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第2章:泳ぐ極楽島ⅩⅣ『地獄飯』


 とりとめのない話をしていると、しばらくして、厨房の方からひときわ大きな歓声があがった。――どうやら宴の料理ができたようである。


 急にすきっ腹がきゅうと情けない自己主張をしてきた。

 無理もない。何日も海藻で騙し騙しなだめていたのだ。


 忍とて、飢えもすればひもじさも感じる。

 普段あまり食には頓着しない東雲も、この時ばかりは運ばれてくる夕餉(ゆうげ)にそわそわと心躍るのを禁じえなかった。

 

 だがしかし。並べられた皿の中をのぞいた彼は――絶句した。


「――……は?」


 これはなんだ……。硬直する東雲を置き去りにして、周囲の青鬼たちは大皿に出された食事へ次々と手を伸ばし、実に美味そうに頬ばっている。そこにはなんの疑いも躊躇もない。


 東雲は顔を引き攣らせた。――忘れていた。やはりここは地獄の世界なのだと、強制的に再認識させられる。


 食卓の上には文字通り地獄絵図が広がっていた。


 艶やかなとろみのある汁物は血のようにどす赤く、白く濁った目玉がごろごろ浮いている。

 中央に山のごとく積み上げられているのは、泥団子としか思われぬ黒々としたこぶし大の(かたまり)。――その他、ムカデによく似た(むし)の串焼きなど、よく分からないゲテモノのてんこ盛りがこれでもかと運ばれてくる。


 あれほど「腹が減った!」とやかましく喚き散らしていた胃袋も、まさかの展開に今や借りてきた猫よろしく黙りこくった。

 驚愕が一周まわって真顔になってしまった東雲を蚊帳(かや)の外に、青鬼どもの夜宴は今宵最高潮の盛り上がりである。――とても水を差せる雰囲気ではない。


 どこかに援軍はいないのか……。一縷(いちる)の望みをかけて目をむけた先では、上機嫌なネズミが頬を丸々と膨らませながら泥団子にかぶりついていた。


 完全なる孤立無援である。


 東雲は額に手をあて暗くうなだれながら、五日越しの食欲ですら木端微塵に粉砕する(しゅう)(かい)な晩餐を睨みつけた。


(――いや、待て。これを歓待の馳走と思うからいけないんじゃないか……)


 東雲も忍の端くれである。

 ひとたび忍務となれば、兵糧(ひょうろう)が底をつき、木の根や羽虫で飢えをしのぐこともある。


 下忍の下である彼は、里の秘伝である兵糧丸や水渇(すいかつ)(がん)といった便利な携帯食の製法を伝授されていない。そのため、水が無い場合は小石を口にふくみ渇きを癒したものだ。


 そう、とどのつまり生存のための食だと割り切れば、これらの異物を口にすることもやぶさかではないのだ……。


 どのみちここで食わず嫌いをおこしたところで、明日以降の船の上で出される食事が劇的に改善される期待は薄く、頼みの西大陸へも、このまま空腹を抱えてたどり着けるはずもない……。



 しかしそうは言っても、まだ重要な問題が残されていた。

 食堂に充満する未知の薫りを嗅ぎながら、東雲はなおもうなった。


(――……食っても死なんだろうな?)


 なにせ初の地獄(じごく)(めし)である。

 一介の忍として毒にはある程度の耐性があるものの、あくまでそれは現世(うつしよ)の食物に限った話だ。

 すでに死後の世界である地獄で、さらに死んだ場合はどうなるのか、という根本的な疑問はさておき。地獄の住人でない人間の身体が、これらの食物を受けつけられるかどうかは判断がつきかねる。


 一応、海で小エビや海藻を拾い食いしても体調を崩すことはなかったが、あれらは見た目も味も東雲の知る範疇であった。


 見た目もさることながら、鼻腔を抜ける強烈な刺激臭も、尻込みしてしまう原因だった。


 戦国時代における一般的な調味料の種類は、塩、酒、酢、味噌のみである。それ以外の辛味や甘味などを味付けとしてもちいることに慣れていない彼が、独特な臭いを放つ料理に警戒を抱くのも無理からぬことなのだ。


 笑顔咲く宴のただ中で、東雲だけが、ひとりぽつんと取り残される事態となった。


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