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月給24万円でヒーローやってるけど色々しんどい  作者: シラサキケージロウ
第2章 1話 ジャスティス・リーグ
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第1話 ジャスティス・リーグ その3

 その日。〝本郷翔太朗〟としての俺の勤め先である秋野家へ到着したのは、定刻通りの16時15分だった。雇い主である秋野夫人と、「今日もよろしくお願いしますね」「もちろんです」と簡単なやり取りを済ませ、2階にある来華の部屋の扉をノックすると、1秒しないうちに来華が飛び出して来た。笑顔が基本のコイツにはあまり似合わない、不安を帯びた表情を浮かべている。


「センセーっ! 大丈夫だった?! 警察に追っかけられてない?!」と来華は開口一番わけのわからないことを言う。俺は「落ち着け」と返しながら来華を部屋に押し戻し、後ろ手に扉を閉めた。


「急なことでわけわからんけど、見ての通り俺は平気だ。警察の世話にもなってない」


 すると一転、笑顔になった来華は「よかったーっ」と胸を撫で下ろす。


「センセー、警察に捕まっちゃったんじゃないかって心配したんだ」


「なんだよ、そりゃ」


「コレだよ」と言った来華は、ベッドに伏せてある読みかけのヒーロー専門誌、〝Hero,s〟を俺に向けて開いてみせた。見出しに書いてあったのは、〝人気ヒーロー、また通り魔被害〟の太文字。


 記事を詳しく読んでみれば、芸能界にも進出済みの都内で活躍する人気ヒーロー、〝ミスター・ミスティック〟が夜道で暴行被害に遭ったらしい。手足の骨折や細かい傷も含めて怪我の容態は全治1年ほど。人通りが少ない場所であったので、目撃者はなし。暴行以外の被害を受けなかったため、恨みを持っての犯行だと推測されている。


 この記事で肝となってくるのが、この〝また〟という部分で、なんでも来華の話によると、人気ヒーローサマが通り魔被害に遭う事件が、最近になって頻発しているらしい。犯人の正体は未だ掴めていないが、物取り目的の犯行でないことから、巷では『あまりに増えすぎたヒーローを減らすための〝バランサー〟による犯行だ』と噂されているとのことだ。


 この話を聞いて俺は、愛宕から受けた「ほどほどにしなよ」という司への伝言の意味を理解した。


 なるほど確かにアイツなら、人気ヒーローとか持て囃されてチヤホヤされている奴らの闇討ちはやりかねない。現に昨夜あの女は、無名ではあるがヒーローをボコボコにしたばかりだ。今夜、会った時にでもこの事件についての関与を聞いておくべきだろう。


「……というか、来華。お前は俺がヒーローをボコボコにした犯人だと思ったのか?」


「うんっ。ヒーローデビューの前にライバルを減らしておこうとしたのかなって!」


 相変わらず無邪気な顔してとんでもないこと言いやがるヤツだ。「んなわけあるか」とため息を吐いた俺は、来華の額にデコピンを見舞った。


「だいたい、俺はヒーローになるつもりなんてない」


「なんでさっ! この前言ってたじゃん! 司ちゃんと一緒にチームを組むって!」


 よくもまあ、あんなことを覚えているものだ。俺は「そうだったか」などと言って適当にはぐらかそうとしたが、珍しくぱっちりと見開かれた来華の眼は俺を逃がしてくれない。下手な言い訳では誤魔化せないだろう。


「……せンセー? もしかして、ホントに司ちゃんと付き合ってるんじゃ――」


「違う。断じて違う。俺達は本当にヒーローチームを目指してだな」


「なら、さっきはなんで『ヒーローになるつもりなんてない』って言ったの?」


「それはだな」と口ごもった俺は足りない知恵を必死に使って、「司と喧嘩したんだ」という言葉を絞り出した。後のことを考えての発言ではないが、とにかくこの場を誤魔化せればどうでもよかった。


「……ホント? ホントにケンカしたの? なんでケンカしちゃったの?」


「……たいしたことじゃないんだけどな。その、方向性の違いで……」


「なに? どういう内容? 詳しく聞かせて」


「その……俺は、地味な衣装の方がいいんだけど……アイツは……まあ、わりと派手なカンジの衣装が好みみたいで……そういうことだ」


 しどろもどろと下手な言い訳を並べると、来華は懐から携帯を取り出し黙々と弄り始めた。嫌な予感がして「なにしてるんだ」と尋ねれば、来華は「司ちゃんに、『派手な衣装の方がいいよ!』ってメールしてるの」と答える。俺は慌てて来華の携帯を取り上げたが時すでに遅し。メールは送信された後だった。


「センセーは年上の男の子なんだから、司ちゃんの意見をソンチョーしてあげるべきだよっ!」


 そう言って来華は俺の鼻先に人差し指を突きつける。俺は「アホ」という言葉を辛うじて奥歯で噛みしめた。





 その日の夜。俺の家までやってきた司は、開口一番で「どういうことだ?」と言い放った。その表情は既に怒りに満ちており、こうなると、扉を開けて即座に殴り倒されなかったことが奇跡だ。


「……悪かったよ。ヒーローのチームがどうこうって話になったから、適当に誤魔化したら、成り行きであんなことになったんだ」


「迂闊だぞ、翔太朗。コハナにヒーロー云々の話をすれば面倒なことになるのは目に見えているだろう」


「わかってるよ、わかってる。俺が悪かったって」


「いいや、わかっていない」と司は俺の謝罪をばっさり切り捨てる。



「そもそも貴様は長年コハナの家庭教師を勤めているのだから、彼女をもう少し淑やかなレディーにしてやるとか、そういう気概を持って職務に取り組むべきではないのか? 彼女があの歳になってなお子犬のように無邪気かつわんぱくなのは、彼女自身の性質もあるのだろうが、貴様の教育も一端を担っているのではないのか? だいたい貴様はもう少し――」



 口うるさい姑みたいなヤツだなと思ったが、そんなことを言えば拳同士の語り合いになることは目に見えているので、何も言い返さずじっと耐えた。


 俺のやらかした失態への叱責から、来華の〝教育方針〟まで及んだ司の小言は、やがて俺の生活習慣がいかにだらしないかというところにまで及んだ。姑を飛び越してもはや母親だ。


 さすがに黙っていられなくなった俺は、やや強引に「そういや」と割り込み、司の話の腰を素早く折る。


「あれだ。聞きたいことがあったんだ」


「はぐらかそうとしたって無駄だ。まだ話は終わっていないぞ」


「大事なことだ。お前、最近ヒーローを殴らなかったか?」


「知っての通りだ。昨夜、5人ほど叩きのめした」


「いや、あんなのじゃなくて、もっと〝大物〟を」


「大物だかなんだか知らんが、殴っていないものは殴っていない。私とて理性ある人間だ」


 理性あるヤツが昨日のようなことをするだろうかというのはさておき、どうやらコイツがヒーロー狩りについて本当に知らないらしいということは、話の腰を折られた上にあらぬ嫌疑を掛けられたせいで苛立ちに満ちた司の瞳を見て理解した。


 司の説教はそれから小一時間に及び、それはヒーローの仕事で家を出る直前まで続いた。





 今日の比衣呂市もまた平和だった。酔っ払い同士の喧嘩が2件と、未成年の飲酒・喫煙があったがその程度だ。物の数にも入らない。


 市内の見回りを半分ほど終え、小休止しようということになった俺達は、駅前のビルの屋上へ向かった。空を見上げれば、ぶ厚い雲が空をどこまでも覆っており、月の姿がまったく見えない。マスク越しに感じる風は冷たく、そろそろ本格的に寒い季節が始まることを伝えてくれる。


 こうして立ち止まっていると肌寒くなってくる。俺はマントを身体に巻きつけながら、「今年は雪が降らないといいな」と呟いた。


「そればかりは、いくらヒーローでもどうにもならんな」と返す司もやはり寒いのか、トレンチコートの襟を立てて風を凌ぎ、その場で足踏みを繰り返している。


 冬の季節はヒーローにとって大敵だ。年末年始は酔っ払いが増える。日照時間が短くなるせいで、仕事の時間が長くなる。身体の動きが緩慢になった老人を狙った犯罪が増える。雪なんかが降れば諸々のトラブルが増える他、屋根が滑ってしまい街の移動が困難になる。

何より寒い。猛烈に寒い。洒落にならないくらい寒い。


 もちろん、冬用の防寒スーツを作れば寒さの問題はある程度緩和する。しかし、フルオーダーのスーツは「誰が買うんだ」とある種の憤りを覚えるほど高い。価格の安さがウリの八兵衛の店でも3桁万円はするのだから、もうバカとしか思えない。


 ゆえに、俺のような庶民派ヒーローの寒さ対策はもっぱら使い捨てカイロである。12月に入ると俺は、マントの裏に大量の使い捨てカイロを仕込んで街の見回りを行う。


 今年もそろそろカイロを買い溜めておかねばと、そう遠くないうちに来る冬への心構えをしつつ街を見下ろしていると、司が「翔太朗」と声を掛けてきた。


「明日からこの街には貴様ひとりだが、本当に大丈夫なのか?」

「安心しろ。たかが一週間程度だろ」


「それはそうだがな」という声は、ドクロめいたマスクで隠れている司の心配そうな表情を想像させる。


 明日から俺はこの街でただひとりのヒーローになる。と言っても、もちろん司がファントムハートを卒業するというわけではない。来週から司の通う高校がテスト期間に入るので、その間だけは俺1人で踏ん張らなければならないというだけの話だ。


「そもそも、俺はお前が来るまで1人だったんだ。なんとかならねーわけがないだろ」


「……だが、万が一ということもあるだろう。やはり私も――」


「いざって時は頼りにする。だから、お前も俺を頼って、自分のやるべきことをやれ」


 そこまで俺が言い切ると、司はようやく納得したらしく、「わかった」と深く頷いた。


「正直、本腰を入れてテストに臨まねばならない理由があった。助かるぞ、翔太朗」


「なんだ。クラスのヤツらと賭けでもしてるのか?」


「そのようなところだ」と司は笑いながら返す。


「負けたら大恥だ。無論、私は決して負けんがな」


 自信満々のその発言が負けの前兆のようにしか思えなかったことは、あえて言わずにおいた。


次話投稿は一時間ほど後です

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