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第1章:鬼ヶ島からの脱出ⅩⅤ『負け犬の遠吠え』


 東雲の人生とは、記憶する限り寝ても覚めても屈辱の道であった。


 血と泥と嘲笑でずぶぬれになりながら、ひたすら己の命を握りしめるのに手一杯で、自分を虐げる者に対しては、ただの一度たりともむくいる余裕などなかった。

 結果、ボロきれのごとくあっさりと捨てられ、最期は身を焦がすほどの虚無と後悔を抱えながら死ぬはめになったのだ。


 幸か不幸か、こうして奈落の底に堕ち、今度こそ同じ(てつ)は踏むまいと息巻いた。


 ――そのはずだ、そのはずである。


 しかし実際はどうだ。はじめこそ解放感からくる興奮で、足取りも鳥の羽を得たようであったが、その時ですらすでに、東雲の行動原理は逃げの一手であった。


 なんという体たらく。骨の髄まで負け犬としての(しつけ)が染みついているといっても過言ではない。

 

 さらに、最悪を上乗せすることがある。

 東雲は赤鬼を、伊賀の上忍と同列に並べるくらいには嫌っていた。憎たらしい、虫唾が走ると嫌悪したのだ。

 それだというのに、自分は沸きおこる感情に蓋をして、あくまで逃げに徹しようとした。


 このネズミのように、格上の鬼へ立ち向かう選択肢など、塵ほども転がってはいなかったのだ。


 それは東雲にとってあまりに自然な行為で、――愕然とする現実だった。


(っ、馬鹿は死んでも治らねェってか、冗談じゃねえ……ッ!)


 後になって悔いるから〝後悔〟とは、よく言ったものだ。


 今ならば痛いほどわかる。世界がいくら変わろうとも、己が変わらなければ結局は同じなのだ。人生の道を決めていたのは、他でもない己自身であった。


 東雲は、心にけりをつけたように一笑した。


「ネズ公、その馬鹿げた一揆……、俺も一枚噛ませちゃくれねえか」


「な、なんですと!?」



 ――行動原理? そんなもの、面白いというだけで十分だ。



「地獄の鬼に、一泡吹かせてやるのも悪くねえ」



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