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ヴァルターはワイヤーを配管に二重に巻き付け、指先でわずかにたわみを残すように調整した。張りすぎず緩すぎず、その中間を探るように、ワイヤーの角度と
重なりを慎重に整える。
(……このくらいなら、目立たないはずだ)
端同士をねじり合わせ、軽く締めて固定する。
余った部分を折り返して寝かせ、外から見えにくいように押し込んだ。
次に、外していた台座を元の位置に戻す。
指で仮にかけておいたナットに、ヴァルターはスパナをそっと当てた。
金属の冷たさが手袋越しに伝わる。
ゆっくりと力を加えると、ナットがきしむような音を立てて締まっていく。
ワイヤーのたわみがわずかに吸収され、配管は自然な姿勢のまま固定された。
ヴァルターは工具を包みに戻し、通路側へ身を寄せて若い兵士に小さく合図した。
その直後、艦内スピーカーが甲高く鳴り響いた。
「敵艦接近――全乗員、急速潜航準備!」
通路の空気が一気に張り詰め、乗員たちの足音が鋭く響き始める。
ヴァルターも補機室へ戻り、扉を閉めると、自分の手首に手錠をかけた。
艦が沈み込むように揺れ、船体全体が深海へ滑り込むように傾いた。
機関の唸りが低く響き、水圧が増していくのが壁越しに伝わる。
やがて、補機室の奥から、金属が暴れるようなガタガタという音が響き始める。
揺れは次第に激しくなり、ほどなく、鋭い破断音が空気を裂いた。
続いて、怒涛のような水音。
海水が配管から一気に噴き出したのだ。
壁越しに響くその音は、艦が深海に引きずり込まれるような圧を帯びていた。
(……何だ、何が起きている?)
そして――
どこかで液体が激しく泡立つような、耳慣れない音が混じり始める。
シュー……ッ。
(……蒸気?)
次の瞬間、鼻の奥を刺すような強烈な刺激臭が、
薄い霧となって補機室へ流れ込んできた。
喉が焼けるように痛み、目の奥がじんと熱くなる。
呼吸をするたびに肺が痙攣し、視界が揺れ、足元がふらつく。
意識が遠のいていく中、艦の振動も、海水の轟音も、すべてが遠ざかっていった。
END




