-14:少年-
「……どなたですか?」
恐る恐る尋ねると、騎士は笑った。
―14:少年
「怖がらないでくださいよ。私は本日付でアスラエル騎士団騎士長に着任する、上三位階級メルクラム・ゾルと言います。以後、よろしくお願いしますね」
よく見ると彼の騎士団章には青いガラス玉がつけられている。
騎士団の者という事でアエルは警戒を解き、また、資料へと目をやった。メルクラムはアエルが見ている資料を横から見た。
「……あの」
「どうも、すいません。……しかし、これだけの資料、お1人では疲れるでしょう。私が手伝いましょうか?」
メルクラムは資料を手に取りながら、アエルに提案した。
アエルは断ろうとしたが、目の前にある大量の資料が目に映ると、断るよりも人員を増やした方が良いと判断した。
「お願いできますか?」
「ええ、勿論です」
こうして、アエルはメルクラムと2人で、エイクドの悪事が記された資料に目を通していた。
メルクラムはその資料を読むたびに眉間に皺をよせ、アエルの事をちらちらと伺っていた。それらは全て、犯罪の証。メルクラムがそう言った反応をする事はおかしくはなかった。
「アエル様のお父様がした事、ですか?」
「そうです。メルクラムさんに手伝ってもらえたのは良かったです。騎士長殿に持っていく手間が省けました」
資料に目を通しながらアエルは淡々と答えた。
バサッ
「?」
資料の間から何かが落ち、床に広がった。
アエルが拾ってみるとそれはエイクドの手記であった。エイクドの手記であれば詳しい事がもっと書いてあるのではないかと、アエルはそれをめくった。
手記を見るという事が、父親の気持ちを見ているようで、落ち着かなかった。アエルは、震える手でページをめくっていった。
――負債
庭園維持費
屋敷改築費
家具新調代
装飾品関係
以上 48億M
あるページでアエルの手が止まった。
エイクド本人と思われる字で、それはつづられていた。48億Mと言えば、相当な額だ。まず、一般人では返せる額ではない。
そして、その下にはまだ言葉が続いていた。
「『まさか、我妻がこんな負債を隠していたとは思いもしなかった。何とかしなければいけない。私が、アエルを育てなければいけない。私は今ここで、デイル氏の提案を受ける事に決める。』」
アエルはその場に崩れ落ちた。
「ああ、だから、母さんがいなくなってから……」
目から零れ落ちたものは、エイクドの手記に染みをつくった。
「ところで、アエル様」
メルクラムの存在をすっかり忘れていた、アエルは、涙を拭うと振り返った。
「すいません、なんです――」
アエルは言葉に詰まった。アエルの目の前にあったのは光を反射させた剣だった。
理解が追い付かないアエルはメルクラムを見た。
「メイドとの約束、果たしましたか?」
「なぜ、あなたが、ローズさんとの事を……」
アエルはメイドであるローズと、とある約束をしていた。その話をローズともしようとしていたが、道化師の事もありすっかり、流れていたのだった。
「ローズ、ね。花の名を使うのは、似合わないねぇ」
メルクラムは1人でクスクスと笑っていた。アエルはそんな彼の様子から目が離せない。
笑いが収まるとメルクラムは表情をなくした。
「あの方はどうした?」
じりじりと剣の先はアエルへと迫って来た。
「……」
「逃がしたのか」
「……パワグスタに向かった。め、目印はイアルダ鉱石のペンダント」
アエルがそう言ったのを聞くと、メルクラムは剣を下ろした。
アエルの額には汗が今でもじんわり、にじんでいた。命が危ないと感じたアエルはつい、言ってしまい、心の中で申し訳ないと思っていた。
「ここで答えたのは賢明な判断だな。初めからこうなる事を予想して、あの方にパワグスタ行きを進言したのか?」
「……っ」
「何となくそのローズさん、とやらの異様さは感じていた様ですね。ま、誰だって自分の命は惜しいですよ」
――父親を止めたいですか? なら、私が協力してあげますよ。しかし、タダで、とはいきません。アエルお坊ちゃまにはしていただきたいことがあるのですよ。黄緑色の瞳で肩までのブロンドの髪をした『ルーナ』という方を連れてきてください。近いうちにこちらに来るようですから。そうしたら、お力になりましょう。
ローズに提案されたその条件を、アエルは父親を救いたい一心でのんでしまった。
そして、言われた通り、リスターとアスラエルの近くでルーナと思しき人物を見つけた。1人余計な人間もくっついてはいたのだが、アエルは条件を満たすため、行動に移った。
しかし、アエルは出会った2人によって、自分がしている事の間違いに気がつかされてしまった。それにより、いけない事をする事でではなく、何とか自分の手だけで父親を止めようとしたのだった。結局それは叶わなかったが。
「約束は果たせなくなった。だから、もういいでしょう」
「そうですね、エイクドは死んでしまいました。アエル様にもすべきことがあるようですし」
メルクラムは資料を手に取り、冷やかな目でそれを見ていた。
「ルーナに一体、なんの用があるのですか……?」
「用? 用ねぇ。それをお前が知る必要はない」
アエルの目の前があの時のように、再び赤く染まった。
今度は、己自身の血で。
「父親のしていたことを知って、自害。まだ若いのにねぇ」
フェザリードル家に騎士を引き連れ訪れたメルクラムは現場を見て呟いた。
「騎士長、こちらの資料を見ていただきたいのですが」
呼ばれたメルクラムは、振り返った。
「今行く」
そして、部屋を出る前に一度、散らばった資料と赤い水たまりの中に倒れる少年を見た。彼はその後、そのまま部屋を後にした。