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月給24万円でヒーローやってるけど色々しんどい  作者: シラサキケージロウ
第2章 1話 ジャスティス・リーグ
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第1話 ジャスティス・リーグ その4

 ヒーロー業界にも〝働き方改革〟の波が押し寄せてきたのはつい最近のことである。


 今まで俺達ヒーローは年中無休で働き続けてきた。盆も正月も関係なく、ゴールデンウィークなんてもってのほか。雨が降ろうが、雪が降ろうが、雷が落ちようが止まれない。風邪をひいても怪我をしても気づかないフリをしなければならない。街の平和、自らの生活、その他諸々を守るために全力で駆け抜けてきた。


 そんな状況を見かねたのは、かつてヒーローとして活動していたこともある国会議員だった。その議員は声高に叫んだ。「日本を守るヒーローたちにも休日を!」、「彼らにもつかの間ながら安息の時を!」と。そのお題目は御立派だ。まったくもって反吐が出る。


 議員サマが尽力したおかげで、全国のヒーロー達には『必ず週に一度の休みを取るように』という通達が出た。それでも一日も休まず街を守るヒーローが後を絶たなかったものだから、つい先日、法的に週に一度の休みが義務付けられた。


 週に一日以上の休みを取らなかった場合、ヒーローはその資格をはく奪される恐れがある。「休め!」と言って無理やり布団に縛り付けてくれるとは、なんてお優しいことだろうか。ふざけやがって。


 さて、俺達ヒーローが「休め」と言われても素直に休めないのは二通りの理由がある。


 ひとつが人気獲得のため。人気取り競争が激化の一途を辿る東京で活動するヒーローは、市民に顔を覚えてもらうため、休みたくても休めない。


 もうひとつが生活のため。俺のような地方で細々と活動するヒーローにとって、一日でも休むことは命取りになる。


 たとえば俺が休んでいる間に街でひったくりか何かが起こって、その被害者が「ヒーローがいなかったせいだ」と喚いたとする。その声が市民の間に広まった結果、役所に勤めるお偉いさんの耳に届けば最後。俺は職と自宅を失う。いくら「定休日だったんです」と弁明しても無駄だ。「何のためのヒーローだ」と一蹴されて終わるだけだから。


 市民に文句を言われるわけにはいかない。しかし、週七日の労働が市にバレるわけにもいかない。これではどうしようもない。法律を制定する前に、こうなることを考えなかったのだろうか。あの国会議員と会う機会があれば、「クソッタレ」と言ってやることを俺は心に決めている。


 働くも地獄。働かないも地獄。針山に裸で放り入れられたようなこの状況の中、悩みぬいた俺が選んだのは『私服で街を見回る』という手段だった。なんともアホらしいこの方法を取ることによって、街の平和とタマフクローの休暇を両立できる。しかし本末転倒にも程がある。


 その日の夜、〝タマフクロー〟を休めるために、俺は私服で街の見回りを行っていた。司はテスト最終日を翌日に控え、今ごろは家で勉強中だろう。


 私服で活動するようになってから気づいたことだが、ヒーローの格好をしていないと何かと不便だ。夜の街をうろついているだけで警官に呼び止められる。喧嘩ひとつ制裁するにも、仮に拳を使ったら、こちらまで罪に問われかねない。大事なものは無くなって初めて大切さがわかるとはよく言ったものだが、まったくその通りだ。いつもは煩わしく思うあの派手なマントとスーツも、今ばかりは恋しい。


 しかしこういう時にこそ厄介ごとというのは起こるもので、見回りの最中、俺は4人の男に絡まれている女を石ノ森駅の近くで見かけた。男に囲まれたその人物をよく見れば、先日、仕事中に歩道橋で見かけた、あの幽霊めいた髪の長い女だ。


「ちょっとくらいいいじゃんかよ」、「一緒に飲もーよ」などの男の声から、ヒーローの出番であることは明らかだったので、俺は4人に近づいて、「あの」と丁寧に声を掛けた。いつものように拳を使えないので、なるべく話し合いで解決しようと必死である。


「そういうことは止めておいた方がいいんじゃないですか。その人、困ってるみたいですよ」


「は?」と口々に言いながら、男達がこちらを睨む。威嚇しようとしているのだろうが、まったく凄みが感じられない。あれならば普段の司の方がまだ怖い。


「ですから、止めておいた方がいいと言ってるんです」と俺はあくまで穏健派を装う。


「なんだよ。ヒーロー気取りかよテメェ」


 ああ、ヒーローだよクソ野郎。わかったらとっとと退きやがれ。などと言って殴れたらどれだけラクなことだろうか。しかし、〝一般人〟としてここにいる俺がそのようなことをするわけにはいかない。


 俺は伝家の宝刀、「警察呼びますよ」を引き抜いたが、男達は「やってみろよコラ」とあくまで強気である。中には指をぱきぽきと鳴らし始める奴までいて、大人しく帰るつもりは無いと見える。


 思わず俺がため息を吐くと、それが癪に障ったらしく、男のひとりが「アァ?!」と吠えた。


「テメェ、舐めてるよな?」


「舐めてませんよ、別に」


「舐めてんだろーがよさっきから!」と男が俺の上着の襟を掴んでくる。「止めてくださいよ」と丁寧な物腰は崩さないまま、男の手首を思い切り握りしめ、「コッチは意外と力があるんですよ」と無言のアピールをしたが、それが却って逆効果で、男はなお怒りに表情を歪ませた。


 ――ああ、喧嘩が始まる。


 そう思った瞬間、飛んでくる拳。凹凸だらけの鍛え上げられていない拳だ。俺は「どうなっても知らんぞ」と口の中で呟きながら、男の攻撃を額で受けた。


「――っ!!」


 関節だらけの拳が分厚い頭蓋骨に勝てるわけもなく、男は声にならない悲鳴を上げながら、コンクリートに両膝を突く。残りは3人。


 俺は痛くも無い額をさも痛そうにさすり、こちらはあくまで被害者であることを主張しながら「もうやめてください」と停戦を勧めるが、残った男達は「ふざけやがって!」と喚いており、提案を受け入れる様子が無い。


 別の男から拳が飛んでくる。背中からこけるフリをしながら男の腕を掴み、拳の着地点をコンクリートの地面へと誘導する。「うぉぉん!」という悲痛な叫びが耳元に響く。残りは2人。


 仰向けで倒れる俺を1人の男が蹴り飛ばそうとする。飛んでくる足のすねの部分を肘で受けると、男は悶絶しながらその場をぴょんぴょん跳ね始めた。


 残り1人になった男は、数的有利が無くなったところで早々に撤退した。それぞれ手足を痛めた男達もその後を追っていき、拳の伴わない喧嘩は幕を閉じた。


 なんとかその場を収めたことに一安心していると、助けた女が「大丈夫ですか?」と慌てた様子で俺の額から目元までをハンカチで覆った。タマフクローでいる時はこんな親切受けるどころか、助けた相手に殴られることもあったというのに、皮肉なものだ。


「すいません。でも、大丈夫ですから」


「大丈夫なわけありません。血が出ているんですよ」


 そういえば、額を殴ってきた男が指輪をはめていた気がする。それで少し切っただけだろうから、特に問題があるわけではない。俺は「歩けますから」と言って当てられたハンカチを除けようとしたが、女の方は「万が一のことがあったらどうするつもりです」とやけに必死である。「救急車を呼ぶ」と大げさなことまで言っている。


 それからしばらく「大丈夫です」「大丈夫なわけありません」の応酬が続いた結果、やがて女の方が折れてくれて、「わかりました」と半分怒ったような語勢で言い放った。


「そこまで病院がお嫌いでしたら、私の家にどうぞ。ここから歩いて五分もしないところにありますから。そこで朝まで安静にしてください」


 なんてヤツだ。いくら助けてもらったとはいえ、見ず知らずの男を家に上げるなんてアホの極みだろう。


「そんなこと出来るわけがないでしょう」と返しながら視界を覆っていたハンカチを取る。するとそこにあったのは、眉間にしわを寄せ、今にも泣いてしまいそうな女の表情だった。あまりに辛気臭いその表情のまま「お願いですからついてきてください」と言われれば、これはもう抵抗出来るわけがない。


 慌てて「わかりました」と頷いた俺は、女の手を借りて立ち上がる。女は何故か「ありがとうございます」とか細く呟き、すんすんと鼻を鳴らして泣き始めてしまった。その涙を前にしてどうすればいいのかわからなくなった俺は、とりあえず「すいません」と謝った。


 それが正解なのか否かは俺にはわからない。



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