ふっくん、冷たいのいくでしゅ!
街道を馬車は軽快に走っていく。しかし、路面は舗装されているわけではないので転がっている石などに車輪が乗って馬車はガタガタ揺れていた。
「うー、私馬車の旅って苦手なの」
激しく揺れる馬車の中で気持ち悪そうにしながら、楓は窓から外の風を浴びていた。
「そうでしゅか?僕には結構気持ちの良い揺れでしゅけど」
楓の膝の上に乗りながらふっくんは尻尾をふりふり。
「私、乗り物自体が駄目なのよ。酔っちゃうんだよね。ううう・・・でも、お姉さまに会うためならなんのその。私ファイト!」
「楓しゃん。護しゃん達に会いに行くんじゃなかったんでしゅか?」
「目的はそうだけど、個人的にはお姉さまに会いたいの」
「そうなんでしゅか?そういえば、楓しゃん僕を呼び出したときもそのお姉しゃまとか言う人の真似をしたとか言ってたでしゅけどそのお姉しゃまってどんな人なんでしゅか?」
「本当に凄い人なのよ!王女らしく綺麗で優雅で落ち着いていて、さらに剣の強さもさることながら伝説の指輪を持って魔法まで使っちゃうまさにパーフェクト霞お姉さまなのよ!」
楓は霞の話になり、自分が酔っていた事も忘れ目を輝かせてふっくんに力説する。
「そんなに凄い人なんでしゅか?」
「そうよ!エンシフェルムの闘技大会で優勝しちゃうほどすごいんだから。ただ強い人ってこの世にどれだけでも居るけど、溢れんばかりの気品を兼ね揃えてあんなに綺麗な人はいないわ!才色兼備って霞お姉さまのためにある様な言葉ね!ファンクラブまであるのよ!あー、お姉さまの事だからそれはあっても当然って気はするけど。とにかく世の男性はその姿と物腰に魅了されるし、世の女性は皆お姉さまに憧れているのよ」
ちょっと楓さん、言い過ぎな気が・・・。
「へー、僕も会って見たいでしゅね」
「うん!ふっくんも会ったらきっとその神々しさに恐れ戦くと思うわよ!」
「楽しみでしゅ!そういえば、他に護しゃんとかはどんな人なんでしゅか?」
「よくわかんない」
急に態度を変えしれっとした感じで楓は答える。どうやら楓にとっては霞が全てらしく護の事なぞどうでも良いようだ。
「よくわかんないって、楓しゃん会った事あるんでしゅよね?」
「うん。ストロベリーでお姉さまと一緒に暮らしてたけど。どこか抜けてる様な感じの人で、朝起きてくる事もないしずぼらだし。なんか漆黒の疾風だとかなんだとか呼ばれて周りから恐れられてる存在らしいけど、そんなの全然感じさせないような人。正直掴みどころが無くて私も良く分かんないんだよね」
「そうなんでしゅか?でも、悪い人って訳ではないんでゅよね」
「んー、どうなんだろ。戦場でたくさんの人を殺してるし悪い人って言えば悪い人なんじゃない?それさえなければ、普通の人だと思う」
「人殺ししゃんなんでしゅか?護しゃんは?」
「うん。マスターからは詳しくは聞いてないけど、さっき言った通りちょっと前の戦争時代では周りから恐れられるほどに人を殺してたって言うし。普段は隠してるけど本当は怖い人なのかも」
「うーん。僕その人とはあまり会いたくないでしゅね。僕が魔界の存在だからっていきなり斬られるとかはないでしゅよね?」
ふっくんは少しびくびくしている。血の気の荒い人からしたら自分は敵に思われるのではないかと考えてしまうからだ。楓曰く、犬がしゃべることはやはり常識的に見て変らしいし。素性が分からない上にそんなんで、モンスターと間違えられて攻撃される事も考えられなくも無い。
「大丈夫よ。そのときは私が守ってあげる!」
「お願いしゅるでしゅ!」
「でも、ふっくん。今回は一応その護さんに会いに行くわけだし覚悟はしとかないとね。ま、別に劉さんも魔界の入り口については知ってるって言ってたから護さんに会わないようにして劉さんに聞くのも良いか」
「僕、そっちの方が良いでしゅ」
どうやら完全にふっくんの中では護がかなり怖い存在だと認識されてしまったようである。人の先入観とは怖いものだ。さてそんな話がされている折、急に馬車が止まり外からブヒヒーン!と馬の鳴き声が聞こえてきた。その反動で思わず椅子から転げ落ちそうになるのを必死に支えつつ、なんだなんだと外から前の方を見た。客達も何が起こったのかとざわめきだす。
「も、モンスターだ!」
従者から叫び声が聞こえ、その声に反応して客達が一挙にわめきだす。
「モンスターだって!?」
「何故こんな所に!」
「一番安全な街道を走ってるのじゃなかったのか!?」
「誰か、冒険者はいないのか!?」
窓からは見えなかったので楓は止まった馬車を降りて前方の方を見てみた。するとキャットシーと呼ばれる半獣が三体、手に斧を持ちつつじわりじわりと馬車の方に近寄ってきているのが目に取れた。
「どどど、どうしようふっくん!モンスターだよ!」
「そうでしゅね」
慌てている楓に対しふっくんは至極平静としている。
「楓しゃん何を戸惑ってるんでしゅか?僕を呼び出せる魔法使いなら、モンスターくらい何とかできるはずでしゅよ?それに旅していたならモンスターと遭遇することはあったはずじゃないでしゅか?」
「そ、そんなこと言ったってふっくんの時は偶然だし、私魔法なんて使ったことないって言ったじゃない。旅してたときだってなるべく安全な街道を歩いてたし、モンスターにあっても直ぐ逃げてたから私戦った事なんてないよぉ」
「ええ!そうなんでしゅか!それは困ったでしゅ」
てっきり楓が何とかできると思っていたふっくんはちょっと慌てた。といっても、この状態に慌てたというより、楓が本当に魔法を使えない事実に慌てたのだ。
「まあ、なんとかなるでしゅよ」
「ならないよぅ。なんでそんなにふっくん前向きなの?」
「いつも前向き、時々後ろ向きでしゅ」
「何それ」
そんな話をしている内にキャットシーとの距離は縮まっていく。客達の中に戦えるものは居ないようで客達もどうしようと騒いでいた。従者は客を見捨て既に逃げる準備を始めている。
「あ、ちょっと!自分だけ逃げないでくださいよ!」
「私はあくまで従者。助けることは出来ないので後は皆さんご自由に。じゃ、私は行きますので」
「こら!こっちはお金払っているのよ!何とかするのも従者の役目でしょ!」
「生憎とガード役の傭兵を雇えるほどの額は我が社ではいただいておりません。安い代わりに自分の面倒は自分で見るのが我が社のポリシーです。だからその手を離してください。一緒に心中する気はありません」
「ならお金返してよ!」
「契約では返さなくても良い事になってますので」
「ちょっと待ちなさいよ!」
楓は必死に従者を引き止めてなんとかしろと騒いでいる。ふっくんは隣でのんびり尻尾を振りながら飛んできた蝶を見ていたりした。その間にもキャットシーは目の前にまで迫ってきている。客達も逃げる準備を始めたようだ。中には既に逃げている客もいる。そんな折、さっきから飛んでいた蝶がふっくんの鼻に止まった。ふっくんは鼻がむずむずして蝶を手で払う。しかし、蝶は払っても払ってもふっくんの鼻に止まる。その内、蝶の燐分で鼻が刺激されくしゃみをしたくなった。
「へ、へ、へくしゅん!!!でしゅ」
とうとう耐え切れずふっくんはくしゃみをした。その口からは物凄い冷たい息が放たれキャットシーに向かって吹き付けていく。するとどうだろう、ふっくんの息を浴びたキャットシー達は一瞬にして凍り付いてしまった。
「あれ?」
従者と揉めていた楓はその光景を見て立ち尽くす。従者も何が起こったのかとキャットシー達の方を不思議そうに見つめた。
「こ、これふっくんがやったの?」
「わかんないでしゅけど、くしゃみをしたら冷たいのが出たでしゅ」
鼻をごしごししながらふっくんはまだ飛んでいる蝶を恨めしそうに見つめている。楓は凍り付いたキャットシー達に恐る恐る近づくとコンコンっと叩いてみた。その衝撃でキャットシーの身体は粉々に砕け散る。
「わー、おもしろい」
楓は調子に乗り、とりゃー!とか良いながら凍った残りの2体も粉々にしてしてしまった。
「ふっ、悪は滅びる運命なのよ!」
「楓しゃん・・・」
まるで自分が倒したかのように優越感に浸っている楓にふっくんは名前を呼びかけることしか出来なかった。
「さ、じゃあモンスターも倒した事だし、さっさとラゼルまで連れて行ってもらいましょうか。ねぇ、従者さん」
最後を皮肉りながら呼びかけ、従者はビクつきながらそれに従ってまた操縦席に戻る。楓達も馬車の中に戻っていった。
「凄いねふっくん!あんなのできるなんて!」
「僕もよくわからないでしゅけど結果オーライでしゅ。でも、今の感じ覚えたので今度は自由に吐けるかもしれないでしゅよ」
そう言ってふっくんは、ふーっと窓に息を吹きかけてみた。窓が若干凍りつく。
「やっぱりできるでしゅ」
「凄い凄い!」
「えへへでしゅ」
楓に褒められてふっくんは鼻の頭を掻き掻き。馬車も再びラゼルに向かって動き出した。走り際、窓からキャットシー達が居た所を見てみると変な形をした紙が落ちている事に気が付いた。
「なんだろあれ?」
どんどん遠ざかっていくその紙を不思議に思いつつも、まぁいいやという事で楓はまたふっくんと話を始めた。