41.兵員輸送艦
出発当日、家族達と共に帝都郊外の軍用飛行船の発着場に来ていた。
ここには人員輸送の為の飛行船が沢山並んでいて、これまた壮観だった。
「忘れ物はない?おやつはちゃんと持った?」
ヴィルヘルミナさんが遠足に行く子供に確認しそうな事を言ってきた。
「大丈夫です。忘れ物はありません。」
気恥ずかしくもあるが、ヒルデガルドさんやアルブレヒトさんも見送りに来てくれた事がとても嬉しかった。
だがしかし流石カルデア家・・・周囲の視線がすんごい来るね・・・。
「おはようアンリ!何番の艦だったー?」
そこへ学友のベルナルドとマルクが来たので家族に紹介するが、アルブレヒトさんとベルナルドは既に知り合いだったようだ。
「俺は二番艦だった。アンリは?」
「うわぁ、オレ四番艦だ。残念だなぁ・・・」
「輸送は出身地域別よ。さぁ行った行った!」
ヴィルヘルミナさんがそう言うと、二人はまた向こうでな!と言って自分たちが乗る予定の艦へ向かって行った。
「気をつけて行ってらっしゃい。」
「魔物以外にもしっかり気をつけるのだぞ。」
ヒルデガルドさんやアルブレヒトさんがオレの背中や肩を叩き、送り出してくれた。
「何か思いついたら直ぐ手紙よこしなさいね!」
ヴィルヘルミナさんだけは何故か商売モードが抜けていないようで、不思議な声援をくれた。
振り返ると三人ともぶんぶん手を振ってくれていて、なんだかとても温かい気持ちになった。
カルデア家は皆熟練の魔導師だから、オレ如きが守るなんて言うのは烏滸がましいのかも知れない。
でも、やっぱり思ってしまう。
彼らに災いが及ばないよう、しっかり討伐を頑張ってこようと。
少し目が潤んでしまい、エスティエの力作ハンカチで目元を拭う。
オレは何度も何度も振り返り、手を振り返す。
その度見せる家族の顔が笑い顔に変わるまで時間はかからなかった様で、最後の方はさっさと行けとアルブレヒトさんの口元が動いていた。
そしてタラップを登って行くと、後ろからオレを呼ぶ声がした。
艦内に入って直ぐその声の主を待つ為に、人の流れを避けるよう端に移動すると彼女も端の方に来てくれた。
「アンリ義兄さん!一緒の艦で嬉しいです!」
「セシリアちゃんも来ていたんだね!オレも嬉しいよ!」
十四歳になったばかりのセシリアちゃんは、ユヴァーリ領主からの要請を受けて急遽第五陣に参加する事になったそうだ。
本来なら来年度の第一陣での参加予定だったそうだ。
「私も姉さんを見て思う所がありまして、今回は嫁探しに来ました。私もアンリ義兄さんの様なしっかりした妻が欲しいので頑張ります。」
嫁探し・・・
そしてオレはセシリアちゃんの中では妻の位置付けなんだね・・・
嫁探しに意気込むセシリアちゃんは、来年度の第一陣にも従軍する予定なのだそうだ。
「ほぉ、セシリアも嫁探しをする年頃か。時が過ぎるのは早い物だな。」
ルシエル先輩もいた。
そして先輩は元々今回の第五陣での参加予定だったそうだ。
「我が友アンリよ、共に戦えて嬉しく思うぞ。」
そしていつの間にか友達にしてくれたみたいだ。
ちょっと嬉しい。
「ルシエル先輩もご一緒なのですね。心強いです!」
「そうであろう!さぁ、先ずは席で茶を共にしよう!」
そろりとセシリアちゃんがその場から逃げようとしたので、オレは声を上げる。
「おやつがあるよ、セシリアちゃん。」
「私は姉さんと違って食べ物に釣られたりしません。」
「クリームチーズとラックスのライ麦パンサンドだよ。」
「ご一緒します。」
即答だった。
お土産にもらったプルプルンラックスをスモークした物を沢山持ってきたと伝えると、セシリアちゃんは自分のおやつ何品かとトレードして欲しいと言っていた。
それはエマヌエルさん作のおやつだそうで、オレは喜んで交換してもらう事にした。
「私も姉上から持たされたレモンパイがある。是非交換しようではないか!」
ルシエル先輩もおやつ交換に混ざりつつ、魔導師ゾーンのラウンジでお茶を飲む。
一瞬オレは騎士ゾーンなのか魔導師ゾーンなのか混乱したが、どちらでも良いそうだ。
「しかしアンリ。これは販売はされていないのか?」
ルシエル先輩はチョコレートを随分気に入ってくれたらしい。
「もう直ぐ帝都で専門店が出来ますし、カルデアでも発売される様になります。リデアル商会がとても力になってくれているのでその内帝国中で買えるようになります。」
そしていずれ廉価なチョコレートも出せるようになるだろう。
「これは良いおやつだな。森で遊んだり釣りをしながらでも簡単につまめる。」
「釣りをするんですか?」
「ああ、執務や討伐がない時はな。昔はリューシャとも良く川に行ったものだが・・・」
そうして、ルシエル先輩とリューシャの子供時代の話を聞いた。
危険な森で林檎や桃を探すという楽しそうな冒険話だった。
どちらが多く胡桃を集められるのかの競争ではいつもルシエル先輩が勝っていたと言う。
「私はユヴァーリの貴族だ。いずれは妻を娶り姉上を支える為にセーヴェル伯爵を継ぐ事になる。・・・だが、初めての、そして唯一の友だったリューシャと遊ぶ事がとても楽しかったのだ。」
子供の頃からずっと、リューシャと毎日楽しく冒険して暮らしたかったのだと語り聞かせてくれた。
そして、生涯友達でいたかったのだと彼は力無く言った。
「えっ!?そうだったんですか!?」
その言葉にセシリアちゃんが驚きの声を上げていた。
そして・・・
「それなら結婚しなくても普通に遊びにくれば良いだけなのでは?」
と、身も蓋も無いことを言ってしまっていた。
「え?」
「別に魔女の夫でなくても魔女領の森でいつでも遊べるじゃ無いですか。」
「え・・・異性なのだぞ?婚約や結婚しなければ友として側にいる事は難しいのでは無いか?」
「貴族教育の弊害ですねぇ。」
オレがそう言うと、ルシエル先輩にも心当たりが有ったようで、色々と質問された。
「幼少の頃に習った事ではあるが、帝都の学園に行った際も交際相手や婚約者のいる女性に話しかけてはならぬと言われたぞ。何でも異性間の交流は心を惑わすのだとか。」
確かに帝国でも男女の区別はしっかりされているが、レムリアに比べると相当緩いと思う。
それに魔女は人の括りでは無いしな。貴族のしきたりなんて関係ないだろう。
まあ、そこら辺は奥さんによるだろうが。
学園とやらの方は概ね先輩の顔が原因だろうな・・・
女の子寄って来まくるだろ、その顔じゃ。
「友達なら休暇の時に好きなだけ遊びに来たら良いんですよ。」
「良いのか?」
「だって、友達じゃないですか。」
オレがそう言うと、ルシエル先輩は輝かんばかりの笑顔で、良いのか!と言って嬉しそうにしていた。
「ならば求婚は辞めだ!」
「友達として森で浄・・・じゃない、冒険して遊びたいと言ってくれればいつでも大歓迎です。」
求婚を辞めると聞いて少し残念に思いつつも、いつでもおいでと言ってみる。
例えリューシャが嫌だと言っても、オレが先輩と森で遊ぶから大丈夫だぞ。
どうせ二人で冒険ごっこしてるうちにリューシャも混ざりたいと遊びに来るだろ。
特に果実狩りなら尚更だ。
「オレに任せておいて下さい。」
「流石は我が二人目の友だ。頼り甲斐があるな!」
まじで他に友達居なかったのか・・・
「ルシエルさんが求婚しなくなっても、申請は途切れそうもないですけどね。」
「まあ、それはしょうがないよ。10秒対戦はゴルトヴィーゼの大事な娯楽でもあるし、オレも強くて家事のできるヤツなら大歓迎だぞ。」
「家事・・・?妻候補が居るのではないか?」
ルシエル先輩は困惑していたのだが、セシリアちゃんがしっかり説明してくれた。
「アンリ義兄さんは夫ですが、妻でもあります。」
一人二役みたいな説明だが、原因となった妻候補の破壊神達の話をすると何とも言えなそうな顔になっていた。
「それであの時にああ言ったのだな?」
「覚えていたんですね。」
どうやらセシリアちゃんはリューシャの為に妻探しの声がけもしていたようだ。
確かに彼女達のお母さんの一人は男性だからね、その辺の感覚曖昧になるよね・・・
「家事に慣れていない私では、到底無理だろう。だが、声をかけてくれてありがとうセシリア。其方も私の大切な友人であったようだな。」
三人目の友達認定。きっとこの戦役で友達沢山できるよ!
頑張りましょうルシエル先輩!
***
ラウンジでのんびりしていると、こちらに向かってやって来る一団があった。
「アンリ様、ごきげんよう。そしてルシエル様初めまして。わたくしは聖女ロザリーでございます。」
最近何かと名前を聞くパストーリ家の御令嬢が挨拶して来たのだが、セシリアちゃんを思いっきり無視した対応に、オレは少し嫌なものを感じる。
カルコス君も毛を逆立てているので嫌な予感しかしないのだが・・・
「宜しかったらわたくしもご一緒させていただいても宜しいですか?
ではそこのあなた、席をお退きなさいな。」
セシリアちゃんに向かいそう言った後、流石に我慢できず、声を上げようとしたのだが・・・
「いったい何なのだ貴様は。無礼であるぞ!」
ルシエル先輩に先に言われてしまい、オレはちょっと落ち着きを取り戻す事ができたので抗議の言葉をしっかり考える。
「ユヴァーリの領主一族とは言え、貴方こそ無礼では!?こちらは聖女ロザリー様で有らせられますぞ!」
取り巻きその一っぽい人が不思議な反論をしていた・・・
なにこの空間。訳がわからない。
「アンリ様も大変ですわね、其方の方の面倒でも押し付けられまして?
聞けば星降は大した我儘ぶりだと言うではありませんか。その妹まで押し付けられて・・・本当にご苦労が絶えませんわね。」
何だこれ、大丈夫なのこの子?
しかも取り巻き達もうんうん頷いてるし。
「わたくしなら魔女の呪縛から解き放って差し上げる事も出来ますわ。ですから是非こちらにおいで下さいませ。」
ルシエル先輩もセシリアちゃんも、流石に呆れた様な顔をし始めたので何となくヤバさを把握出来た事だろう。
それにしても、聖女って皆こんなんなんだろうか?
「言っている意味がまるで分かりませんが、妻や妹が侮辱されたという事だけは分かりました。」
正式にパストーリ家に抗議しておきます。と付け加えようとしたその時、魔導師の一人が急ぐ様にこちらにやって来た。
「我が妹が大変な失礼を致しました!」
そう言って深々と頭を下げるのは、先日宮殿でオレを護衛してくれた宮廷魔導師の一人だった。
彼女はカッコいい眼帯をつけているので良く覚えている。
「では、我が領やカルデアからも抗議が行くと覚えておくが良い。」
「はい、如何様にでもなさって下さい。この度は誠に申し訳ありませんでした。」
何度も何度も頭を下げ、聖女にも謝罪を促す眼帯魔導師さんはこういった事でいつも苦労しているのだろう。
どこか謝り慣れている気がした。
「酷いわエルフリーデお姉様!いつだってお姉様はわたくしを悪者扱いなさる!いくらわたくしを疎ましく思っているからと言ってこんな場所で・・・!」
「ロザリー、お願いだから立場を弁えてちょうだい。そして早く謝罪を!」
おかしな事になってる妹でも、やっぱり大切なんだろうな。心配の色がオレの目にも見える。
「散々ロザリー様を虐め抜いた挙句、今度は聖女の癒しの邪魔をすると言うのか!そこに困っている者が居るのだぞ!」
ん?オレの事?
オレは全然困ってないよ。
毎日楽しく生きているよ。
ルシエル先輩からは既に怒りの気配は消えていて、このカオス空間に戸惑い始めているのがわかった。
セシリアちゃんはと言うと、何故か手に汗握って彼等の会話を見守っている。
一体どうしたと言うんだセシリアちゃん?
「ケラヴィノス卿は助けを求めていません。寧ろ貴方達が困らせているのです。どうかこれ以上関わり合いになろうとするのを辞めてちょうだい。」
その言葉に、酷いわ!と言いながら泣き出すロザリー嬢。
必死に彼女を諌めようとするエルフリーデさん。
そして妹思いな姉を罵る取り巻き達・・・
そんな大混乱なラウンジだが、周囲はこの光景を完全無視だった。
だがヒソヒソと話声が聞こえて来る。
「ああ、また聖女が揉め事起こしてる。」
「カルデアやユヴァーリの御子息達にアレは流石に不味いんじゃないか?」
「エルフリーデさん、いつも大変だな・・・」
声の中にはエルフリーデさんを擁護する声が多かった。
そして、そのひそひそ声の中にはちょっと可哀想な囁きがあった。
パストーリ伯爵家では当主がロザリー嬢だけを可愛がり、長男はまだ良いが、エルフリーデさんは割と酷い扱いを受けていたそうだ。
ドレスや装飾品、挙げ句の果てには婚約者まで奪われたそうだ。しかも立て続けに三人も。
昼ドラ過ぎるだろ。
流石に現実に起こると引くわぁ・・・
周囲はそんな囁きに気付いていないらしく、どうやらその小さな声はオレの耳にしか聞こえていない様だ。
席が結構遠いから、これも精霊の力なんだろうか?
そして言い争いもようやく終わると、
「アンリ様、いつか必ずわたくしがお救いして差し上げますわ。」
と言う、訳のわからん事を言い残してロザリー嬢とその取り巻き達はラウンジを出て行った。
その時彼等から凄まじい怨嗟が湧き出しているのを見て、これから討伐に行くって言うのに何やってるんだよと呆れてしまった。
「ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした。」
その後もエルフリーデさんは謝罪を続けた。
なんとか矯正しようと頑張ってはいるが上手く行かず、オレ達に迷惑を掛けてしまい申し訳ないと言う。
「いえ!気にしてないので大丈夫です!」
何故かセシリアちゃんはエルフリーデさんにそう訴えかけていた。
そして更には・・・
「アンリ義兄さんもルシエルさんも気にしてませんよね?」
その声には魔力的圧がかかっていたので、オレもルシエル先輩も気が付いた。
「魔導師エルフリーデ、其方の妹を思う心に免じて今回は不問とする。」
「オレも今のは無かった事にします。」
本当はカルデア大公家やケラヴィノス子爵として抗議したかったのだが、セシリアちゃんの後押しの方が大事だ。こっちは一生の問題だからね!
「いえ、父や母の目を覚ます為にも抗議を頂きたく存じます。そして至らない私にも抗議を頂ければと思います。」
我慢している事に慣らされ過ぎて、これが当たり前になってしまっているのだろう。
流石にここまでくると、家も妹も放っておけばいいのにと思うのだが。
「抗議はしない。でも、この間の護衛の御礼が言いたいのでセシリアちゃんの隣に座ってもらって良いですか?」
「そ、そんな訳には参りません!」
遠慮どころか、謝罪ばかりしてなかなか座ってくれないので、ルシエル先輩が気を利かせて座れとご命令を出してくれた。
流石侯爵令息&時期伯爵だ。
こう言う時の仰々しい感じは流石にGJとしか言えない。
オレじゃ様にならないだろうしね。
「エルフリーデさん、宮殿では一番厳しい場所を護ってくれて有難うございます。貴方のいた場所が常に一番の襲撃ポイントでしたよね?」
「とんでもございません。私どもはケラヴィノス卿の護衛が出来て光栄でした。」
あ、そうか。彼女は浄化や皇帝陛下の精霊へのご挨拶を聞いていたんだ。
「エルフリーデさんは宮廷魔導師なのですか?」
「はい、筆頭魔導師イザベラ様の部下にございます。」
なんとか上手く会話のパスが繋がり、セシリアちゃんは一生懸命エルフリーデさんに話しかけていた。
ふとルシエル先輩を見ると、生温かいニヤニヤとした表情をしていて、さっきの聖女軍団の事などすっかり記憶から消え去っている様だった。
オレは表情が弛まないよう必死だったが、せっかくのセシリアちゃんの嫁候補なのだ。
上手く射止められるよう、見守ろう。
それにエルフリーデさんは良い人そうだし。
でもやっぱりニヤけちゃう!
どんな所が気に入ったの?とか、後で根掘り葉掘り聞く様な野暮はしない!
そう思ったのだが、ルシエル先輩が思いっきりそれを聞いていた。
オレは、妹思いな所に惹かれたのかな?と思っていたのだが、セシリアちゃんはエルフリーデさんの魔力がとても良い味わいなのだと言っていた。
魔力の味わいってなに?!
こうして、またしてもセシリアちゃん関係の疑問が生まれてしまったのだった。
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