第53話 探し者
虫の知らせ、ってありますよね
微睡む。
彼女は永遠に、夢を観る。
1人、客席に座って。
豪華な舞台を、眺めている。
どこがプロローグで、どこからが本編だったか。
もう、彼女には分からない。
ただ、500年、これから先も、観ているだけ。
(すごく、怖い)
ムクは一度、身体を震わせる。
水の中を沈んでいるような、不自然な感覚の中。
ムクは、恐怖を感じていた。
(何かを、手放した気がする。何かが、私から離れた気がする)
確かにそこにあったもの。
今はここから消えたもの。
はて、それは何という名前だったか。
そもそも、名前があったのか。
夢に沈むムクには、分からない。
1つ、また1つ。
考える度に、ムクの体へ茨が絡む。
何の意味もない、ただの茨。
魔力さえ持たない、ただの茨。
だがそれは、確実にムクを苦しめた。
(また、私から離れていくの? また、私だけを置いていくの? また、約束を破るの? また、また? 最初は、いつだったっけ)
胸を、締め付ける。
ムクには、それが何かは分からない。
それなのに、胸を痛んで止まない。
失ったはずのそれは、茨に姿を変えて、ムクに纏わりつく。
痛みは腕を。
恐怖は足を。
苦しみは首を。
喪失感は腰を。
恋慕は、胸を。
愛しさは、心臓を。
(寒いよ。痛いよ。怖いよ。苦しいよ。寂しいよ。行かないで、***)
絡みついた茨は、解けない。
しかし、動けない訳ではない。
ただ痛むだけで、動きに支障はない。
ふいに、ムクは手を伸ばした。
水を掴むように、水面を目指すように、手を伸ばす。
その手から、指先から何かが抜ける感覚を味わいながら。
(いか、ないで……)
白く細い指に与えられた感覚は、ムクにトドメを刺す。
心臓が貫かれる痛みに、堪らずムクは一筋の涙を流す。
いくら人間に殺されようと、一滴も溢れなかった涙が、簡単に零れ出す。
(まって、まってよ。お願い、いかないで。私を置いて、いかないで。私の――)
「ハク……」
頬を流れる滴を感じながら、ムクは重たい瞼を動かした。
冷え切った全身と対照的に、燃える様に熱い外気。
温度差に酔いそうになりながら、ムクは霞む眼で何かを探した。
(これじゃ、ない)
ムクは、誰かに背負われていた。
ムスペルの触手が動くたびに、ムクを背負う誰かも移動する。
その感触、温度、感覚、癖。
それは、ムクの探す何かとは、何もかもが異なっていた。
太陽の光を避けようとしない。
ムクを、守る様に抱えはしない。
ムクに、■を囁いてはくれない。
思わず、ムクの両目から水滴が溢れた。
止まらない。
止められない。
(止めたく、ない……!)
――欠けた何かは、きっと、そばにあるはずなのに。
「シャルルムック!!」
ムクが眼を覚ましたことに気付いたウンディーネは声を上げた。
涙を溢れさせるムクに、ウンディーネだけでなくサラマンダーもまた驚愕する。
泉から引き揚げられたムクは長時間眼を覚まさず、ムスペルの攻撃を避けることができなかった。
そこで気絶したままのムクを、サラマンダーが背負うことで触手を回避していた。
「え、な、え!? 何!?」
「どうしました? どこか痛いのですか?」
「どこ」
「え?」
泣きじゃくるムクを前に戸惑い、混乱するサラマンダーと、冷静に尋ねるウンディーネ。
ムクを落ち着かせようと一度着地し、話を聞こうと試みる。
サラマンダーがムクを背中から下ろした時、すかさずムクはウンディーネを掴んだ。
「どこ? 私の、大切な、どこ? どこにいるの?」
「……」
「いかないで、行かないで。私を置いて、行かないで。また、また、私を!」
「どうか、落ち着いてください。大丈夫ですよ。ちゃんと、いますから」
混濁したように、言葉を吐き出すムクを、ウンディーネは優しく抱きしめた。
包むように腕を回し、静かに髪を撫でる。
ウンディーネの柔らかな腕の中で、ムクは首を振った。
「違う、これじゃない。ウンディーネじゃない。どこ、どこ?」
「シャルルムック……」
「私、わたし……」
溢れる涙は止まるところを知らず。
吸血鬼の瞳から溢れる透明な雫は、蒸発して天へ消える。
「私、何か、傷つけた? 悪いこと、した? だって、言ったもん。言って、くれたもん。そばにいるって。一緒だって、言ったもん。約束、したもん。ねぇ、どこ? 私、何かした? だって、そうじゃなかったら、どうして、私の前から、いなくなったの? なんで、手を、離したの?」
瞳を覗き込みながら、溢れさせる心情に、ウンディーネは心を打たれる。
顔を歪め、自身も込み上げるものを堪えながら、ウンディーネは強くムクを抱きしめた。
「シャルルムック……!!」
「どこ。ねぇ、どこ……」
涙を堪えるウンディーネと、涙を流し続けるムク。
ウンディーネの背に手を回しながら、ムクは足掻いた。
2人の様子を見つめ、自身に訴える何かを感じながら、サラマンダーは眉を顰める。
茨が絡まるムクを抱きしめ、自らも血を流すウンディーネ。
2人から眼を逸らすふりをして、サラマンダーは周囲を見渡し、口元へ手の甲を押し当てた。
「濃くなってきやがった……」
視界を遮る霧に、サラマンダーは眼を細める。
それは、ムスペルが吐き出す蒸気。
酒気を含んだ蒸気は、濃くなればなるほど吸い込んだ者を酔わせ判断力を奪っていく。
悪化していく状況に、サラマンダーは1つ、大きく溜め息を吐いた。
「探し物、ってアイツだよなぁ……」
ポツリ、と言葉を呟き、サラマンダーは2人へ視線を戻す。
ムクへ近づき、視線を合わせるようにしゃがんだ後、サラマンダーは少女へ語り掛けた。
「なぁ、先代様」
返事はない。
ウンディーネの胸に顔を埋めたムクは、ただ泣くことだけに労力を使っていた。
それでも、サラマンダーは言葉を発し続ける。
「あんたの探しものは、ちゃんとある。だが、この霧をぬけねぇ事には見つからない。だから、先代様。俺達に協力してもらえないか?」
あくまで真剣に、サラマンダーは協力を求める。
その中の言葉に、ピクリ、とムクは肩を震わせた。
「……ほんとに、見つかる?」
そろり、と首を動かし、ムクはサラマンダーを見る。
眼を真っ赤に腫らし、揺れた瞳で、サラマンダーを見つめる。
ムクの返した言葉に、サラマンダーは間髪入れず力強く頷いて見せた。
「あぁ、絶対だ」
芯のある声に、ムクの瞳は僅かに光る。
ほんの一瞬、涙が収まり、冷静さを取り戻したと思えた、その時。
ムクの中で、糸が切れた。
「ハク……?」
音を立てて千切れたそれに、ムクの心中は荒れる。
サラマンダーとは逆方向に視線を投げ、ムクは名を呼ぶ。
それと同時に、少女の瞳から大粒の涙が零れた。
「違う。ダメ。見つからない、見つからない! だって、いなくなったもん!! いなく、なったもん!!」
首を横に振り、髪を乱す。
喚く様に叫ぶムクは、涙があふれるその瞳でサラマンダーを睨んだ。
再度否定するムクに、サラマンダーはその胸倉を掴み、自分の方へ引き寄せた。
「あんたの探し物は!! あんたを守る為でなく、自分の勝手であんたから離れるような奴なのか!? アイツが、一度でも自分の為だけで動いたことがあったか!? あんたと出会ってから、アイツが、あんた以外の為に動いたかよ!! えぇ!!」
「サラマンダー!!」
ムクに掴みかかり、サラマンダーは感情のままに叫ぶ。
2人の間に割って入り、ウンディーネは弟を止めようとする。
しかしサラマンダーはその手を振り払い、止まろうとしない。
宥める訳でも、同情するわけでもない。
ただ自分の主観で、サラマンダーは『彼』を語る。
それが、ムクの心に響くことを信じて。
「見てたよ、あぁ、観てたよ!! ウンディーネを見守るついでに、あんた達だって見てたさ!! アイツが、あんたを裏切るような奴じゃないことくらい、ただ見てただけの俺でさえわかったよ!! 許可出したくねぇのは、ただ気に食わねぇンだよ!! 自分の護りたいものをちゃんと口に出して、実行できるアイツが気にいらねぇんだよ!! 俺と違って、ウンディーネを護れない俺と違って、あんたを護れるアイツが、嫌いなんだよ!!!! なぁ先代様、もう一回聞くぞ。アイツは、あんたを、自分の勝手で捨てるような奴か!!!」
「違、う……」
「あ!?」
「違う!!」
「だろ!? そうだろ!? アイツは、そんな事する奴じゃないだろ!? あんただって分かってんだろ!? 何回離れようとも、もがいて足掻いて苦しんで、あんたのとこに、迎えにくるだろ!? 自分の限界に気付いたから、人の身すら捨てたんじゃねぇか!! それを分かって、理解してんなら、なに迷ってんだよ!!!」
顔を突き合わせて、2人は叫ぶ。
胸の中、心の奥底に隠していた物さえ曝け出して、サラマンダーは訴える。
ムクの迷いを晴らすように、サラマンダーは言葉を吐き出し続けた。
「なぁ、頼むよ。シャルルムック。アイツを、信じろよ。人を辞めて、死んでもあんたを護る為だけに動き続けるアイツを、信じてやれよ。あんたが探すなら、見つからない訳ないだろ。なぁ、頼むよ。俺達の信じるアイツを、救ってくれよ」
震える様に、霞むサラマンダーの声。
それは確かに、ムクの心に響き渡った。
ムクの瞳から、雫が流れる。
だが先程までとは違い、温かく優しい涙が、静かに落ちた。
「……」
ゆっくりと、サラマンダーはムクから手を離す。
俯き、答えを探すムクは、とても小さく見えた。
2人の様子を見守るウンディーネは、かけるべき言葉が見つからず、静かに結末を見守る。
震えが止まり、乱暴に涙を拭うムクは、小さく声を放った。
「……わか、た」
「先代様」
「わかった、協力、する。一緒に、やる。絶対、見つける。今度は、私が、迎えに行く」
顔を上げたムクの表情からは、憂いは見られなかった。
瞳の奥に決意を灯したムクに、サラマンダーは口角を上げる。
安心したように胸を撫で下ろしたウンディーネは、ムクへ手を差し出し、2人で立ち上がる。
サラマンダーは槍を構え直し、全身の魔力を沸騰させた。
燃え上がる身体と槍で、眼前の霧を薙ぎ払う。
ムクとウンディーネは手を繋ぎ、互いの魔力を同調させる。
決して解けぬ様、強く、強く。
「いくぜ」
魔力を湧き上がらせる3人は、持ち得る限りをつくし、魔法を発動した。
ムクの爆発回でした。
ムクが初めて子どもらしい部分をだした、ということを書きたかったです。ヤンデレではありません。駄々っ子に近い。
サラマンダーくんは、マジックアイテムを通して観てます。ウンディーネとハクが対面してから、なんとなく観察してます。




