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Mad Clown  作者: 彼方わた雨
chapter 3 ~善│悪~
29/95

-29:頁13-

「オッドアイの女性(ひと)。名前はアネモネって言、う……あー、そういう事か。あ、いえ。多分、偽名だと思いますよ」


 起きるはずのない彼女をいつまでも、愛おしそうに光のない瞳で見つめていた。



―29:(ページ)13



 先ほどまで不機嫌だったはずのリースの纏う雰囲気は柔らかくなっていた。無表情に近いのだが、わずかに嬉しそうにしている事が分かる。それもこれも、全てはファグランディの作ったスコーンがもたらしたものであった。

 追加でリースが買ってきた苺はジャムへと姿を変えた。3人で囲むテーブルにはスコーンとリンゴ、そして、苺のジャムが乗せられており、リースはそれをパクパクと食べている。ルーナは半分呆れ、半分面白く思いながらリースを見ていた。ファグランディを完全に突っぱねる事が出来ないのは、こういう事があるかもしれないと、ルーナは本人の知らないところで、ファグランディを尊敬するのであった。


 鳥のさえずりが聞こえてきて、美味しい手作りのお菓子、そして、温かい紅茶。それらを囲む3人。

 その中で、幸せを感じていたルーナであったが、思わず、ティーカップに視線を落とす。自分が幸せを感じている分、世界では誰かが不幸せを感じているのではないかと、ふと思ってしまったのだ。突き付けられた、現実をまたしても思い出してしまった。あんな風に笑顔を見せていても、優しさを持っていても、その反対も兼ね備えてしまうという悲しさ。


「お嬢さん、スコーン、もう1つどうかな? この子が全部食べてしまうよ」


 ルーナがハッとなって顔を上げると、心配そうに見つめる、ファグランディの顔が目に飛び込んできた。それと同時に、山盛りだったスコーンが無くなっている事に驚きを隠せない。


「無理して食わせなくてもいいだろ」

「何も聞いていないのにどんどん食べているのはどちらですか?」

「食いたければ聞かずに食う」

「それはリースの話だから。自分の考えを勝手に当てはめないの」


 ファグランディはため息を吐いて、養子ではあるが、自分の息子を残念そうに見つめた。優しい部分がある事はファグランディ自身も分かっている事なのだが、目的のためには手段を選ばない、という所もリースにはあると分かる。


(それも、強みと言えば、そうなのかな……)


 ファグランディとリースの会話をぼんやりと見ていたルーナに、ファグランディがスコーンを1つ渡した。微笑んだ、ファグランディにルーナもぎこちなく笑みを返す。

 そこに、ノックの音が割り込む。


「誰かな」


 ファグランディがゆっくりと椅子から離れて行くその間もノックの音は鳴り続け、その音は大きくなっていった。

 スコーンを頬張ってご機嫌だったリースの表情も曇り、扉の向こうを警戒していた。


「はい」

「失礼します。私はセルトラリア騎士団騎士長を務める上二位騎士、サクス・ミライテレアという者です。こちらに、先日の事件の図書館司書とその恋人と最近親しくされていた方がいると聞き、尋ねたのですが」

「騎士長殿が直々に。……リース」


 リースは立ち上がり、ルーナにもついてくるように指示した。ルーナはペンダントをぎゅっと握りしめた。


「あなたが。急に、申し訳ない。中央図書館司書セントラルライブラリーの青年レイについて何か知っている事はあるか? その恋人であるユースリアの事も教えていただきたい」

「あまり、知らないです。ここ1年間、レイさんが忙しくしていたみたいです。それは、ユースリアさんの治療薬を買うためではないかな、と思っていた、ぐら、い、です……」


 思い出していて辛い、そして、騎士団に少し圧倒されてルーナの語尾がしどろもどろになる。それを見た、騎士長のサクスは緊張した面持ちを取り、柔らかく表情を変えた。


「協力、感謝します」


 そこで、ようやく女性らしい顔になったと、リースは思った。

後ろに控えている騎士たちはまだ、緊張をした表情であった。サクスは一礼をして、騎士を連れ、3人の前を後にした。


「ルーナ」


 低い、心にずっしりくる声で言われて、ルーナはリースを見つめる。


「支度をしろ。出来次第、セルトラリアを出る」

「え、そんな急に。どうして……?」


 そう尋ねたルーナに、何も返すことなく、リースは部屋に戻った。


「私もそれをお勧めするよ。大きくは行動しないだろうけど、やはり、出すべきではなかったかな」


 ファグランディは表情を暗くして、後半は考え込むように言った。ルーナは何がそんなに2人を心配させているのか見当もつかない。しかし、リースならいざ知らず、ファグランディにそう言われてしまうと、動かなくてはいけないと言う気が、ルーナの中に湧き起こる。

 ルーナは仕方がなく、部屋に戻り、荷物を整理し始める。日々、整理しながら生活していた事もあり、荷物をまとめる時間はかからなかった。


「ルーナ、大丈夫か」

「ええ、だいじょ――」


「失礼します。先ほど聞き忘れていた事がありまして。お話していた彼女とお会いできますか?」


 飛び込んできたのは、知らない男の声。ファグランディが対応しているのか、会話が若干とぎれとぎれにルーナに届いた。


「来い」


 リースは扉をすり抜け、ルーナの腕を取って、窓際に早足で行く。ルーナは訳が分からず、引きずられるような形で、リースについて行った。

 リースはおもむろに窓を開け、周囲を確認すると、ルーナを持ち上げ、窓の外に放り出した。すぐさま、リースも窓を通り抜け、道に着地する。

 ルーナは怒鳴ってやろうとしたが、リースに口を塞がれて、怒鳴り声どころか、喋るくらいの声ですら出すことが出来ない。


「騎士さん、さっきも言いましたように、お話しすることは全部です」

「こちらとしては足りない部分がありまして」

「騎士長殿は、なんと?」

「こちらに口出しをするおつもりですか?」


 リースが苦虫を噛み潰したような表情で、会話を聞いている。そして、そのまま、ルーナの口を塞いだまま、ファグランディの家を離れた。


 少し、離れたところでようやくリースが手をはなしたので、ルーナはここぞとばかりに睨みつける。

 セルトラリアの賑やかなところではなく、少しはずれに位置した場所に来ているのか、人の往来は少なく、静かな場所であった。道は一応舗装されてはいるが、草木の多さが外れに位置している事を確かにさせる。


「ファグランディさんになんのお礼も言えなかったじゃない。それに、急に何よ」

「この状況下で、その口、いつまで言葉を吐き出していられる」

「え」


 いつの間にかリースの背中しか見えなくなっていたルーナは、自分たちが、何者かに囲まれている事を得体のしれない恐怖で感じ取った。




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