-15:人の夢-
「見て母さん、絵を描いたの」
少女、ルーナは台所で夕食の用意をしていた、母親に自慢気に絵を見せていた。
ルーナの自慢気なその姿に、母親は優しく微笑みかけた。そして、手をタオルで軽く拭くと、温かなその手で少女の頭をふわりと撫でた。少女も微笑む。
「上手に描けましたね」
どこにでもある、普通の家庭。食卓に並ぶのは温かな手料理。家族3人がそろって夕食を食べる。父親の話を聞き、笑い、そして、幸せを感じる時間。
スタートルテの家はどこにでもある、普通の家庭だった。
17歳になってもルーナはずっと、その幸せを感じていけるものだと思って疑わなかった。17年間変わらなかった温もりがなくなるはずはない、とそう信じていた。
「おやすみ、ルーナ」
大きな月が出ている夜。ぼんやりとした意識の中で、ルーナは両親におやすみ、と言い。布団に包まれた。ぬくぬくとした温かさがすぐに夢の世界へと連れて行った。
しかし、その夢は突如として終わる。
微笑みかけたのは、いつもの優しい両親のものではなく、赤く染まった部屋にいる1人の道化師であった。
―15:人の夢
ルーナは分からなかった。
「スタートルテさんは何も悪い事をしていたとは聞いたことが無い」
町の八百屋さんが言った。
「あんなにいい人だったのにねぇ……。私も何で道化師に殺されたのか分からないわ」
町の食事処のおばさんが言った。
ルーナは町中の人々に聞いて回った。スタートルテ、自分の両親が悪事を働いていたのではないか、という事を。
悪事を働いていなければ、両親が殺されるはずはない。現実にルーナの両親は殺されてしまった。だが、その両親は、町中の人々に聞いて回っても、何でもない普通の人だった。普通の人間がなぜ殺されてしまったのか、ルーナには理解できなかった。
だからルーナは道化師をひどく恨んだ。
幸せの時間は全て彼のせいで消え去ってしまったのだから。突然1人きりになってしまった。今まで味わってきた時がどれほど幸せであったか、ルーナはそれを苦しみと共に痛感した。
温かかったはずの家はどこか悲しく、冷たかった。そんな家に帰ってくるのは辛かった。
夢の時間は儚いものだった。
――エイクド・フェザリードルが道化師によって殺された。
自分以外にも大切な人を奪われた者がいる事、道化師はそれをずっと行っている事をルーナは知った。確かに、エイクドは酷い事を行っていた。しかし、そんな彼にも家族はおり、生きている人間だった。そんな彼を、道化師は殺してしまった。
エイクドは悪人だった。殺されて当然だったかもしれない。きっと、ほとんどの人間は彼が殺されても良いと思っていたかもしれない。だが、ルーナはそうは思わなかった。
力なく笑う、目の前の少年を見た時、ルーナはそう、思ったのだ。
夜、外をぼんやりと眺めながらアエルの笑顔を思い出していた。
「……って事だから、一旦セルトラリアに寄らないか?」
「……」
アスラエルの宿屋。ルーナとリースは窓際にある椅子にテーブルを挟んで腰かけている。先ほどからリースは今後の事について話をしているのだが、ぼーっとしているルーナには聞こえていなかった。リースは少し考えた後、ルーナの頭を小突いた。
「な、何するの!?」
小突かれたところを押さえながら、ルーナはリースを睨んだ。
「さっきから俺を無視し続けていただろうが」
ルーナはハッとなって、申し訳ない気持ちから下を向いた。パワグスタに向かうと昼間に言って、計画を立てようと決めたはずなのにも関わらず話を聞いてなかったという事に、ルーナは自分を情けなく思った。
そんなルーナを見てリースは一つ息を吐くと何かを差し出した。それは、彩りが綺麗な包みにくるまれた飴玉だった。
ルーナの掌に収まったそれとリースを彼女は交互に見た。
「アエルは強い。平気だ。お前は前に進むんだろう?」
ルーナは飴玉をぎゅっと握りしめ頷いた。
「そういえば、なぜパワグスタなのかしら?」
「あそこには情報屋がいる。……会った事はないが、有名らしい。それ以外にも理由はありそうだが……」
視線を落としたリースにルーナは不安になる。自分の気が付かないところで何か起こっているのではないかと、心配になるのだ。
そんな表情をリースは見逃さなかった。そして、鼻で笑う。そんなリースの様子がルーナにとって不快だった。
「何よ」
「話を聞かないくせに、そんな事お前に考えられる筈もない。無駄な心配だ」
リースの言葉にルーナはムッとした顔になる。
「お前が旅の計画の内容を知らなくても関係ないな」
「どういう、意味……?」
「知ったところで何も変わらないという事、だ」
リースは意地の悪い顔をしてそう言った。ルーナはその言葉と顔に腹が立ち、立ち上がって、飴玉を握りしめた拳でリースを殴った。
しかし、その拳はあっさりリースに受け止められてしまう。
「いつ、出ますか?」
わざと丁寧に言ってくるリースとぐいぐいと拳を押すルーナ。その拳を受け止めて余裕で受け止めているリースが彼女にとって気に食わない。
「明日には行くわ!」
その返事を聞くとリースはルーナの手を引っ張り上げ、抱えるとベッドへと運んだ。自然な流れだったためにルーナはされるがままになっていた。気が付いた時にはふかふかのベッドの上におり、ルーナは呆気にとられた。
「では、早く寝ないとだな」
リースは部屋の明かりを消し、そのまま手をひらひらとさせながら部屋を出て行ってしまった。そして、パタンと扉が閉まる。 ルーナはリースのその行動に驚きつつも、何となくまた子供扱いされているようで気に食わなかった。ルーナは握りしめていた飴玉をサイドテーブルに置くと、そのまま眠りについた。




