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第1話 最弱の感情

この世界では、“感情”が武器になる。怒りは刃となり、喜びは光となり、誇りは鎧となる。強い感情を持つ者ほど、強い武器を手にする——それが、この世界の常識だ。そしてもう一つ。感情を武器として具現化する“水晶”に適合する年齢には個人差がある。感情が強く、完成されている者ほど早く武器を得ると言われていた。


……だから、俺みたいに遅れているやつは、それだけで価値が低いと判断される。


「次、早瀬レオ」


名前を呼ばれた瞬間、教室の空気がわずかに変わった気がした。視線が集まる。……最悪だ。壇上に上がる。中央には透明な水晶のような装置。“感情測定器”。ここに手をかざせば、自分の感情と、それに応じた“武器”が現れる。


周りのほとんどは、すでに武器を持っている。幼い頃に発現したやつ、最近ようやく適合したやつ。でも——まだ何も持っていない俺みたいなやつは、決まってこう呼ばれる。


落ちこぼれ。


「早くしろよ」


後ろから聞こえた笑い声に、何も言い返せないまま、俺は水晶に手をかざした。冷たい。一瞬の沈黙。——光が、弱々しく灯る。


「……は?」


誰かの声が間抜けに響く。現れたのは——黒く、ひび割れた短剣だった。刀身は欠け、光もほとんどない。まるで壊れかけた道具みたいな、みすぼらしい武器。


「なにそれ……」「ゴミじゃん」「マジで? それで戦うの?」


笑い声が広がる。……やっぱりな。教師が装置を確認し、淡々と告げる。


「感情分類……“劣等感”、および“後悔”」


ざわめきが一瞬止まり、「最悪の組み合わせじゃねえか」と爆笑が起きた。劣等感。他人と比べて、自分が劣っていると感じる感情。後悔。過去を悔やむ、前に進めない感情。どっちも戦いには向かない“弱い感情”だ。


「そんなもんで何ができんだよ」「せいぜい自分刺して終わりだろ」


……慣れてる。俺は視線を逸らし、手にした短剣を見る。ひび割れた刀身。黒く濁った光。——まるで、自分みたいだ。


「よし、次は模擬戦だ。各自、指定の相手と組め」


教師の声で空気が切り替わる。


「お、じゃあ俺、こいつとやりたいっす」


その声に視線を向ける。竹内ライ。クラスでも上位の能力者。炎の大剣を持つ、いわゆる“勝ち組”。幼い頃に水晶へ適合し、炎の剣を手にしたとき、周囲は“才能”だと騒いだらしい。——昔から、ずっと上にいるやつ。


「いいだろう」


即答だった。……最悪だ。



グラウンドにはすでに人だかりができていた。


「始め!」


合図と同時に、ライが踏み込む。速い。振り下ろされる炎の大剣。受け止めるなんて無理だ。俺は咄嗟に後ろへ飛ぶ。


「おいおい、逃げてばっかか?」


笑いながら距離を詰めてくる。その動きに迷いはない。竹内ライは最初から“勝つ側”にいる人間だった。


「俺はさ——負けるなんて思ったことねぇんだよ」


炎が揺らぐことなく燃え上がる。あれが、こいつの感情。自信。


——重い。空気が熱い。圧が違う。まただ。何もできない。何も変わらない。


——あのときも。


頭の奥に、ぼんやりとした記憶が浮かぶ。何かを掴もうとして、届かなかった気がする。誰かがいた気もするけど、顔も、声も、思い出せない。ただ——何か大切なものを、取りこぼした感覚だけが残っている。


「……っ」


胸の奥が締め付けられる。


「終わりだな」


炎が迫る。


——また、何もできないのかよ。


その瞬間、手に握っていた短剣が——軋んだ。


「……?」


ひびが広がる。黒い刀身が崩れていく。……違う。壊れてるんじゃない。“作り変わっている”。ドクン、と心臓が強く鳴る。溢れる。消えたことなんて一度もない感情が。


後悔。劣等感。全部、全部——ここにある。


「……は、はは」


笑いがこぼれた。短剣は完全に形を失い、黒い塊が腕に絡みつく。伸びる。重く、巨大に。


——現れたのは、ひび割れた黒い大剣。その隙間から淡く光が漏れている。


「……なんだ、それ」


ライの声がわずかに揺れた。俺は一歩踏み出す。空気が沈む。


「……これ、全部」


剣を構える。


「——ああああああッ!!」


喉が焼ける。抑え込んできたものを全部吐き出すみたいに、叫ぶ。


振り下ろす。


——衝撃。


炎ごと、叩き潰した。


静寂の中、誰も何も言えない。ただ一つ確かなのは——最弱だったはずの感情が、この場のすべてをねじ伏せたということだった。


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