楓の事情
夜、ようやく仕事が終わり楓は自分の部屋に向かう。いつもと同じ行動、変わらない生活。しかし、今日は違った。部屋に向かう楓の後ろを白い子犬のふっくんがトテトテと付いていっている。
「ここが私の部屋よ、ふっくん」
「ここでしゅか?」
自分の部屋の前に立ちドアを開けると楓はふっくんを中に促した。ふっくんは尻尾をふりふりしながら中に入っていく。
「僕何処にいれば良いでしゅか?」
「えーっと、とりあえずその椅子の上に座って」
「分かったでしゅ」
ふっくんは部屋の中にあった椅子の上にちょこんと礼儀良く居住まいを正す。
「あの、ふっくん。今日からこの部屋はふっくんの部屋にもなるんだからそんなにかしこまらなくても良いわよ?もっと自由にして良いからね?」
「はいでしゅ」
返事は良いものの、変わらず居住まいを正しているふっくんに苦笑いをしながら楓は向かい側のベッドに腰掛けた。
「あー、ふっくん。ごめんね」
「何がでしゅか?楓しゃん」
「いや、私が興味本位で魔法なんて唱えちゃったせいでふっくんが呼び出されて、あげく記憶失っちゃったでしょ?私、本当に申し訳ないなぁって」
楓は心から申し訳なさそうにしてふっくんに謝った。しかしふっくんは別に気にもしていないようで尻尾を振っている。
「良いでしゅよ。世の中はなる様になるでしゅ。世は万事、事もなきかなでしゅ」
「良くないよぉ。私だってまさか本当に魔法が使えるなんて思っても見なかったことだし。本当に何の気なしにやってみただけなんだよ?それに巻き込んだのはやっぱり責任かんじるよ」
「楓しゃん良い人でしゅね。僕は気にしないでしゅよ?」
「ううん。やっぱり良くないよ。自分が何者か分からないって凄く辛い事だよ?だから私、ふっくんの記憶が取り戻せるようにどんな事でも協力する。ううん、協力させて」
楓は真剣な顔でふっくんに頼んだ。ふっくんは首を傾げつつちょっと考えたようだが、楓がそうしたいというならお言葉に甘えようと決めたらしい。
「じゃあ、お願いするでしゅ」
「うん!任せて!」
「でも、何で楓しゃんはそんなに僕のためを思ってくれるんでしゅか?普通、召喚された者が召喚した主を思うのが契約でしゅよ?」
ふっくんは不思議そうな顔をしている。
「そんな主だなんて。私別に召喚しようとして召喚したんじゃないんだもん。私はふっくんの主じゃなくて仲間、友達だよ」
「友達でしゅか?」
「そう!友達!」
「でも、僕覚えているのは確か楓しゃん。召喚の時、従順な僕って言ってなかったでしゅか?僕それに反応して呼び出された気がするんでしゅけど」
「それは言葉のあや!ただお姉さまの真似をしてみようと、思い浮かんだ魔法っぽい言葉を言ってみただけなんだって!」
「そうなんでしゅか」
「うん。だからこそさ、そんな偶然的に被害を被っちゃったふっくんに協力してあげるのが、呼び出した者として正しい事だと思う。それに・・・」
「?」
「私もふっくんと似た所があるから」
「似た所でしゅか?」
「うん」
楓は少し神妙な面持ちになって何かを考え始めた。ふっくんはそんな楓を見ながら尻尾だけを振っている。数秒の沈黙の後、楓はふっくんに自分の事を話すことにした。
「実は私ね。ふっくんと同じで自分の事がわからないの」
「楓しゃんがでしゅか?」
「うん。私、出雲って言う国の修道院で育ったんだけど、なんで自分がその修道院に居たのか知らないの。覚えていないって言うのかな、自分でも知らないうちに気がついたら修道院に居て、そこで優しいシスターの人たちに囲まれて育ったの。最初はそんなこと気にも留めなかったんだけど、ある日修道院のミサの時にね、子供達がお父さんやお母さんに連れられてきた時にそう言えば私の両親って何処にいるんだろうってふと思ったんだ。それでシスターの人たちに聞いたら、私は幼い時にたった一人無言でその修道院の前に立ってたんだって。私の事を聞いても私は何も知らない、気がついたらここに居たって言っていたそうよ。ただ、手に手紙を持っていてね、そこにその修道院で育ててくれって書いてあったんだって」
「そうなんでしゅか」
「だから私、修道院に入るまでと入った後のしばらくの記憶が全く無いの。両親の顔も知らない。自分が何のために生まれてどうしてその修道院に預けられたのか。ミサに来る仲の良い可愛がられている子供達を見た時にその事を考えるようになって。それで私、旅に出たの。自分の両親を探すため。なんで両親は私を預けたのかを聞くため。そうしていろんな国を旅している時に、このエンシフェルムのストロベリーに来てね、そこで護って言う人にこの国には情報を集める特殊情報部があるから下手に旅に出るよりここで情報を待っていた方が良いって言われて。その護さんも協力してくれるって言ってくれたからここで働く事にしたんだ」
「なるほどでしゅ。確かに僕と似てるでしゅ」
うんうんとふっくんは頷いた。
「でしょ?だから私、ふっくんの事他人の事の様に思えなくて。自分で招いたのなら尚の事」
「それなら僕も楓しゃんに協力するでしゅ」
「え?」
「僕もせっかく召喚されたのなら、自分の事だけじゃなくて楓しゃんの役に立ちたいでしゅ。もしかしたら、そのために僕は召喚されたのかもしれないでしゅ」
「ありがとう!ふっくん!私ね、こうやってふっくんを召喚してからますます自分の事が分からなくなっていたの。どうして魔法が使えないはずの私が召喚できたのか?自分って何者なのか?今凄い不安だったんだ」
「大丈夫でしゅ。僕も精一杯楓しゃんの事に協力するでしゅ」
ふっくんの意外な発言に思わず楓は涙が出た。今まで元気に振舞ってきた反動で、その涙は止まる事は無い。ふっくんは、そんな楓の元に近寄り楓の手に自分の手を置いた。楓はその手をぎゅっと握る。良い雰囲気が流れたかと思われた矢先、いきなり楓は握ったふっくんの手をひっくり返して手のひらを押す。
「わー肉球だぁ!私初めて触った!ぷにぷにして柔らか〜い!!!」
「あ、あの楓しゃん?ちょっとくすぐったいんでしゅけど」
「あ、ごめんごめん」
泣いていた楓は、コロっと笑顔を見せて謝った。感情が豊かなのが楓の良いところである。ふっくんも楓の事を気に入ったようだ。そもそも、召喚してくれた主が自分の事を親身に考えて仲間だと言ってくれた事が、ふっくんにはとても嬉しかった。
「よし!じゃあ早速、明日マスターに頼んで時間貰って特殊情報局の所に行こう!それでふっくんの事と私の事聞いてみようね!」
「はいでしゅ」
「さて、今日はもう疲れちゃったし寝よっか?」
「はいでしゅ」
楓は服を着替え始め、ふっくんは床で寝ようとうずくまった。着替えが終わって楓は床で寝ようとしているふっくんを抱きかかえる。
「なんでしゅか?楓しゃん」
「だーめーよ、床で寝るなんて眠りにくいわ。一緒にベッドで寝よう!」
「はぁ〜でしゅ」
楓はベッドに横になり、隣にふっくんを寝かせた。ふっくんは特に気にも留めず、またとぐろ巻いて眠りにつく。そんなふっくんを見ながら楓は嬉しそうに笑うと自分も目を瞑って眠りに入った。しかし、これがふっくんにとっては結構大変な事になったりするのである。