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目の前にある背中が、唯一ルーナの心の支えになっていた。
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少し中心から離れており、人も少なければ、日が傾き始めてきてしまったこの時間。2人を囲む人数は未知数で、異様な雰囲気が漂っていた。
リースはファグランディの家を出るころからこうなる事を予想していた事になるが、ルーナには何が何だか訳が分からない。自分が追われているのか、それとも、リースが追われているのか、ルーナには全く分からない。
ガサガサと人が動く気配がする。風が吹くと、2人の頬を撫でるように掠め、神経を余計に尖らせる。人がいる気配はあるが、なかなか姿が見えず、2人は気を張っていなければいけない。
「さっさと出てきたらどうだ」
苛立ちを隠せないリースが、いつの間にか光るものを持って、気配のする方へ睨みを利かせていた。
「怖い怖い。あーでも、アスラエルに帰る前に、セルトラリアに寄って良かったなぁ」
奥の暗がりから姿を現したのは、1人の騎士だった。リースはその騎士の胸元についている騎士団章を確認する。色は、青だった。
「上三位階級のお偉いさんがしがない旅人の俺らに何の用ですか?」
その騎士は、腕が届きそうで届かないくらいの距離で止まり、リースの言葉を受け止めた。その言葉が紡ぎだされるたびに、面白そうにリースを見ていた。リースはその男から異様さを感じており、頭でただの上位三階級の騎士ではないと直感でそう思った。
「しがない、旅人ぉ? お兄さん面白いこと言うんだねぇ。その後ろの子、随分と、違うもの纏っているじゃない?」
笑い混じりにその騎士は言う。
リースの後ろに隠れているのはルーナしかおらず、自分の事を言っているのだと、ルーナはすぐに気が付いた。思わず、目の前にある背中をギュッと掴んで、相手から見えないように必死にしがみつく。
(どういうこと、何で私? それに、騎士なのに、この恐怖感は何……?)
リースは握っているナイフに力を込める。
「こんなガキ見つけて、何が楽しい。人違いだ」
「あのね、おじさんたち暴力は振るいたくないの。大人しく、付いて来てくれたら問題ないんだけどねぇ」
そう言いながらその騎士が目配せをすると、影からぞろぞろと何人かの騎士が出て来た。リースはざっと気配を確認して、後ろのルーナの様子を気にした。
この場を切り抜けるとしたら、ルーナを庇いつつ、1人で何人もの騎士の相手をしなければいけない。もっとも、目の前にいる奴が一番厄介になる事は、リースも予想がつくため、困難が予想された。
「騎士のくせに。何考えている?」
「騎士だからこそ、かな。アスラエルでは逃がしちゃったし」
そういえば、とその騎士はポンと手を打つ。
「お初にお目にかかります。アスラエル騎士団騎士長、メルクラム・ゾル、と申します。以後お見知りおきください」
にこやかにそう話していたが、裏があるとしか考えられないような顔だった。
「それで、大人しく付いて来てくれるかな?」
メルクラムの纏う空気が変わる。
「誰、がっ!」
手にしていたナイフをリースがメルクラムに向かって投げ放つ。メルクラムは抜刀し、払いのける。そのリースの動きで、周りの騎士たちも剣を抜き、次々にリースに向かっていく。
リースはルーナの手を引き、騎士たちの剣を躱しながら、軽い身のこなしで騎士たちを翻弄していく。
「メルクラム殿、どういたしましょう」
「男の方は抵抗するなら容赦はいらない。ただし、殺すのはだめねぇ。女の子は丁重にね。私があの方に怒られる」
「承知しました」
メルクラムから離れて行った騎士は剣を抜き、リースに向かっていった。何人にも囲まれているが何とか対抗しているその様子を見て、メルクラムはニヤリと笑った。メルクラムは剣を持ち直し、その光る刃を見つめた。
「やりがいがありそうだねぇ」
ゆっくりと喧騒の中に、足を進めた。
その様子がリースにも見て取れて、リースは焦りを感じた。何人にも囲まれてはいるが、対抗し、上手くやっているが、メルクラムが来るとなるとそれが崩れるのは容易に考えられた。ルーナも固まってしまっているため、動きがかなり制限されている。
リースは騎士の輪から抜け出し、一時体制を整えようとする。
「ルーナ、おい。いいか、俺の側離れるな。さすがにお前の手を引きながらは疲れる。自分で動け」
リースを見つめる黄緑の瞳は揺れており、今にも溢れてしまいそうだった。口はわずかに開き返事をしようとしている事が見て取れるが、震えていて一向に声はリースまで届かない。そんなルーナの言葉を待っている余裕はなく、リースはまた騎士たちに視線を向ける。
ギュッと後ろでにぎられた服の感覚が、リースへの返答となった。
リースは騎士を掻き分け、先ほどまで騎士たちが潜んでいた草むらに飛び込む、ルーナも一緒になって無我夢中で飛び込んだ。その先は林となっており、リースたちは身を隠しながら、追手を倒しつつ、先へ進む。
「いるか」
リースの背中に、震える手が触れる。
「やぁっ!」
「ちっ」
草むらから飛び出す、騎士を払いのける。身を隠せるのはいいが、それは相手も同様であり、リースは気配を読むために一瞬でも気を抜いてはいなかった。
払い飛ばした、騎士と反対に駆けだす。
(いないのはこっちか)
走ると、急に開けたところに出る。
瞬間、何かが飛んでくる気配がし、ルーナを引っ張る。ふわりとブロンドの髪の毛が揺れ、ペンダントが空を舞う。ルーナの目の前を通り過ぎていく、ナイフがスローモーションの様に彼女は感じられた。
「あっ……」
何とか避けた2人だが、ペンダントがルーナの首を離れ、地面へと転がる。その声に反応したリースがそちらに意識を取られた瞬間、彼の身体は地面に叩きつけられていた。
「っは」
肺の中の空気が無理矢理押し出される。ルーナはリースに駆け寄ろうとするが、目の前に、剣を突き立てられる。
「はーい、残念」
ルーナの背後にはメルクラムがいて、ルーナの動きを封じている。それを睨みつけ、ナイフを構えようとするリースだが、あっけなく、そのナイフが腕ごと蹴り飛ばされる。抵抗する、リースに残っていた騎士は容赦しなかった。
「ペンダントに気を取られたおかげだねぇ。いやぁ、アエルもいい仕事、してくれるじゃないの」
アエル、という名前にルーナが反応し、ほぼ反射的にメルクラムの顔を見た。彼は、そんなルーナの反応が面白く、にこりと笑った。
「あなたを見つけるいい目印になったし、こうやって、捕まえる事も出来たしねぇ」
ルーナの顔はみるみる青くなり、がたがたと震え始める。ルーナの頭の中には笑顔のアエルが映し出される。しかし、その笑顔が、もう、ただの笑顔に見えない。
「ぐっ」
聞こえて来た低い呻き声に、ルーナは目を向ける。抵抗しようとするがその度に、痛めつけられているリースを見て、ルーナは己の無力さを痛感する。
リースは、何とか立ち上がろうとするが、力が入らなくなっていた。視線の先にメルクラムとルーナが見える。
(……仕方が、ないか。こうするほか)
リースが何か決意し、腕に力を込めた。その変化をメルクラムは見逃さなかった。
「何かする気だ、やれっ」
その声に反応した1人の騎士が、殴る、蹴るでしかリースに対抗していなかったが、その合図で向かって剣を振り下ろそうとする。
「――い」
目の前に映る、剣が向けられる、リース。
頭の中に浮かぶのは、あの日の光景。
「――ねがい」
知っている、人間が、親しい人が、赤い中で動かない、光景。
「やめてぇえええええええええええ!!」
空気が凍りついた。
大粒の涙がこぼれる瞳は、金色に輝いていた。
3章、終了です。
次回から4章に入ります。がんばります。
2015/10 秋桜空




