第60話 真偽
「貴様、わざとだな?」
その一言で、場にいる当主及び精霊の眼球がぎょろりと動く。
全員の視線はレヴァナントへ注がれ、一挙一動を見逃さぬ様監視する。
そんな状況でも、レヴァナントはニヤリ、と口角を釣り上げて見せた。
「いくら魔王様といえど、言いがかりはよくねぇな」
強気なレヴァナントに、ハクは一層表情を険しいものへと変える。
魔法が使えなくなった今、レヴァナントにとってハクはただの『人』。
吸血鬼ですらなく、恐れるに足る存在でもない。
勿論、ハクは一言も自分が魔法という手段を失ったなどと公言していない。
そもそも、レヴァナントにとって、ハクは信仰の対象でなかった。
「貴様が、知らなかったはずがないだろう。統べるということは、最低限のコミュニケーションがそこに存在する。相手の心証を掌握しようとする以上、相手がどこにいて、何をしていたかくらい知ろうとして当然だ。……知っていて、だろう?」
何も語らないレヴァナントは、ただ嗤う。
レヴァナントには、滑稽に映っている。
力のないものが玉座に座るのが、とてもとても、面白くて。
「答えるのですよ、レヴァナント。即位した魔王様が気に入らないとしても、先代であるムク様に危害を加えるのは、許さないのですよ」
「貴方が、この結末を予測できなかったはずがないでしょう。答えなさい、死霊種12代目当主」
当主陣の中でも強く瞳を光らせるヨルムンガルドとミカエル。
全身の魔力を練り上げながら、レヴァナントを威圧する。
「魔王様の御前ですよ、控えなさい」
「ヨル」
ヒュドラとフェンリルが取り乱す2人をたしなめる。
だが、2人も完全に冷静というわけではなかった。
まさに、一触即発。
レヴァナントが小指1つ動かそうものなら、即座に魔法が発動する程、空気は張りつめていた。
「そんなもん」
瞬間、ミカエルが動く。
ミカエルに続き、ヨルムンガルドもまた魔法を展開する。
レヴァナントは口が裂ける程に口角を釣り上げ、嗤った。
「わざとに決まってんだろ」
心底楽しむように嗤うレヴァナントに、容赦はなく。
ミカエルは全力を投じた。
「レヴァナント!!!」
「ミカエル!!!」
「ヨル!!!」
「ダユ!!!」
「サラマンダー!!!」
魔法と共に名前が飛び交う。
誰が誰を呼んだのか認識できない程、コンマ1秒のずれもなく同時に。
轟音と共に城が揺れる。
何が起こったのか、全てを把握し切れたのは、ヒュドラとハクの2人のみ。
ひび割れた床。
砂埃舞う大広間。
気絶するミカエル、ヨルムンガルド、レヴァナント、フェンリル。
立ち上がり呆然とハクを見つめるルシファー。
跪いたまま動かないヒュドラ。
何事も無かったようにハクの背後に立つダユ。
当主を見下ろす、ハク。
「魔王様の御前でありながら取り乱したこと、秘書ヨルムンガルドに代わりお詫び申し上げます」
淡々と、ヒュドラは言い放った。
ルシファーもまた跪き直す。
2人を一瞥し、ハクは玉座から立ち上がる。
「他の者の処分は貴様に一任する」
「承りました」
ヒュドラに命じ、ハクは大広間を後にする。
振り向くことなく、ハクは、ある場所へと向かった。
ハクの足音が完全に消えてから、ヒュドラは立ち上がる。
足元に転がる当主陣を見下ろし、1つ溜め息を吐きだした。
「貴方は、最後まで観えましたか」
「俺が見えたのは、ダユだけだ」
続いて立ち上がったルシファーに、ヒュドラは言葉を投げかける。
その言葉に、ルシファーは首を振った。
すでに去ったダユと、サラマンダーの気配を追いながら。
「初手は、ミカエルですね」
一瞬だった。
レヴァナントの言葉と同時に、ミカエルは雷撃を打ち出す。
それに反応したヨルムンガルドは大広間を囲う結界を展開。
ミカエルの雷撃に反応したサラマンダーもまた飛び出し、燃え盛る槍で雷撃を相殺し、外へダメージを流す。
ヨルムンガルドの結界により、城への致命的なダメージはなく、大広間にヒビが入るのみであった。
次に発動したのはダユの魔法。
ルサールカとの戦いの時に使用したものを大広間にいる全員へ向けて発動する。
闇属性の使い手以外には避けることのできない状況で、ダユはルシファーとヒュドラ以外を気絶させた。
「これが全てです。別段、難しいことはしていませんが、全員力が衰えていないことの証明になりましたね」
「サラマンダーに賞状でも用意します?」
「おや、私はヨルムンガルドだと思いますよ」
魔法が発動されたのは、全て合わせても数秒。
桁外れの戦闘能力であったことの証明になったことに、ルシファーは肩を竦める。
「では、始めましょうか」
ヒュドラはルシファーから視線を外し、皮手袋をはめ直す。
2人は、床に倒れる当主を起こして回った。
***
「ハク様」
「ムクは」
「今はゆっくりお休みになられていますよ」
ムクの部屋を訪れたハクに気付いたウンディーネは静かに歩み寄る。
優しく微笑むウンディーネの表情から、ハクはムクが無事であることを悟る。
ウンディーネに休むように告げ、ハクはムクの隣に立った。
「ムク……」
大きなベッドに横たわる小さなムクの顔を覗き込む。
涙の跡のあるムクの顔は、穏やかなものだった。
ウンディーネによるものであることを理解したハクは、ベッドに腰掛けムクの頭を撫でた。
「先程の揺れはどうなさったんですか?」
「ただ、当主が暴れただけだ」
「城がまだ建っていられるのは魔王様の采配、ということですね」
窓際に立ち、月明かりに照らされる酒呑童子が、ハクへ静かに語り掛ける。
向かい合う2人は眼を合わせ、酒呑童子は微笑む。
酒気が抜けたのか、鬼人は訛りの無い話し方をする。
「お気づきでしょう。魔王様が初めて当主の前に現れたあの日。私たちは貴方に不満などないと申しましたが、そのほとんどは嘘です」
「当然だろう。そもそも、何もしていないのに信じているなんて、ふざけるにも程がある」
「そうですよね。護衛役をダユにするくらい、当主に信頼を置いていないのですから」
安心したように笑う酒呑童子は、ムスペルヘイムの時とは別人のようだった。
静かに紅茶を淹れる酒呑童子は、ハクをテーブルへ誘う。
ハクはムクが視界に入る位置に限り、誘いを受け入れた。
酒呑童子はベッドの隣へテーブルを移動させ、自分は窓辺に立つ。
静かに紅茶を楽しむ2人の間に、静かな時間が流れる。
穏やかな風が部屋に入り込んだとき、ハクがふと口を開いた。
「ムクの兄とは、どんな人物だったんだ?」
「……? あぁ、先々代様のことですね。厳密には、兄ではありません。ただ、当主の中にはそういう関係に見えていた者がいただけで」
一度首を捻った酒呑童子は、ティーカップから口を離した。
昔を思い出すように眼を細めた彼女は、ハクへ向け優しく微笑む。
「あちきが覚えている限りでよければ、お話します」
声を発す代わりに自分を見つめるハクに、酒呑童子は紅茶で口を潤す。
窓の外へ視線を投げ、浮かぶ月を眺めながら、酒呑童子はぽつり、と語り始めた。
「あの方は、優しい月のような吸血鬼でした」
酒呑童子は、酔ってさえいなければお淑やかな女性です。
髪を下ろして露出を抑えれば間違いなく美人。元々美人だけども。




