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Mad Clown  作者: 彼方わた雨
chapter 4 ~隣国の皇子~
34/95

-34:bruder-

「お前がリヒトを生んだから、話がややこしくなってきたのだ」


 その言葉に、皇妃は悲しく、ウルトラマリンの瞳を濡らした。



―34:bruder(ブルーダー)



 ミュレットが廊下を歩いていると中庭に、皇妃の姿を見つけた。それ自体には何の不思議も感じられない。城の中庭には残り少ない、自然の草花が植えられており、皇妃が率先して管理しているのだ。しかし、ミュレットは思わず、目を見張る。

 皇妃の頬には涙が伝っていたからだ。生憎と皇妃は従者を連れておらず、ミュレットは放って置くことが出来なかった。


「皇妃様」


 ミュレットがハンカチを差し出すと、皇妃は苦笑いして優しくミュレットの手から、ハンカチを受け取った。

 手の行き届いた中庭には様々な草花が生き生きとしていた。皇妃はそんな生きている草花を見る事が好きだったのだ。そう思わざるを得ないように涙を拭きながら、皇妃は花を愛おしそうに見つめていた。


「貴方は、リヒトの扱いをどう思いますか?」

「リヒト様、ですか? ……皇帝陛下が何をお考えになっているかは私には見当もつきませんが、私としてはもう少し、国の事に関わりを持たせるべきだと思っています。ですから、今の扱いはリヒト様に不相応かと、思います」


 ミュレットの言葉を、皇妃は花を見つめながら聞いていた。ミュレットは何も返してこない皇妃をちらりと伺ったが、その表情は悲しげであった。ミュレットが口を開こうとすると、皇妃が花に視線を向けたまま、ミュレットに語りかけた。


「あの人がリヒトを良く思っていないのは、あの人にも兄弟がいて危うく皇帝の座を盗られるところだったからなの」

「皇帝陛下に、ご兄弟が……?」

「ええ、貴方は知らないでしょうね。弟がいたのだけれど、その弟も賢く、頼もしかったの。そして、兄弟同士がいがみ合い、お互いを敵だと認識するようになったわ」


 皇妃は花を摘み取り、一枚一枚、花弁を摘み取っていく。はらはらと地面に落ちる花弁が、ミュレットには心に痛く刺さる。


「兄であるあの人は弟を恐れた。弟の方は人当りが良くって、愛想もあったの。貴族の間でも弟の方を皇帝にしようとする動きが一部あったわ。結果、弟は何者かに殺されたわ。いえ、あの人に殺されたの。だから、あの人はリヒトがゾーネの地位を奪う事を懸念しているの」

「失礼ですが、何故、皇帝陛下は第二子を……」


 花弁をつまむ、皇妃の手が止まる。そして、ミュレットを見つめた。


「私が望んだの。あの人に嘘を吐いて。知って欲しかったの、兄弟はいがみ合うだけじゃないとね。あの人は可哀想な人なの。血を分けたものはいがみ合うと思い込んでいるのよ。だから私はリヒトを生んだ」


 皇妃の手から、花が落ちていく。


「ね、酷い母よね。結局は私、リヒトを自分の為に利用しているだけなの。私もあの子を酷く扱っているの」

「……皇妃様、何故私にその様な話を」

「貴方はリヒトの味方で、いてくれる?」


 寂しげな表情に、ミュレットは息が詰まる。

 皇妃はこんな事をお願いするのは勝手だと思った。自分がリヒトに対し後ろめたい面があるから、許されない面があるから、味方をする事は本当にリヒトの為なのか、確信が持てないからそんな事を頼んでしまう。


「……私は妹共々、リヒト様に救っていただいた身です。リヒト様に背くような事は神に誓ってもありません」

「そう、良かった。ごめんなさいね、引き留めて。リヒトに頼まれた事があるのでしょう?」

「いいえ。……それでは、失礼いたします」


 皇妃は城の中に消えていくミュレットの後姿を見て、ほっと胸をなでおろす。


「じっくり見るとそっくりね、あの子と。……だから、貴方に話したのよ。従者さん。あの人には兄弟が必要なの」


 落とした花を一瞥し、皇妃もまたその場から消えた。

 残された花は、数枚の花弁を残し、地面に横たわっていた。



「ミュレット、遅かったな。どうかしたのか?」


 執務室に戻ると、すっかり、雰囲気の良くなった部屋に2人の皇子がいた。ミュレットが持ってくるものを待っていたのか、テーブルの資料は少し片づけられている。

 ミュレットは申し訳なく思い、手早く2人に紅茶を淹れる。


「皇妃様と少しお話をしておりました」

「母上と? 何を話していたのだ?」


 リヒトが興味深そうに、尋ねる。


「リヒト様の話です」


 紅茶を淹れ、リヒトの前に笑顔でカップを差し出す。

 自分の話をしているとは考えもしなかった為、リヒトは少し照れくさくなる。


「ははは、リヒト、どんな話を2人にされていたのだろうな」

「兄上、からかわないでください。私は、いちいちそんな事を気にするような男ではありません」


 そう言い、拗ねながら紅茶を飲むリヒトの姿をゾーネは楽しそうに見ていた。

 ミュレットは先ほどの皇妃との会話を思い出し、2人の皇子がこのまま変わりなく、2人でこの国を支えていく事になると願った。そして、どんなことがあろうと、リヒトの味方であろうと、もう一度心の中で強く決心したのであった。


「ミュレット、お前も飲んだらどうだ?」

「ゾーネ様が仰いますと、紅茶ではなくお酒を進められている様です」

「ははは、言うなぁ」


 執務室に溢れる紅茶の香りが、心地よかった。


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