第2章:泳ぐ極楽島ⅩⅢ『理想郷』
大粒の涙を流して喜びに打ち震える一群を、東雲は目を細めて、どこかぼんやりと眺めた。
「すまない、つまらない話をしてしまったな」
「……いや」
「そういえば、アンタも明日、俺たちの船に乗るんだろう?」
「俺たち? お前さん、船乗りか」
「ああ、しっかり送り届けてやるから安心してくれ」
男は、人好きのするからりとした笑みを見せ、どんと胸を叩いた。なるほど、確かに彼の節くれだった手はひどく荒れているが、奴隷のように貧相なものではなく、武骨な力強さがある。島と海上を行き来する生活が長いのだろう。噂の西大陸へも、幾度となく赴いたことがあるような口ぶりだ。
「その西の大陸とやらは、どんな場所なんだ?」
「いいところさ! 痩せた土地ばかりの東大陸と違って、豊かな実りと生命で溢れている。あの場所で生まれていればどんなに良かったか、って何度思ったか知れないよ」
ふーん、と東雲は半信半疑に聞いた。
別して男の話が疑わしかったからではなく、自分の眼と耳で直接確かめるまでは、なにごとにおいても信用しないたちなのだ。
しかし信じないからといって、情報の信憑性をつまびらかにすることは怠らない。
「だったら、どうしてここの連中は西の大陸で暮らそうとしない?」
ざっと観察した限り、この島の生活に不足があるとは思われない。
酒も食い物も日用品も、過不足なく行き届いているように見受けられる。
しかしそうはいっても、陸地の安定した環境を放棄してまで、陰気な迷路海流を漂う孤島にこだわる利点もないように思うのだ。
「そりゃ、俺たちにとって、ここが〝理想郷〟だからさ」
「……、……そうか」
告げられた理由は、東雲にはあまり響かないものだった。
――……要するに、彼らは〝この場所〟で満足してしまったのだ。
一世一代の覚悟を決め、命を懸けて海を渡り、奇跡的に辿り着いた安息の地。
劣悪な境遇から逃れてきた青鬼たちにとって、この島での生活は、もはや十分過ぎるほどの贅沢に満ちていた。
加えて、ここには同じ辛苦を共有する同胞がいる。
良くも悪くも、一度あたえられた安堵と共感と充足は、再び重い腰をあげてまで、夢の大陸を目指す気力を削いでしまった、ということなのだろう。
もちろん、この島を離れて西大陸へ移住した者もいる。
しかしそれと同じ数だけ、島を終生の都とさだめた者も多いのだ。
――気持ちは分からないでもない。
しかし東雲には、到底当てはまりそうもない選択であった。




