいらんぞ、これは新米どもの良い訓練になる。』
魔導師である竜騎士からプチーツァを介した伝令が届くと、今回の指揮官であるアドラーがクスりと笑う。
「上は楽しそうで何より。それにしてもあの二角、視野がかなり広い。それに、思ったより冷静だな。」
「・・・あの状態で自我を保ってる、と言う事でしょうか?」
「だって明らかに人の魔術、だろ?」
そして、殺してしまうのが惜しいと、皆がそんな事を考えていたが魔核を破壊すれば魔物化した人間は死ぬ。
勿体無いがこればかりはどうしようも無いと、彼等は演習を続けた。
そして、もう一方。
ロザリーはと言うと今まで味わった事も感じたことも無い力の奔流に飲み込まれていた。
瘴気を吸い上げ、自身の力として魔術を発動する。
特にブレスを吐いた時の高揚感は、どんなに崇められようと賞賛されようとも得られる物ではなかった。
魔女もアンリも、何もかもがどうでもいい。
手に入らないからと駄々を捏ねてみたけれど、今となってはもうどうでもいいのだ。
巨大な魔物の身体を得たロザリーは、ようやく求めていた物を手に入れられたのだと喜ぶ。
魔物を蹂躙して瘴気を更に取り込むのも楽しい。
魔術も今まで使って来た物と比べられない程強大だ。
そんな魔物の身体と魔術を楽しんでいると、彼女の目線の遥か下方から攻撃魔術が来始めた。
そしてドラゴン達が視界に入ると、ロザリーは益々気分が高揚して迎撃の為に火魔術を放ち始めた。
だが竜騎士達に器用に避けられてしまい、なんとか当ててやろうと魔術の数を増やして行く。
すると再び下方から攻撃が始まり、身体を貫き切り裂かれる。
だが、瘴気を補充し破損箇所を治す。
『なんて万能な身体なのかしら。ああ、本当に、本当に素晴らしいのですわ!』
皆様、もっとわたくしと遊んでくださいませ。
だって、楽しくて楽しくてしょうがないのです。
50メートルほどもあるその身体は、殆どが瘴気と魔素で出来ている。
体の大きさの割にはとても軽やかに動けるロザリーはこの時まだ気付いてはいなかったし、気付いたとしても今更どうでもよかったに違いない。
彼女に攻撃している者達は、任官したての新米の魔術師達。
魔導師や大魔導師は訓練終了の際まで指揮を取るだけだった。
そして、それを眺めていた取り巻き達は歓喜していたが、その後大魔導師の放った一撃であっさり敗北し霧散して行くロザリーを見た彼等は思い知る事となる。
勿論それはこの領地が普通の環境では無いと言う事。
ロザリーの結界と言う守りを失った彼等は魔物に襲われ、結局はユヴァーリ領軍騎士達に救助される事となった。




