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前編




「ねえ、リシャス。次はいつ会えるの?」



 一夜を過ごした女からそう聞かれて、騎士服を着る手を止める。右上を見上げて予定を思い返す振りをしながら、リシャスは口を開いた。



「あーしばらくは無理そう、かな?ほら、聖女候補の護衛があるからさ」


「あら。騎士様が一般市民に、仕事の内容を漏らしてしまっていいのかしら?」


「君なら大丈夫さ。信頼してるよ、マイハニー」



 この女の名前なんだっけな、と思いながら、心にもないことを言う。そんなリシャスの言葉にころっと騙されて、女は機嫌良さそうに微笑んだ。



「会う時間が作れたら、なるべく早く連絡してね。絶対よ?」


「ああ、わかったよ。それじゃあ」


「うふふ、お仕事頑張ってね。そうだ、これをあげるわ。とっても美味しいのよ」



 差し出されたキャンディポットから、個包装のキャンディを二つ取る。そのうちの一つを口に放り込むと、広がったのは甘酸っぱいりんごの味だった。










 騎士団本部に戻って早々、嫌いな奴とすれ違う羽目になって、リシャスは思わず眉を顰める。同期のくせに上官というだけでも気に食わないが、強くて真面目で見た目も良くて、とにかく騎士らしい。そんな嫌味なくらい欠点が見当たらない男、レクスバルトは、鋭い眼差しをこちらに向けた。



「休日に騎士服を着て王都を歩き回るのは、職務規定違反だが」


「えー別にいいじゃん。女にモテんだよ、これ着てると。女の子は大体みんな、騎士が好きだからさぁ」


「そういうものか。ああ、私たちが護衛を担当する聖女候補が決まった。もう到着しているから、貴様も挨拶に行け」


「うげ。二人一組、オレとお前でペアなわけ?はぁ、明日から面倒くせーなあ」



 渡された資料は紙ペラ一枚。それだけで、ほぼ聖女に選ばれる見込みの無い、ハズレ候補が割り当てられたのだとわかる。これは権力に執着する実家がうるさそうだと、リシャスは深いため息をついた。自分で選択できるのであれば、そんな聖女候補はスルーするし、あんな奴と相方にもならなくて済むのに。



「どれどれー?北のコソラット子爵領から来た、ココちゃんね。家名がないってことは、平民か。ご愁傷さま」



 廊下を一人歩きながら、大したことが書かれていない紙を読む。正直な話、リシャスは騎士としての実力はそこそこだが、かなり顔が良い。そして庶子ではあるものの、出身は伯爵家。さらに、相方のレクスバルトは侯爵家の嫡男で、悔しいことに自分以上に顔が良い。


 そんな二人が護衛をするのが、田舎からやって来た平民の聖女候補とは。これはもう、王都で貴族令嬢として生まれ育った聖女候補たちからの嫌がらせは、待ったなしだろう。ちょうど率先してやらかしそうな、性根の腐った女にも心当たりがあるし。まあ、腹違いの妹だが。



「ただの護衛なのに、勘違いされんのも嫌だけど。いじめへの対処と、どっちがマシかねえ。まぁとりあえず、やる気に満ちあふれてるだろうココちゃんとやらには、一応忠告しておくか。失礼しまーす」



 ノックとともに、返事を待つことなく入室する。そこには、ふわふわの栗色の髪と大きな黒い瞳の、日に焼けて健康そうな、十代後半くらいの少女が――

 


「む、村さ帰してけじゃ!わぁは、聖女なんかでねぇ!えさかえらせでけ!!」



 床に座り込み、大声で泣き喚いていた――リシャスはつい、頭を抱える。なんだよこれ。面倒ごとの予感しかしないんですけど?あと、レクスバルト!先にこの子に挨拶したなら、さすがにオレに何か言っとけよ!ここにはいない相方を心の中で罵倒しながら、げんなりした顔で思わず呟く。



「途中から、なに言ってっか全然わかんねー…」











「す、すみません。もう大丈夫です。私、泣くとどうしても田舎の言葉が出ちゃって」


「へぇ、そうなんだー。あ、オレはリシャス。君の護衛の、下っ端の方だよ。短い間だけどよろしくね」



 幸いなことに、聖女候補ココは、普通の会話も可能だった。ギャーギャー叫んで謝罪すらできない女ばかり見てきたリシャスにとっては、それだけでだいぶ楽に感じる。

 いつもの癖で片目をつぶり、無駄に愛想を振り撒いてしまったが、ココはまったく別のところに食いついてきた。



「短い間って?もしかして私、故郷に帰してもらえるんですか!?」


「あれ、レクスバルトから何も聞いてない?というか、もしかして聖女選抜についてよく知らない?」


「えっと、あの怖い感じの男前さんですよね?詳しい説明は後から来る者がする、って言ってました」


「レ、レクスバルトォ〜…」



 オレに全部丸投げかよ!と内心憤慨するリシャスだが、必死な表情のココを無視するわけにもいかない。仕方なく、聖女選抜の詳細をかい摘んで伝える。


 不定期に、特別な魔法が使える若い女性を数十人、聖女候補として集めること。

 選抜期間は三ヶ月弱。選に漏れた者は、その時点で少しの金をもらって、帰郷可能。護衛を担当した騎士が、送り届けること。


 そして、最後まで残った一人が聖女として奉仕する形になるが、実は毎回、ほぼ出来レースであること――は、さすがに言わなかったが。ココも興味なさそうだったし。



「つまり、最長でも三ヶ月以内には家に帰れるんですね!良かった、りんごもぎには間に合いそう」


「りんごもぎ?ココちゃんの実家、りんごの果樹園やってるんだ?」


「はい。家で食べる分の小麦とか野菜も作ってますけど。出荷するりんごの収穫が、一年で一番大変で」



 りんごに限らず、この国では果物は、土地の魔力が少ない北の領地でしか育たない。どれも王都では珍しいため軒並み高価で、一応伯爵家で育ったリシャスでも、あまり口にしたことはない――いや待て、そういえばさっき食べたな。飴だけど。リシャスは摘み出したキャンディを、ココの手のひらにぽんと置いた。



「じゃあ、これあげるよ。りんご味。上手いこと早く帰れるように、オレも祈ってるから。元気出してね」


「あ、ありがとうございますっ!わあ、うちの領地で作ってるキャンディだ――この子もはるばる王都まで来て頑張ってるんだから、私も無事帰るまで、しっかりしなきゃ」



 そう呟いて、まるで祈るようにキャンディを握りしめるココを、リシャスはなんとも言えない気持ちで見つめた。











『おかあさん、これあげる。だからなかないで』



 幼い頃のリシャスが、庭で摘んだ白くて綺麗な花を女に差し出す。ボサボサの髪、ギラギラと光る目、ガリガリに痩せた体――明らかに心を病んでいるその女は、我が子からのプレゼントを容赦なく叩き落とした。そして、怨嗟のこもった金切り声を上げる。



『うるさい、あたしに近づくな!なんでお前は男なんだよっ!娘だったら結婚に使えて、あの人はあたしを妻にしてくれたのに!!』



 それは違うよ、母さん。伯爵はあくまで結婚前の遊びとして、下働きだったあんたに手をつけたんだ。妊娠したと騒がれたから妾にしただけで、最初から愛なんて欠片もなかった。たとえオレが女に生まれていても、平民女が産んだ子なんて、政略結婚には使えない。離れに閉じ込められて病むあんたの運命は、どう足掻いたって変えられないんだ――そこで、ふっと目が覚めた。


 聖女候補たちへの講義は、変わりなく続いている。退屈のあまり、立ったままうとうとしていたのは、ほんの数分のことらしい。

 リシャスは、同じく暇そうに立ち並ぶ護衛の騎士たちに紛れて、あくびを噛み殺した。それから肩に触れる長さの髪を、雑にかき上げる。すると、まったく同じタイミングで異母妹が髪を弄り出したのが後ろから見えて、ひどく不愉快になった。


 少しでも癒されようとココを見ると、ぴんと背筋を伸ばして、真剣な表情で、老神官の眠たくなる声を聞いている。そんな聖女候補は、この講義室の中で彼女だけだった。

 聖女にはなりたくないけれど、魔法についてちゃんと学べる機会は、とてもありがたい。と喜んでいた姿を思い出して、リシャスは少し笑う。


 この二週間、ココに対して何度となく思ったことだが、本当に純粋で可愛い女の子だ。しかし、他の聖女候補のやっかみを上手く受け流す、案外たくましい一面もあった。


 講義が終わり、誰かに絡まれる前にするりと扉から抜け出したココの背中を、リシャスはゆっくり追いかける。人前ではなるべく隣にいないようにしよう、と周囲の悪意への対策を提案してきたのも、彼女からだった。

 レクスバルトとも、同じようにしているという。まあ、奴は護衛スケジュールの九割をリシャスに押しつけやがったので、まだ一日しかココの護衛をしていないが。


 研ぎ澄まされた刃のような、迫力ある美形のレクスバルトが、ココにとっては、だいぶ怖く思えるらしい。二人きりだと怯えるので仕方がない、と言われれば、一応奴が上官なこともあって、オレの休みは?とごねるのもはばかられた。


 神殿の裏庭で合流する。リシャスが茂みの中から隠しておいた布包を取り出すと、それを見たココは嬉しそうに、ぱんっと両手を合わせた。



「わあ、リシャスさん!それってもしかして――」


「あーら、誰かと思ったら犬の子じゃない。平民の血が混じっているだけあって、平民の田舎娘と仲がよろしくて、結構だこと。ただし神聖なる神殿内で、盛りのついた犬みたいな真似、しないでちょうだいね?薄汚い子犬でも生まれようものなら、臭くてたまらないもの」


 鼻と口を扇で覆いながら現れたのは、名前も呼びたくない異母妹だった。わざわざ追いかけてきておいて、この言い草。しかも、ろくに接点のないココまで巻き込むあたり、性格の悪さが極まっている。

 伯爵と妾との間に生まれたリシャスを兄とは認めず、犬の子呼ばわりするのはいつものことだが、さすがに今回は――と言い返そうとしたところで、



「わいは!すんっげぇなぁ。まるで、ものがだりのあぐやぐ令嬢でねが!おらほの領主様んどごのお嬢様だば、すっだ品のねぇごど、死んでも喋んねぇべなあー!」


「は、はあ?速すぎて聞き取れないわっ」


「あいだべ?おめ、わんどさかもわいだぐて、えへでまったんだな?」


「今度はなにを言っているか、全然わからない……!も、もういいわよ!土臭い田舎者は、さっさと王都から出て行くことねっ!」



 会話が成立しないのがよほど悔しかったのか、異母妹は捨て台詞を吐くと、さっさと退散していった。リシャスはぽかんとした表情で、それを見送る。

 貴族の一番の武器である、言葉。それをあっさり封じてみせたココは、完全なる勝利に、むふんっと満足気に胸を張っていた。



「はは、あははははっ!ココちゃんすげー!あいつ一応オレの妹だけど、同年代の女子に言い負かされるとこなんて、初めて見たよ」


「えっ!思わず撃退しちゃいましたけど、ダメでした?」


「いーよいーよ、もっと言ってやって。実はオレ庶子なんだけど、ずっと扱い悪くてさぁ。あいつも実家の伯爵家も、普通に嫌いなんだよねー!」


「リシャスさんみたいな良い人にも、嫌われてるんですか!?はぇ〜…ご実家の未来は、暗そうですねえ」



 つい漏れてしまった風なココの感想が、これまた愉快痛快で、リシャスは腹を抱えて笑う。爆笑のあまり、涙まで滲んできた。そういえば、庶出の子であると明かして気まずい空気になることもなく、そのまま流されたのは、これが初めてだ。



「あいつ、平民を馬鹿にしたり犬扱いするけど、ちゃんとわかってんのかねー?聖女に選ばれたら、そういう連中にだって、治癒魔法かけなくちゃいけないってこと」


「聖女――あ、そうだ!リシャスさん、さっきの続き!その包みって、前に頼んでたやつですか?」


「そうそう。待たせちゃったね、はいどーぞ。ご所望の女神官の服、によく似たコスプレ衣装だよ」



 ココは歓声を上げて礼を言い、早速それに着替えるために物陰に入る。そちらに背を向けて、誰か来ないか見張りながら、リシャスは衣装を手配させた女のことを考えた。

 向こうの結婚を機に関係を清算した元セフレだったが、ヨリを戻したいと、泣いて懇願されたのだ。旦那との夜に満足していないのか、元々のメンヘラ気質が爆発したのか。


 例によって例のごとく、名前を覚えていなかったので、適当にマイスイートと呼んだが。他にもりんご味のキャンディをくれた女や、同時進行の女が複数いる。

 もしも今リシャスが死んだら、葬式の場で女たちが、醜いキャットファイトを繰り広げることだろう。仕方なく式を執り行った伯爵家に恥をかかせてやれるなら、まあ、それも良いかもしれないな。



「どうですか、リシャスさん!似合ってますか?」


「おーいいじゃん。どこからどう見ても、新人の女神官って感じ」


「やったー!それじゃあ聖女選抜用の薬草畑に、豊穣魔法をかけに行きましょう!」



 白を基調とした神官服に、顔の下半分を覆うヴェールもつけて、すっかり聖女候補には見えなくなったココ。畑に向かう彼女の隣を歩きながら、リシャスは思う。

 いつもなら女のために何かしてやったら、相応の対価を求めるけれど。なーんかこの子には、そんな気が起きないなあ、と。


 選抜からの早期脱落を目指すなら、自分の担当区域の畑だけ手を抜けばいい。けれどココは、それでは薬草が可哀想だからと、他候補の畑も含めた薬草畑全体に、こっそり強烈な豊穣魔法をかけることに決めた。

 全部一気に、収穫できるまで育てきっちゃえば、この課題自体なかったことになりますよね!という理屈らしい。もちろん、普通に考えればそんなことは不可能だ。が、しかし。



『え?実家のりんご畑はもっとずっと広かったから、大丈夫ですよ?』



 そう言って笑ったココは、治癒の時も浄化の時も、周囲に合わせて所要時間や威力を調整して、とにかく悪目立ちしないようにしていたけれど――恐らく数百年ぶりに現れた、ガチの聖女だ。他とは比べものにならないほど、すべての魔法が強すぎる。


 このことを報告すれば、護衛を担当するリシャスたちにとっても名誉だし、なにより騎士としては間違いなく、国のためにそうすべきなのだが。



(でも、帰りたがってるんだよなぁ。故郷の村に。無理に連れてこられて、ホームシックで隠れて泣いてたこともあったし――まあ、どうせ聖女選抜なんて、所詮は出来レースだしな)



 自分さえ黙っておけば、ココは無事にふるさとに帰って、幸せになれるから。リシャスは、何も気づかなかったことにした。











 聖女選抜が始まって、一ヶ月が過ぎた頃。リシャスは、朝から機嫌が悪かった。


 昨日は久々の休日だったが、急な呼び出しがあって、嫌々実家に顔を出したのだ。

 伯爵は相変わらず尊大な態度で、やれハズレの聖女候補を割り振られた家の恥の役立たずだの、やれ田舎者は愛娘の引き立て役にギリギリまで残して、良いタイミングで脱落させろだのと、無茶なことばかり言い連ねた。


 聖女候補の護衛はそもそも志願制ではないし、騎士には誰を担当するか決める権限もない。そして、聖女選抜を思い通りにするなんて、リシャスでなくともできるはずがなかった。

 それらをいちいち説明する気にはなれなかったし、目の前の馬鹿に理解できるとも思えなかったので、ハイハイと返事だけして、そのまま騎士団本部に帰ってきたが――本当に、没落しろよ。あんな家。



「オレを強引に騎士にさせといて、偉っそうに。テメーの言うことなんざ、誰が聞くかよ」



 本物の聖女はココだと、リシャスは確信している。彼女なら、頼めば間違いなく、その実力の一端を発揮してくれるだろう。それはわかっているけれど、ココをあのクソ異母妹や伯爵家に利用されるなんて、想像するだけでも虫唾が走った。そのくらいなら自分が頭を下げて、我慢する方がずっといい。


 選抜期間中、ココが滞在している部屋の扉をノックすると、リシャスさんだー!いらっしゃい!と笑顔で招き入れられた。すると途端に、不快な気持ちが、すうっとどこかへと消える。



「ココちゃん、おはよー。昨日のレクスバルトの護衛は、どうだった?さすがに慣れた?」


「おはようございます!うーん。挨拶以外の会話は、ゼロでした!」


「は?マジで?あいつ愛想は良くないけど、別に無口ってわけでもないんだけどなぁ。他に何か特別、変わったこととかあった?」


「えーっと、犬の人が来てましたね。レクスバルトさんにあれこれ話しかけて、全部綺麗に無視されてました」



 犬の人(笑)――自業自得なあだ名をつけられた異母妹を、心の中で嘲笑う。しかもイケメンに媚び売りにきて、フルシカトされてやんの。

 リシャスは初めて、レクスバルトの肩を叩いて、よくやった!と褒めてやりたくなった。まあ、普通に目の上のたんこぶなので、実際には絶対にしないが。



「それを言うなら本当は、オレの方が犬の人なんだよねー。子供の頃、犬を飼ってたからさ」


「わあ、ワンちゃん飼ってたんですか!どんな子でした?」



 きらきらと目を輝かせるココは本当に、とても可愛い。リシャスは手を伸ばして、彼女のふんわりした髪に、優しく触れた。



「そうだなあ――ふふ、こんな感じの栗色の毛で」



 そして指先をそっと滑らせて、ココの目の下の薄い皮膚をゆっくり撫でる。



「黒い目で――とにかく、すっげえ可愛かったよ」



 ココの顔が、一気に真っ赤に染まる。ひぇ!とも、ぴぇ!ともつかない鳴き声を上げて照れる彼女は、ますますもって愛らしかった。

 あーこれは脈ありだな、なんてわかりやすい。と、リシャスはその素直な反応に満足する。いつものように色っぽい美女に秋波を送られるよりも、ココのこの落ち着かない様子の方が、よほど嬉しかった。


 オレってこっちのタイプもいけたんだなー。というより、本当はこういう、可愛い系の女の子が好みだったのかも?


 女好きの自覚があるリシャスだが、今まであまり身近にいなかった、純朴な少女が自分に刺さるというのは、新たな発見に他ならなかった。



「ホントにさ。可愛くて可愛くてたまらない――おじいちゃん犬だった」


「えっ?お、おじいちゃん?」


「そうそう。拾った時点で、もうかなり高齢だったんだよね。名前はコロ。ああ、もっと一緒にいたかったなー」



 くくくっとリシャスが笑うと、からかわれたと思ったのか、ココはむくれてそっぽを向いた。けれど数秒もしないうちに、ちょっと子どもっぽかったかな?というように、すぐさまこちらに向き直る。そんな態度も新鮮だった。


 少しのことで機嫌を損ねて泣かない、怒らない。思わせぶりな言動をしない、反省して行動に移す。リシャスがこれまで見てきた女たちと、ココはまるで違っている。こういう人間が、いわゆる健全な女性、というものなんだろうか。

 とりあえず、ココがどの女よりも大人であることだけは、確かだった。もしかしたら、年上のリシャスよりも、ずっと。



「名前も見た目も似てることだし、ココちゃんだけはマジで特別!初めて誰かに見せるよ。これがコロの毛」


「わあ、すごい!本当に私の髪の色と、そっくり!」



 いつも首から下げているロケットペンダントを外して、魔力を流して開いて見せる。保存魔法と施錠魔法と紛失防止魔法でガチガチに固めたこれが、これだけが。リシャスの、本当に大切な宝物だった。

 それをココが、まるで素晴らしく大きな宝石でも見つめるかのように、じっと目を逸らさずに見ている。



「今でも、こんなに大事にしてもらえて。コロおじいちゃんは、すっごく幸せものですねえ」


「え、そうかなぁ?別に普通じゃない?」


「絶対に幸せですよ!リシャスさんとずっと一緒にいられるんだから、幸せに決まってます!!」


「……そっかー」



 力強くそう断言されて、リシャスはなんと返していいかわからなくなる。確かに、コロの最期はとても穏やかだった。あの時はまだ母が生きていて、加えて性悪な異母妹と、それをさらに煮詰めたような性格の伯爵夫妻までいたけれど。子どもながらに、リシャスはコロを守りきった。


 もしかすると、案外自分は、誰かを守るのは得意なのかもしれない。不特定多数を守る騎士という職業が、自分に向いていると思ったことは、正直なところ一度もないが。――身の回りの誰かを、絶対に守り抜けというのであれば、あるいは。


 ペンダントを閉じて、再び魔力を流してから、首にかけ直す。その動作をにこにこしながら見守っているココに気がついて、まだ何を言うべきかも定まっていないのに、リシャスは思わず呼びかけた。



「あのさ、ココちゃん――」


「失礼する。聖女候補ココ嬢、それとリシャス。話がある」



 ノックの音とほぼ同時に扉が開いて、レクスバルトが入室してきた。いやお前、空気読めよ!と言いたいが、言える相手でも雰囲気でもない。


 相変わらずひどく美しいものの、まるで感情が読めない、作りものめいた顔。空気が冷たく張り詰めるような、威圧感のある立ち姿。

 レクスバルトは、特徴的な銀髪を揺らすこともなく、視線だけでココ、そしてリシャスと順に見ると――完璧な騎士然としたまま、抑揚が少ない口調で、淡々と言った。



「先程、聖女選抜の中間発表が行われた。ココ嬢は、もう故郷に帰って構わないとのことだ。明日、三人でコソラット子爵領へ向けて発つ。準備をしておいて欲しい」







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