第2話 形のない感情
静寂が、落ちていた。さっきまでの喧騒が嘘みたいに、誰も何も言わない。ただ、全員の視線が一点に集まっている。——俺に。……なんだよ、その目。さっきまで笑ってたくせに。
「……今の、なんだ?」誰かが呟く。「見間違いじゃねえよな……」「いや、でも……」ざわざわと、遅れて声が広がっていく。
俺は、自分の手を見る。握っているのは——あの大剣じゃない。最初に出た、ひび割れた短剣。
「……は?」さっきのは、なんだった。
「おい」低い声に顔を上げると、目の前に竹内ライが立っていた。炎の剣はもう消えている。それでも、その目だけは消えていなかった。
「さっきの、もう一回やれ」
「……無理、だと思います」やり方なんて分かるわけがない。
「は? じゃあなんだ、あれは偶然か?」苛立ちが混じる声。周りの視線もまた集まる。……分からないって。
「やれよ」短く言い放たれる。逃げる理由も断る理由もない。ただ——もう一度、あれが出る気はしなかった。
俺は短剣を握り直し、目を閉じる。さっきの感覚。胸を締め付ける、あの感情。後悔。劣等感。思い出そうとする。掴もうとする。——でも。
「……出ない」何も起きない。短剣は、ただの短剣のままだった。
「……は?」空気が一気に変わる。「なんだよそれ」「さっきの嘘かよ」「やっぱまぐれじゃね?」さっきとは逆のざわめき。……うるさいな。
「チッ……」ライが舌打ちする。「つまんねぇな」そう言い残して背を向けた。でも、その足取りはさっきまでよりほんの少しだけ重く見えた。
教師が手を叩く。「……今日はここまでだ。解散」その一言で張り詰めていた空気がほどけ、人が散っていく。視線だけが、まだ少し残っていた。
……なんなんだよ、ほんとに。
俺はその場に立ち尽くしたまま、短剣を見つめる。黒く、ひび割れたまま。さっきのあれは、どこにもない。
「……あれ、普通じゃないよね」
不意に後ろから声がした。振り返ると、そこに立っていたのは一人の女子だった。長い髪。どこか影の薄い、静かな雰囲気。いつからいたのか、気配を感じなかった。
「……誰?」
「雨宮ルナ」あっさりと名乗る。聞いたことはある。同じクラスのやつだ。でも、ちゃんと話したことはない。
ルナは俺の手元を見ていた。「さっきの」「……ああ」「普通じゃない」淡々とした口調で断言する。「……だろうな」自分でもそう思う。
「私のと、少し似てる」
「……似てる?」ルナはゆっくりと手を前に出した。空気が揺れる。そこに現れたのは——“何か”。刃のようにも見えるし、見えない。形があるようで、ない。輪郭が揺れて、掴めない。光も弱い。
「……それ、武器?」
「分からない。ちゃんと、形にならないから」その“武器”はふっと薄くなり、消えかけて——また戻る。不安定だった。
「……それで戦えるの?」「無理」少しだけ間を置いて、ルナは続ける。「だから、弱いまま」その言い方に特に感情は乗っていなかった。ただ事実を言っているだけみたいに。でも——どこか引っかかる。
「……なんで、俺に話したの」
「なんとなく。さっきの、似てると思ったから」
似てる、か。……正直、よく分からない。
「私は、よく分からないの。何を思ってるのかも、どうしたいのかも。だから、これも——はっきりしない」曖昧な武器がまた一瞬だけ揺れる。
……分からない、か。俺とは違う。でも——どこか似ている気もした。
「——早瀬レオ」
名前を呼ばれる。振り返ると、教師が立っていた。さっきまでとは違う目。
「後で、職員室に来い」
「……え、俺ですか?」
「そうだ」短く、それだけ。拒否はさせない声だった。教師はそのまま去っていく。
ルナが小さく呟く。「……気をつけた方がいいよ」
「……何が?」
「そのままだと——壊れるから」
一瞬だけ目が合う。その言葉だけ残して、ルナは背を向けた。
残された俺は何も言えずに立ち尽くす。手の中の短剣は、変わらないまま。
——さっきの力も、意味も、何一つ分からない。ただ一つ、何かが確実におかしくなり始めている。




