第59.5話 サラマンダーの日常
外気温は数字にすれば気絶するほど高い、それでも通常よりは穏やかな昼下がり。
「なんだコイツ。ウンディーネに馴れ馴れしくしやがって……」
ムスペルヘイム内某所にて。
マジックアイテムを使い、サラマンダーは日課をこなしていた。
「いきなり現れて、魔王様と姉貴に……。羨ましいわけじゃねぇけど」
それはまだハクとムクが人間界にいた頃のこと。
画面越しにハクを睨み、サラマンダーは嫉妬の炎を燃やす。
ハクへ丁寧に魔法を教えているウンディーネに、サラマンダーは頬を膨らませる。
「そんなん、魔王様だけで教えればいいじゃねぇか……」
映し出される人間界の様子とにらめっこしながら、サラマンダーはころころと表情を変える。
泉の縁にある指定席、岩石に腰掛け、頬杖をつきながら。
「あ! コイツ、俺の許可なしで炎属性使いやがった!! ……あぁ、昨日姉貴が聞いてきたのはこのことか」
ランプに火を灯したハクに、サラマンダーは思わず声を上げる。
眉間に皺をよせ、溜め息を吐く。
ムクとウンディーネに称賛され、嬉しそうに笑うハクに、サラマンダーは盛大に顔を顰めた。
(そこにいるべきは、お前じゃなくて――)
心の底でふつふつと煮える不快感。
サラマンダーは周囲へ向け飽きた様子を演じながら画面から眼を離した。
「つまんねー」
マジックアイテムを放り出し、サラマンダーは眼を細める。
頬杖をついたまま、どこか遠くを眺める様に。
「近くにさえ、いられれば。俺だって……」
息を吐く様に、か細く。
サラマンダーは静かに呟いた。
己の手を見つめ、強く握る。
沸き上がる苛立ちに、舌打ちを1つ。
己の身体を呪って。
「――ッ」
強く握り過ぎた手から、一筋の血液が滴る。
雫は泉へ落ち、赤い波紋を作る。
くしゃり、と髪を掴み、再度溜め息を吐いた時、テルアイテムに通信が入った。
「サラ兄?」
それは、サラマンダーにとってただ1人の妹。
シルフからのものだった。
「なんだ」
「またウンディーネ姉様のストーカーやってるんですの? 正直、兄とはいえ引きますわ」
「ちげぇし!!!!」
億劫そうに通信に応じたサラマンダーは、シルフの言葉に強く噛み付く。
画面の向こうで肩を竦めるシルフは、慌てる兄に安心したように微笑む。
金糸雀色の髪を撫でる妹に、サラマンダーは視線を流す。
角度によって緑にも見えるその髪に、別の精霊を思い浮かべながら。
「で、なんの用だ」
「別段、用というものもないのですけれどもね?」
紅茶を口に含みながら、シルフはサラマンダーの問いに答える。
蔦で編まれた椅子に座り、大木の根で編まれたテーブルに肘をつく。
ウンディーネの垂れ目とは対照的なその瞳で、シルフはサラマンダーを見つめた。
「どうにも、騒がしいのですよ」
「……占いか?」
「ちゃんと、占ったわけではないのですけれどもね」
自分の髪を指で弄ぶシルフに、サラマンダーは大人しく耳を傾ける。
勿体ぶる様に言葉を区切りながら、シルフはぽつり、と呟いた。
「その内、1人消えたりして、ね」
自虐する様に笑いながら、妹は言葉を吐いた。
複雑な感情が込められたその一言に、サラマンダーは泉を見つめる。
「……俺達は、そういう存在だ」
「承知しておりますわ。……骨の髄まで」
眼を細め、2人は寂しそうに言葉を交わす。
自分の身体を抱きしめる様にシルフは腕を回す。
零れ落ちるのを怖がるように強く自分の抱く妹に、サラマンダーは声をかけた。
「つーかよ、毎日通信寄越す程暇なのか?」
「そんなの、サラ兄が暇を持て余している姿が可哀想だからですわよ? 慈悲深い私に感謝してほしいのですよ。ところで、今日の私の髪型どう思います? 自信作ですわ」
兄の言葉に顔を上げたシルフは、調子を取り戻したように口角を釣り上げる。
髪型を主張し、褒め言葉が飛んでくることを確信しているように笑う妹に、サラマンダーは微笑み。
「ブッサイクだな」
シルフが期待するものとは全く違う言葉を放った。
数秒、互いに眼を見つめ合う兄妹。
そして、2人はにっこりと笑った。
「ウンディーネ姉様に、サラ兄のストーカー行為を通報しますわよ?」
「いいぜ? 俺だってノーム兄にお前の盗撮コレクションを報告するからな」
「な!? 何故それを!? い、いえ。そんなものありませんけどぉ!?」
「つーか、ノーム兄ならすでに知ってそうだけどな」
「はぅ!?」
紅茶を溢す勢いで言い返すシルフに、サラマンダーはクツクツと笑う。
頬を膨らませ、髪を解こうとしたシルフは、サラマンダーの視線で手を止める。
「……なんですの。どうせウンディーネ姉様のように綺麗にはなれないんですのよ。サラ兄にさえそういわれるなら、ノーム兄様にも褒めてもらえないんですわ」
不貞腐れた様にそっぽを向くシルフに、サラマンダーは笑いを深める。
足を組み頬杖をつくサラマンダーは、シルフにしか見せない微笑みで、妹を見つめた。
「俺たちの妹だ。可愛くないはずがねぇ。それにノーム兄のことだ、お前がどんな不細工だとしても褒めちぎるだろ」
「……! そういう言葉を、ウンディーネ姉様に言えばいいのですわ」
「うっせ」
舌を出して見せるサラマンダーに、シルフは自然と微笑む。
柔らかい笑みを見せる妹に、サラマンダーは眼を細めた。
「それでは、この辺でお暇いたしますわ。ごきげんよう」
「おう。またな」
「……えぇ」
しっかりと眼を見て次を約束する兄に、シルフは安心したように再度微笑み、通信を切った。
何も映し出さなくなったテルアイテムを仕舞い、サラマンダーは放り投げていたマジックアイテムを手繰り寄せる。
何の気なしに映し出した映像に、サラマンダーは盛大に吹き出した。
「!?!?!? ッ、ブハッ!?」
自分の唾で咽るサラマンダーは、勢い余って泉に飛び込む。
マジックアイテムに映し出されたのは、水浴び中のウンディーネだった。
泉から頭を出したサラマンダーは、急いでマジックアイテムのスイッチを切る。
その最中にも目に入るウンディーネの柔肌に、サラマンダーは顔を赤く染める。
「クソっ、この!!」
見えないように眼を閉じながら、震える手で操作する。
やっと何も映さなくなったマジックアイテムを手放し、サラマンダーは本日3度目の溜め息を吐く。
口元まで泉に浸かり、サラマンダーは顔の熱を取ろうとする。
だが簡単にはいかず。
サラマンダーは先程の映像を思いだしながら、ぶくぶく音を立てて沈んでいった。
20話の裏話、という立ち位置の小話です。
本編に関係あったりなかったり。
サラマンダーは炎の精霊ですが、魔力さえあれば水に潜れます。
ただし、魔力を燃やし続けなければならないので長時間の潜水はできません。
わりと純情です。
もしやシルフさん初登場では?




