第12話 孤児院と肉
昼食の準備ができたというセレナ院長の声に導かれ、ヒディはルミナスの手を引きながら、子供たちのあとをゆっくりとついていく。
ジョンはもちろん一番後ろでのんびり。ときどき立ち止まっては、廊下に飾られた壁掛けや花瓶をクンクンしていた。
「ジョン、そういうのは舐めないよ……って、聞いてないか」
「ジョン、いくのー! おにくー!」
「おまえもな……」
食堂は、木の温もりが感じられる質素な空間だったが、天井から吊られたランプがぽうっと優しい光を灯し、子供たちの明るい声と相まって、とてもあたたかい雰囲気を生んでいた。
中央には丸いテーブルがいくつか並び、そこに子供たちがわらわらと座っていく。その様子を見て、セレナ院長が手を叩いた。
「はい、皆さん、今日は特別に昼食です。ヒディさんからいただいたお肉と果物のおかげで、特別メニューになっています」
「おお〜〜!」
「おにくー!」「ほんとに!?」「やったー!」
大歓声が巻き起こる。ヒディはそれを受けて少し照れくさそうに笑った。
「いや……そんな、たいしたことじゃ……」
「でも、嬉しいです。私たち、普段は質素なものしか食べられないですから」
院長セレナがふっと目を細めてそう言った。
やがて料理が次々に運ばれてくる。
香ばしく焼かれた肉の香りがふわりと漂い、シチューや温野菜、パンにスープ……普段の食事より明らかにボリュームがあり、どの皿も子供たちの手で少しでも多く作られていることが感じられた。
「……うわ、本気でちゃんと料理されてる。私が焼いた時よりうまそう……」
ヒディは思わずごくりと喉を鳴らし、席に着いたルミナスにナプキンをつけてやる。
「ルミー、もぐもぐするー!」
「うん、いっぱい食べてね。ジョンも……ほら、座って」
「ワン」
それぞれが席に着くと、セレナ院長の合図でみんな手を合わせて感謝を述べ、食事が始まった。
子供たちは歓声をあげながら肉にかぶりつき、ヒディも一口食べると、思わず唸った。
「う、うまっ……。これ、いつも野営で適当に焼いてたやつと同じ肉とは思えない……」
ヒディの脳裏に、一枚の肉をジョンと分け合っていた夜のキャンプの記憶がよみがえる。
(……いや、あのときは正直、肉がメインディッシュというより、ジョンの機嫌取りの手段だった気がするな……)
今や子供たちの歓声の中心にいる肉。それを見ていると、ジョンがまたしてもそわそわとヒディの隣ににじり寄ってきた。
「……まだあるからな。心配すんなって」
「わんっ」
返事の声がやけに明るい。
ふと、隣の席の少年がヒディに声をかけた。
「あの……ハンターさんって、こういう美味しい肉いっぱい食べるんですか?」
「えっ」
ヒディは一瞬固まった。
……言えない。まだまともなハンターの仕事はしていないこと、ゴブリンに追われて逃げて、オークと誤認されて戦っただけの話なんて……。
「ま、まあ……。と、ときどきね? あの、依頼の帰り道とか……?」
笑ってごまかすヒディ。だが少年はキラキラした目でうなずいた。
「すごい! やっぱりかっこいいなあ!」
――罪悪感が胃に刺さる。
それでも、喜ぶ子供たちを見ていると、不思議と悪い気はしなかった。
(……まあ、ちゃんと仕事すればいいだけだし)
自分を励ますように、ヒディは肉をもう一切れ、口に運んだ。
温かいシチューを口に運びながら、ヒディはふと視線を巡らせた。
……こうして落ち着いて見ると、建物のあちこちに年月の痕跡が浮かび上がっている。
壁の角は丸くすり減り、天井の梁にはひび割れがいくつか走っている。窓枠の木材も乾いて反っており、風が吹けば隙間風が入り込みそうだった。
(……けっこうガタきてるなあ……)
元は格式ある建物だったのかもしれない。荘厳というには小ぢんまりしているが、ところどころに残る細工や建具の作りに、かつての品の良さを感じさせる。
けれど今は、それらを修繕する余裕が無いのだろう。目立たぬよう補修された跡や、そのまま放置されている箇所が、現実を物語っていた。
子供たちの服も、よく見ればツギハギだらけだ。色あせたシャツに、やや丈の合っていないズボンやスカート。だけど、どの服もよく洗われていて、ほつれは小さく縫い直されていた。
(手入れはされてる……セレナさんたち、がんばってるんだな)
子供たちの顔立ちも、笑ってはいるがどこか痩せ気味だ。頬や手首に、ほんのり浮いた骨ばった輪郭がある。
けれど、そんな細かいことを今さら気にする者はいなかった。
皆が皆、目の前の肉に夢中だった。
まるで祭りの日にでもなったような勢いで、子供たちはがっつく。遠慮も作法もあったものじゃない。小さな手で骨付き肉をがっしりと掴み、思い切りかぶりつく子、口の周りをソースだらけにしながら、嬉しそうにスープをすすっている子――。
「うめえええ……!」
「これ、ほんとに肉!? やわらかーい!」
「おかわりあるの!? ねえ、ある!?」
目をキラキラさせて、笑って、騒いで、幸せそうに食べている。
ヒディの頬がゆるむ。思わず、ふっと肩の力が抜けた。
その子供たちの様子を、テーブルの端でセレナ院長と数名の大人たちが静かに見守っていた。老年の院長は背筋を伸ばして椅子に座り、凛とした表情を浮かべながらも、その目元はどこか優しく、ほっとした色に染まっている。
ヒディは、こっそり呟いた。
「……これだけ嬉しそうに食べられると、なんかもう、全部あげたくなるな……」
実際、昨日まで自分たちだけでモリモリ食べていたのが、少しだけ申し訳なくなるレベルだった。
足元では、ジョンが「自分の分もまだ残ってるか?」と言わんばかりに、ちらちらと皿を見つめている。
「おまえも、な……たまにしか食ってなかったもんな……」
ルミナスは椅子にちょこんと座り、口の周りをソースでぺたぺたにしながらも、満面の笑みで「うまー! おにく! ふとるー!」と叫んでいた。
どこかに「贅沢の極みだ」という声があったとしても、それはたぶん、心の底から祝福の意味でしかない。
ヒディは、スプーンを握ったまま、少し遠い目で天井の梁を見つめた。




