手がかりを求め
次の日の朝、窓から入る温かな日差しを浴びて楓は気持ちよく起きた。本当に東大陸の気候は穏やかで朝起きるのが気持ち良い。朝起きてくる事のない護がこの朝特有の涼しくて清清しい空気を知らないかと思うと可哀想だななんて思ったりもする。
「はぁ〜、気持ち良い朝だよね。ね、ふっくん」
楓は身体を起こし背伸びをしながらふっくんの寝ているはずであろう場所を見た。しかし、ふっくんはベッドに居ない。
「あれ?もう起きて下に行ったのかな」
楓はきょろきょろしてふっくんを探す。するとベッドの下から可愛い尻尾がはみ出ているのが目に入った。ベッドの下を覗き込む。そこにはふっくんが丸くなって寝ていた。
「おはよう、ふっくん。何でそんな床で寝てるの?」
「あ、おはようでしゅ。楓しゃん」
あくびをしながら霞の声に反応し、ふっくんは目を開けた。
「あれだけ床で寝たら駄目だって言ったのに。身体に良くないよ?」
「楓しゃん。僕、これから床で寝たら駄目でしゅか?」
「なんで?」
ふっくんは、なにやら相当疲れているらしい。楓はきょとんとする。
「楓しゃん・・・寝相が悪過ぎでしゅ・・・」
そう、ふっくんはあまりの楓の寝相の悪さに耐え切れずベッドの下に避難していたのだ。昨日の夜、隣で寝ていたふっくんは突然楓に抱きつかれた。楓はお姉さまとか寝言を言ってギューッとふっくんの身体を締め付け、その次は楓は夢の中で誰かと戦っていたらしくふっくんの尻尾を握りぶんぶんと振り回したかと思うと、とりゃー!とか言ってふっくんを投げつけた。
ふっくんはおちおち眠ることも出来ず、仕方なく床で寝ることにしたのだが、今度は床で寝始めたふっくんに向かって枕やら、布団やらが飛んでくる。そのため、ふっくんはベッドの下で寝ることにしたのだ。
「あっはは、ごめんねふっくん。そういえば私、寝相悪いって昔も言われてたっけ。でも床で寝るのも良くないから、何かバケットみたいな物マスターに頼んで用意してもらうね」
「お願いしゅるでしゅ」
そんなこんなで楓は早々に着替えると下に下りていった。ふっくんも後ろから付いて来る。
「おはようございます!マスター」
「おはようございますでしゅ」
「ああ、おはよう」
「あのマスター、お願いがあるんですけど」
「どうしたよ?」
「はい。ふっくんの事を調べるために特殊情報局に行って来たいんですけど、今日お暇もらえませんか?」
「特殊情報部ね・・・。良いぞ、好きに行って来い。店の事は気にしなくて良いからよ」
「ありがとうございます!」
「でも、今から行っても空いてねぇだろ?昼ぐらいまでは手伝ってくれるかな?」
「はーい」
楓は返事をすると店の看板を出しに行く。入り口には既に開店を今か今かと待ちわびている常連客の連中が並んでいた。
「おはようございます!」
「おう、おはよう楓ちゃん」
「今、店開けますね」
看板をひっくり返すと、客達は自分の家であるかのように勝手に中に入っていく。
「よぅ、マスター。モーニングコーヒー飲みにきたぜ」
「いつものよろしく!」
「はいはい」
常連達はいつもの自分の席に座り、ゲンは既に用意してあった食べ物やコーヒーを常連達に渡していく。楓も直ぐにそれを手伝った。ふっくんも何かしなきゃ駄目かなと思ったらしく自分にも手伝わせて欲しいと言ってくる。
「マスターしゃん。僕にも何か出来る事ないでしゅか?」
「ん〜、猫の手も借りたいが、犬の手はねぇ〜」
「どっちも一緒な気がしましゅけど」
「ははは、冗談だ。しかし、ふっくんの出来る事か。んんん、特に無いな。せいぜい店の前で座って客に挨拶するくらいかな?」
「じゃあ、それをやるでしゅ」
そう言ってふっくんは、店を出て入り口に居住まいを正すと来る客にいらっしゃいませでしゅと挨拶をする。最初は皆、犬がしゃべっている事に驚いたようだがそんな小さなことを気にするエンシフェルムの民衆ではない。むしろ礼儀正しいふっくんに好感を覚えたようだ。特に女性受けが良い。
「キャー!犬がしゃべってるぅ。かっわいい!」
「わー、小さい!まだ子犬じゃない!」
「ねぇねぇ、名前なんて言うの?」
「ふっくんでしゅ」
「ふっくんかぁ。ねぇ、抱っこしても良い?」
「良いでしゅよ」
「わー!ふかふか!」
「あ、私も触りたーい!」
とまぁ、こんな感じで店の前では女の子達がきゃいのきゃいのと騒いでいる。ふっくんのおかげでただの通りすがりの人も気になったようで、ついでに休んでいこうかと店の中に入っていく。初日にしてふっくんの人気はうなぎのぼり。店もいつも以上に混雑する。
「店の前に居るだけというもの大変でしゅね」
女の子達に、もみくちゃにされながらふっくんは疲れたようだ。ただでさえ夜に楓に振り回された疲れもあって少々バテ気味。そんな折に楓がやってきた。
「お疲れ、ふっくん」
「あ、楓しゃん」
「今から特殊情報局・・・じゃなくて特殊情報部に行くよ」
「あれ、店のほうはどうするのでしゅか?忙しいみたいでしゅけど」
「マスターが大丈夫だって言ってくれたから、大丈夫よ」
「そうでしゅか。僕のためにご迷惑かけるでしゅ」
「良いよ。私の事でも有るし。さ、行こ!」
一人と一匹は街中心部に向かって歩き出した。山沿いの街道を歩く事20分程、ようやく街中心部に到着。
「はぁ〜街に来るのも久しぶり。ちょっと見て回りたいけど、まずは情報部に行かないと」
「僕は別に良いでしゅよ?」
「ううん。街の方は帰りにでも見て回ろう。城に入らせてもらえる時間も限られているしね」
「そうでしゅか」
そして、街の中心部を抜け雄大に聳え立つ城に到着。受付で名前を名乗り、いざ特殊情報部へ。情報部には情報部で別の受付があり、そこの綺麗なお姉さんに用件を伝える。
「劉さんいらっしゃいますか?」
「生憎と劉隊長は外出中ですが」
「そうですか、ではシンさんはいらっしゃいますか?」
「シン副長ですね。少々お待ちください」
お姉さんは部屋の中に入るとシンを呼びに行く。しばらくしてシンをつれたお姉さんが戻ってきた。
「やあ、楓ちゃんじゃないか。久しぶりだね」
「はい、お久しぶりです。劉さんはいらっしゃらないんですか?」
「ああ、隊長はラゼルの復興式に出かけているよ。少佐に会えたらしくてまだ帰ってこないらしいけど」
「少佐って護さんの事ですよね?護さん、なんで復興式に参加しているんですか?・・・ああ、お姉さまが呼んだのか。あれ、でも確か行方が分からないとか言っていたのに」
「さあ、その辺の詳しいことは聞いてないけど。で、用件は?ああ、聞くまでも無いか。ご両親の事だね?」
「あ、はい。それもあるんですけど、実は・・・」
楓はふっくんの事を説明した。
「へー、つまりこの子犬の正体を知りたいって事か」
「正体っていうか、まぁ自分の記憶を取り戻したいってことですね」
「ふーん。じゃあ、とりあえず現状報告とこれからの事を言うね。まず楓ちゃんの方なんだけど、実はまだ全然手がかりが見つかっていないんだ。こちらもいろいろ探ってはいるんだけど。ただ一つ分かったのは、北の大陸プランのどこかに現世のありとあらゆる出来事を知り膨大な知識を持った魔導士だかなんだかが居るとか。まあ、その情報もあやふやなんだけど」
「そうですか」
ちょっと残念そうな表情を楓は浮かべた。
「全てを知っているっていうのは嘘か本当かは分からないけど、確かにその魔導士の存在は確認されているらしいから、一度会ってみたら良いかもしれないね。それにどちらにせよ、ふっくんだっけ?この子犬」
「はい」
「はいでしゅ」
「ふっくんが魔界の存在だとしたら、プランには行かなきゃならない」
「どうしてですか?」
「魔界への入り口が確認されているのがプランだからだ。まぁ、その入り口が何処にあるかまでは俺は知らないけど。知っているのは少佐と劉隊長だけだ。本当はこの事だって極秘内容だからおいそれと話できるものじゃないんだよ?まぁ、なんにせよ今はタイミング良く隊長も少佐もラゼルに居るから、ラゼルに行って本人に直に聞いた方が良いと思う」
「分かりました」
「じゃ、俺まだ仕事あるから今日はこの辺で。ごめんね。ちょっとヤーウェ対策で今ごっちゃがえしているからさ」
「いえ、お忙しいところすみません。貴重な情報ありがとうございました」
楓は丁寧に頭を下げる。シンはまた部屋の中に入ろうとした時、楓の方に向き直って口に人差し指を当てた。
「あ、魔界の話を俺から聞いたってこと隊長には内緒にしていてね」
「はい」
「それじゃ」
シンは部屋の中に入り扉が閉まる。楓とふっくんはその場に取り残されてどうしようかと悩み始めた。
「ラゼルかぁ・・・。遠いね。まぁ、プランの方が遠いけど」
「どうするんでしゅか、楓しゃん?」
「んん〜、やっぱり行くしかないでしょ。ふっくんの手がかりになりそうな事ってそれしかないもん。少なくとも手がかりが見つかっただけで良かったよ」
「じゃあ、まずそのラゼルって所に行くんでしゅね?」
「うん!マスターに頼んで、仕事休み貰わなきゃ。行こう!」
楓は走って城を出て、さっき言っていた帰りに街を見るということも忘れ一直線にストロベリーに戻る。
「おや、早かったな。で、どうだった?」
「はいマスター!ラゼルに行って、その後北の大陸プランに行きたいと思うので休みください!」
「唐突だなぁ。まあ良いけど、プランに行くって言う事はヤンネに会いに行くのか?」
「え、誰ですかそれ?」
「いや知らないなら良いわ。あー、ちょっと待ってな」
ゲンは厨房の中に入って行くと、しばらくして何か袋を持って戻ってきた。
「ほいこれ」
「なんですか、これ?」
「もしヤンネに会うことがあったら、これを俺からだって言って渡してやってくれ」
「はぁ、じゃあお休みは貰えるんですか?」
「おうよ。今まで頑張ってくれたからな。ゆっくり旅でもしてきな」
「あ、ありがとうございます!」
「ふっくんも記憶戻ると良いな」
「はいでしゅ」
「それじゃあマスター。行って来ます!」
「おう。何があっても必ず戻って来いよ。お前らの事待ってる客が大勢いるんだからな」
「はーい!」
そう言って楓とふっくんはラゼルに行くために馬車乗り場へ向かい、馬車に乗った。馬車の中は他の客で一杯で、楓達は端っこの空いていた席に座る。そして楓達が乗って直ぐ、従者がたずなを揺らし馬達は軽快にラゼルに向かって走り出したのである。




