悪魔的落涙
「ねぇ、ドア開けてっ! 両手塞がってるの!」
「はいはーい、ありがとね」
中から咲がドアを開けてくれた。もやもやした気持ちを抑えつつ、あたしは部屋の中に入る。テーブルにケーキと飲み物を置いて、準備は万全に整った。
あたしと、綾さんと咲、向かい合うように座る。
「あたしの自慢のチョコレートケーキよっ! 美味しそうでしょっ!?」
「へぇーっ! これ自分で作ったの? すごいじゃない!」
「ホントに美味しそう……食べていいの?」
「どうぞどうぞ、綾さんの為に作ったんですから〜! ……咲もしょうがないから食べていいわよ」
「私の時だけテンション低いなっ! まあ、頂いていいなら食べよっと」
「切り分けるわよ」
六等分にし、まずは皿に一個ずつ取り分ける。横には仕込みのしてあるオレンジジュース。さあ召し上がれ、あたしの甘美な罠をーー
「頂きます」
「いただきまーす」
二人があたしの作ったケーキを口に運ぶ。
直後、二人とも動きが突然止まってしまった。
「……どうしたの? もしかして、口に合わなかった……?」
そんなことあるはずは、と少し不安になりつつ聞いてみる。
プルプルと身体が震えていた咲と綾さんは、パァッと花が開いたかのような満面の笑みをたたえて、
「「美味しいーー♡♡」」
と絶叫した。
よかった……感動のあまり声が出なかったのね……
「こんなに美味しいチョコケーキ初めてかもっ!」
「だねぇ♡ 濃厚な味わいだよぉー!」
「そりゃそうよ! なんたってあたしが精魂込めて作ったんだからね! もっともっと食べなさい!」
そしてジュースを飲むのよ……!
しかし思惑とは違い、中々二人はジュースに口を付けない。ケーキが美味しすぎてそっちに夢中になってしまってるようだ。
このままだと計画が……
「って、咲、ほっぺにチョコ付いてるわよ。がっつき過ぎ」
「あ、ホントだ。気付かなかった」
「拭いてあげるわ」
「大丈夫よ、ハンカチあるから……」
咲はスカートのポッケからハンカチを取り出そうとして、一緒に何かがポケットから転がり落ちた。
「何か落ちたわよ、髪留め?」
「あ、それは」
あたしがその十字架の髪留めに触れた途端に、世界は一新した。
ーーーー久しぶり。陽奈ちゃんーーーー
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
真っ白な空間に、あたし一人。
ここは、ドコ?
「おかえり、陽奈ちゃん」
あたしに呼びかける声が聞こえる。
目の前に空から降って来た一滴の黒い雫がぽちゃんと音を立て、水溜りを作った。
水溜りは次第に人の形へと変貌し、あたしに手を伸ばした。
恐る恐るその手に触れてみると、あたしの中に凄まじい勢いで濁流が流れ込んで来た。
ーーーー記憶の奔流。
あたしは、全てを思い出した。
「……あなた、瑠璃ちゃんなの……?」
「そうよ。ずっとずっと、ここであなたを待っていたの。独りぼっちで、待っていたの……」
「どうして……死んだのはあたしだけのはずでしょ!? なんであなたまでっ……!」
「独りぼっちは、嫌だったから……死んじゃうよりも、嫌だったから」
「瑠璃ちゃん……」
瑠璃ちゃんはあたしの手を自分のほっぺまで持っていく。あたしの温もりを確かめるかのように。
「昔から、陽奈ちゃんの真似ばっかりだったな……私。”あたし”って呼び方も、真似っこだし。やっぱり似合わなかったよね」
「そんなことないよ……あたしは、瑠璃ちゃんに真似されるの、嫌いじゃなかった。むしろ、嬉しかったんだよっ! だって、好きな子に自分の真似してもらえるんだもん!」
「そっか、良かった。私、ちゃんと愛されていたんだね」
瑠璃ちゃんの目から涙が零れ落ちる。雫は波となり、空間に波紋を広げた。
「私、そろそろ限界みたい」
「……瑠璃ちゃん? どういうこと、ねぇっ!?」
「私は……まがいものだから。陽奈ちゃんを奪ったこの世界を、憎みはしたけれど……憎みきれなかったから。だから、もう未練はないの」
「そんなのってないよっ! あたしは、まだ記憶を取り戻したばかりなんだっ! 瑠璃ちゃんと出来なかったこと、未練だって……たくさんあるのにっ……!!」
「泣かないで、陽奈ちゃん」
瑠璃ちゃんがあたしを優しく包み込む。彼女の体温が消えかかっていくようで、あたしは一心不乱に彼女にしがみ付いた。二度と離さない為にーーーー
だけど理不尽にも、彼女の身体は段々と透明になっていく。
だけど不条理にも、世界から消滅していく。
「私はずっと、あなたのそばにいるから。だからねーーーー」
「瑠璃ちゃん……」
「大好きだよ、陽奈ちゃん」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「姫乃、ひーめーのっ! どうしたの急に、ぼーっとしちゃって」
「え……?」
「って、あんた泣いてるじゃない! ホントにどうしたのよ!?」
気づくとあたしは、元の自分の部屋に戻っていた。何もかもが元通り。
だけど何故か、大切な何かを失ってしまった喪失感だけが、ぽっかりと心の中に大きな空洞として残っていた。
頬にはいつ流したのか分からない涙の跡。
あたしは、涙とともに大切な記憶を流してしまったようだった。
「変ね……なんでもないわ……そう、なんでもないの……」
「……ふーん? まあ、大丈夫ならいいけど」
そう言って咲は、オレンジジュースを飲もうとする。
「あ! 待ちなさい咲! 綾さんも、このジュースは飲まないで!」
「へ? なんでよ?」
「いいからっ! 新しいの注いでくるから!」
あたしは強引に彼女たちのコップを引ったくり、キッチンへと向かう。
あんな秘策は辞めだ。あたしは、あたしの魅力で勝負する。
あたしは悪魔なんだ。
欲しいものは、自分の身体でつかみ取って見せるわ。
綾さんも、咲もね。
じゃないと、あの子に顔向けできないものーーーー




