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「ウロストセリア帝国第二皇子、リヒト・ウロスタリアに命ずる。アルセア国で行われる記念式典へ参加せよ」
「はい!」
皇帝を見つめたリヒトの顔は誇らしげな表情だった。
玉座の間ではリヒトの任命が行われており、ゾーネも見届けていた。リヒトは一礼して玉座の間から出ていく。弟の誇らしげな表情を見て、ゾーネも誇らしく思った。
「ゾーネ、私もあれから考えた。そこで、リヒトは国外を任せるという考えに至ったのだ。内と外、この国を支えていくにはどちらも知る必要がある。丁度、リヒトはアルセアを知る師が付いていたしな」
「それで、リヒトを記念式典へ参加させると」
ゾーネは自然と笑顔になった。尊敬している皇帝にリヒトがようやく認められようとしている事がゾーネには伺えた。何よりも、皇帝が進言してきたことが証拠だった。
「陛下、感謝いたします。では」
玉座の間を出ると、ゾーネの顔はさらに一段と綻び、足取りも軽く、リヒトの出立の準備へと向かった。
偶然そこを通りかかったミュレットは微笑ましくなった。ミュレットも皇帝から式典出席の行程表を預かるために呼ばれていたのだ。
しかし、入る扉の手前で、ミュレットは立ち尽くす。
「リヒト様を出席など、良いのですか?」
「構わん。あれは――」
―35:freude
リヒトは今までの努力が報われたのだと思った。
リヒトにとって今回の記念式典出席は初めて皇帝からの命令である。記念式典は隣国アルセア国との重要な催事である。それに国の代表として皇帝がリヒトを選んでくれたことが嬉しかったのだ。第二皇子である分、帝位継承権はなく、周りからあまり期待されてはいなかったリヒトは、皇帝に避けられていると感じていた。国政に携われない、自国の事について勉強が出来ないなど、問題はあったが、その度にリヒトは独学で様々な事を身につけていった。
リヒトが執務室に入ろうとすると、その前に人影が見えた。リヒトは目を凝らし、人物を確認すると、足早に近づいた。
「お爺様! どうされたのですか?」
「リヒト、お前に渡したいものがあってな」
リヒトの祖父がそこにいたのだった。リヒトの祖父は手に持っていた物をリヒトに渡した。リヒトの手の中には、剣に巻き付いた蛇のモチーフのペンダントが収まる。そのモチーフはウロストセリア帝国を示す印でもある。
リヒトが祖父を見る。
「これは、帝位継承権を持たぬ皇子に受け継がれてきた、守りのペンダントだ。これはお前の矛にもなるだろう。気を付けるのだよ、リヒト」
「はい」
返事をしたリヒトを見届け、優しく笑い、リヒトの祖父はどこかへ行ってしまった。
リヒトは受け取ったペンダントを握りしめ、執務室の中に入って行った。
「リヒト、良かったな」
「兄上。はい、初めての命です。国の代表として、恥の無い様にいたします」
「しばらく会えなくなるが、お前がさらに大きくなって帰ってくることを期待しているよ。陛下も、言っていたよ。私とお前と、内と外でこの国を支えていって欲しいと」
出立の準備をしていたリヒトの元に訪れたのはゾーネであった。ゾーネが皇帝の言葉をリヒトに告げると、2人はお互い嬉しそうにしていた。
日の光が窓から差し込み、部屋の中を明るく照らす。
「陛下に、父上に、この機に認められるよう、尽力するつもりです」
「さすが私の弟だ。何か手伝うか?」
「いえ、兄上の手を煩わせるわけには。ミュレットもいますので」
ゾーネがリヒトの手伝いをかって出ようとするのだが、リヒトはそれを断った。ゾーネは少し、残念そうにしていたが、それもそうか、と納得し、大人しくしていた。
そこに、ちょうどミュレットが入ってくる。
「ミュレット、早かったな。行程表を」
「……あ、いえ。わ、忘れてきてしまいました」
心ここにあらず、といった様にミュレットはいつもしっかりとしているのだが、何故かぼうっとしている。そんな事は普段ない為、リヒトとゾーネは驚きの表情でミュレットを伺う。
ミュレットはそんな2人に気が付き、慌てて笑顔を作る。
「ミュレット、陛下から私への初めての命だ。信じられないのは分かるが、しっかりしてもらわないと困る」
「申し訳ありません。……その、1つよろしいですか?」
リヒトを見たミュレットの顔が真剣なものへと変わり、リヒトも何事かと身構える。
「この命、リヒト様にとってどのように思われますか……?」
「嬉しい事に決まっている。これは初の命だ。拝命など、もうないかと思ったが、私にも機はある。しっかり努めなければならない。私にとって、とても大きな意味を持つ命だ。お前にとっては違うのか?」
リヒトははきはきと、自分の思っている全部をミュレットに話した。ゾーネも傍らで聞いていて、表情を柔らかくする。ミュレットはじっと、リヒトの事を見ていたが、やがて、ふっと、肩の力が抜けていった。
「私もリヒト様のお役に立てるよう、尽力いたします。……まず、先ほどの汚名返上からです」
「そうだな。よろしく頼む」
ミュレットはその場を後にし、入らないままになってしまった、玉座の間の前まで来た。目の前にある扉が、いつもより重く、威圧的に感じられた。
(……)
――
「構わん、あれは隣国に送るには丁度良い。隣国で何かあろうと、その時はゾーネの帝位が守られるのみ。ついでに、隣国を攻める理由にもなる。一石二鳥。こんなに丁度良い者は他にはおらぬ」
「陛下、そのような事をお考えでしたか」
「アルセアの自然は是非手に入れたい。それに、私はあの戦いを許してはいない。これが良い機になればよい」
「それでは、リヒト様は……」
皇帝はニヤニヤしながら、心にもない事が分かり切った口調で言った。
「無事に、帰ってくると良いな、私の2番目の息子は」
扉の前で思い出す、嫌な記憶。
リヒトにこの命を今からでも撤回しようと提案したかったのだが、誇らしげに、嬉しそうに話す、リヒトの姿を見ると、どうしても言い出すことが出来なかった。アルセア国に行った時、必ず何か、リヒトの身に危険が及ぶ事態が起きるのは、その会話で察することが出来た。だからこそ、ミュレットはリヒトを絶対に守らなければいけないと思ったのだ。同行する帝国の兵たちもミュレットにはあまり信用ならない。皇妃にも言われたように、ミュレットはリヒトの絶対的な味方でなければいけないのであった。
(影として、あの方をお守りしなければ。たとえ、この身に変えたとしても)
ミュレットは玉座の間の扉を開けた。




