60.魔獣レッドシープ
評価ブックマーク誤字報告をいつもありがとうございます!
大渓谷の討伐戦役から帰還した後、ルシエル・ノトス・ユヴァーリは魔女への求婚申請の終了届を提出する。
そんな彼を見た城の行政官達は安堵した表情をしながら今回の従軍が良き方向へ向かわせた事を確信した。
次代のセーヴェル伯爵もようやく内面から成長してくれたのだろうと。
「あのような理由で求婚していたとは。」
姉であるユヴァーリ領主ヴィクトリアは呆れたように笑う。
リューシャと友人でいたかったと言う弟の言い分。
そして結婚などせずとも友人でいて良いのだと、新たな友に諭されたのだと言う。
気位が高く中々友人が出来なかったルシエル。
だが、大渓谷にて沢山の友を得られたようだ。
「申請を諦めた事でルシエル様に婚約の申し出が多数来てますが、如何ですか?」
ヴィクトリアの護衛騎士でありリューシャの父であるアドラーは笑いを堪えた顔で問う。
「そんなものは奴をセーヴェル伯とした後に自由にさせればよかろう。今は継承の儀式と通常に戻った魔素と瘴気の噴出の対応が優先される。」
大叔父が亡くなり、空位が長く続くセーヴェル伯爵位。求婚を諦めたならば今すぐでもルシエルに継がせてしまいたいと考えていた。
「そう言えば、聖女の成れの果てはどうだ?」
数日前の襲撃であっさり倒し、捕縛された聖女とその取り巻き達。
取り巻きの方は帝位が代替わりする為、恩赦が出る。なので帝都に身柄を送れば帝国府の行政官が適当にやってくれるだろう。
だが、生き残ってしまった聖女ロザリーが問題だった。
「まさかレッドシープとはな・・・。」
「絶滅した筈の魔獣ですし、その分扱いが悩ましくはあります。」
最期のレッドシープが失われて既に三千年以上だろう。それが何故この時代に甦ってしまったのかと言えば、パストーリ領を調べなければならなかった。
「パストーリは元々レッドシープを祖に持つ対魔耐性の強い一族ではありましたからね。」
「・・・先祖返りと言うには些か不自然過ぎるのだ。」
疑問は山積み。
だが、この後代替わりの儀式を行うユヴァーリ領にはこの件に関わる余裕がない。
「・・・面倒なのでルシエルに投げてしまおうと思っているが、どう思う?」
「それで宜しいかと。」
アドラーがおざなりに答えると、ヴィクトリアは頷く。
「では、聖女ロザリーはセーヴェルの森にてその罪を贖って貰う。」
そう言って無断入領者達に関する書類に決済印を押すと、ロザリーをルシエルに預けた。
***
「それでお散歩してたんだね。」
「そう言う事だ。」
セーヴェルの森を討伐がてらに散歩し、ソーラメテオールの森までやって来たルシエルにリューシャが声を掛けた。
そんな彼女に事情を話すと、リューシャはレッドシープという羊のようなモコモコした体を持つ魔獣を撫でる。
「ロザリーちゃんは喋れないの?」
「うむ、声を発するには魔力がまだ足りぬ様だ。」
先日の瘴気の魔物化の副作用で先祖返りしレッドシープ化したロザリー。
その代償に幼獣以下の状態となってしまい言葉を話す事は出来ない。
「じゃあ、いっぱい魔物や魔石を食べさせてあげないとね。」
そんな事を言いながら、可愛いねと撫でるリューシャは過去ロザリーがした事などお構いなし。まるで気にも止めていない様子にルシエルは何処か複雑な思いがあった。
ロザリーの言った数々の暴言は許し難かった。
だが、溺愛されていただけの馬鹿娘と言うには少し複雑な事情もあった。
パストーリは神殿改革の最中、軟禁されていた長男ウルリヒ・パストーリが自領の良識派と友に反乱を起こした。
そのお陰で前伯爵夫妻は捕縛され、代替わりが早急に行われた。
その後、前伯爵夫妻の魔術工房から発見された研究資料に記載された実験内容が明らかになる。
パストーリの兄妹達は出生時点で既に呪術と魔術まみれの身体だったのだ。
そしてウルリヒとエルフリーデは失敗作とされ、ロザリーがレッドシープに一番近い身体を持って生まれて来た事で、前伯爵夫妻はロザリーを溺愛した。
何でも与えただけでは無く、伝承にあるレッドシープの特性通りにしようと精神操作魔術も呪術も何度も行われて来た事が詳細に記されていた。
あれでは精神に異常をきたすのも道理だろう。
何でも欲しがるのは、呪術の影響だろう。
力を欲する筈のレッドシープにより近付ける為、闘争を欲する交戦的な特性により近付ける為に。
それ故に彼等は絶滅したと言うのに。
「こうしてみると暴れん坊さんには見えないね。」
「本来ならティグリスの方が気性が荒いのだぞ?」
ルシエルがそう言うと、リューシャの肩に乗るブランシェがクスっと笑った。
『昔よく大婆様が言ってました。レッドシープはとっても美味しいんだそうですよ。ですから、ただ暴れん坊だから滅びた訳ではないのです。』
そう言ってペロリと舌を出すブランシェに驚いたロザリーはボフッと顔と手足をモコモコの体毛にしまい球状の毛玉になってしまった。
「こら、ブランシェ。脅かさないの!」
『ふふふ、失礼しました。』
反省など全くしていないブランシェとそれを窘めるリューシャの主従はとても気安い間柄に見える。
「流石は厄災と呼ばれていたティグリスだな。」
「あはは、そうだったね。あの時は流石に死ぬかと思ったよ。」
魔女の討伐隊が組まれる程の魔獣。
だが、可愛いから飼いたいと駄々をこね、それを力尽くで無理矢理従魔契約してしまったリューシャ。
ルシエルは幼い時分に感じた、友を失うかもしれない恐怖を思い出していた。
上位の魔獣とは本来は皆厄災であり天災と同義である。
そんな魔獣との戦いに敗れ、喰われると言うのは当たり前の事でも在るのだが・・・この領地ではそうでもない。
厄災級上位魔獣が飼われており、各家でペットとして可愛がられてしまっている。
“お散歩ちゃんとするから”
“ご飯もちゃんとお世話するから”
だから、殺さないでと必死に母である黄金の魔女イリアと祖母である水明の魔女ミカエラに頼む幼いリューシャを思い出す。
魔獣を縛るに足る魔力。それを絡め取る力。
そして、主人がラインを通して与える魔力。
全てが揃わなければ契約には至れない。
ルシエルは、このレッドシープというモコモコした生き物にそこまでの情を抱けないだろうと思う。
きっと、猟犬の様にしか扱えないだろう。
だから、未だ従魔契約を結んではいなかった。
どちらかと言うと、リューシャの様な飼い方が普通ではないのだが、ルシエルはそれに気付いていなかった。
「じゃ、ルシエル。せっかくだからオヤツ集めしよっか!」
「ああ、久しぶりの競走だ!」
こうして彼らは数年ぶりにようやく友情を取り戻せた様だった。
***
『そこなレッドシープ。人族には聴こえないでしょうが私には聴こえるのですよ。』
モコモコとした体に二角。レッドシープと言う魔獣に先祖返りを果たしてしまったロザリーにブランシェが念話で話しかける。
『そんなに怯えないで欲しいですね。こんなに可愛いブランシェさんが折角話しかけてあげているのですよ?』
様々な複合的事象で魂と精神に雁字搦めに掛かっていた呪術と魔術が全解呪されてしまったロザリー。
そうなれば勿論これまで仕出かして来た事も全て理解出来ていた。
だからこそ今後は贖罪の人生を送ろうと心に決めていたのだが・・・
『わ・・・わたくし、に・・・その、お声がけ下さり、誠に・・・ありがとうございます。』
だが、そんなおっかなびっくり挨拶するロザリーにブランシェは・・・
『うわぁ、何ですか?その卑屈な挨拶。仮にも魔獣ですよ?魔獣舐めてるんですか?』
『え・・・?』
『え?じゃないんですよ。あなた馬鹿なんですか?魔獣と言うのは人に飼われていても何時でも主人の寝首を掻く位の気合が無ければやって行けませんよ?』
『はい!?』
『ですからねぇ、そこの金髪が主人に相応しく無ければ何時でもヤっちまって自由に生きて良いんです。それに従魔契約もまだみたいですし今がチャンスです。』
唐突な魔獣の在り方講義に頭正常状態のロザリーは困惑した。
『あ、あの・・・でも、わたくしは大変な罪を・・・』
『それは人族の法での罪でしょうが。魔獣がそんな物をいちいち気にしていたらダメです。』
いきなり異次元の理論を持ち出されて、驚きつつも怯えるロザリーを眺めているブランシェはとても楽しげだった。
『あの・・・ではブランシェさんはリューシャさんの寝首を掻こうとなさっておいでなのですか・・・?』
『ふふ、そんな訳ないでしょう。そんな事天地が逆さになっても無理ですから。』
『え・・・』
では一体どう言う訳でそんな事を言うのかと疑問に思っていると、ブランシェがロザリーの丸まった身体を前脚でコロコロと転がす。
『お・・・お戯れはおよしになってくださいませっ・・・!』
『ではロザリーさん。私は人族何人食べて来たと思いますか?』
その問いにロザリーは震え、硬直してしまう。
『別に許されようとも思いませんし、贖罪など考えた事もありません。闘争も食事も我々には当たり前の事ですよ。まぁ、この土地でやり過ぎれば魔女がやって来て、軽く捻り殺される事もありますが。』
話しながらブランシェはロザリーをコロコロと転がし続ける。
『だから、贖罪の為などと言う訳の分からない理由で主人を選んだりしないで欲しい。そういう事です。』
そして念を押す様に、契約は相手の力を測ってから選ぶ様にして下さいと付け加えた。
魔獣の矜持、というのだろうか?ロザリーは口下手なブランシェの説明に納得は出来なかったものの、なんとなく魔獣と言う生き物の在り方を教わった様な気がした。
人であった頃の自分の方がよっぽど魔獣らしかった。
そんな事を考えながらもブランシェに転がされ続けていた。




