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宰相の娘  作者: 衣々里まや
17歳
38/50

誕生日

「できました……!!」


侍女たちが渾身の力作に歓声を上げる。


鏡に映っているのは、下方には紫や白、濃い青の花々が咲き乱れ、そして緑の葉の刺繍のあいだから繊細なレースでつづられた蝶の群れが空と向かって飛び立っていく、幻想的なドレス。衣装の上でほんとうに舞っているのではないかと思えるほどに蝶は美しく、においたつように花々は精巧に縫い取られている。さらにところどころに浮き出しているのは下地に隠された金糸で、太陽のきらめきのような陽光を演出していた。


貝で染めた鮮やかな腰帯も、立体的な形でウエストを飾りたて、柔らかに膨らんだスカートへと溶けるように流れ落ちていく。


流線型でまとめあげた髪に挿すパールと蝶をあしらった飾り櫛も、このドレスに合わせて特別にあつらえたものだった。


「まるで夜の女王ですわ……!」


衣装係たちも魅入られたようにうっとりとした表情で、つぎつぎに私に向かって讃嘆の声をあげた。


彼女たちと吟味に吟味を重ね、私の肌ともっとも相性のよい色合いのものを選んだ甲斐があったというものだ。


「皆のおかげよ、ありがとう」


私は心からの気持ちを込めて、感謝の言葉を贈る。


私の最後の晴れの舞台だから、今日くらいは着飾らせてほしかった。そのひそかな想いを彼女たちがかなえてくれたのだから。


以降、敗者の私がカイルの隣に立つことはないし、彼の婚約者として披露されることもないのだ。


「カイル、お誕生日おめでとう。素適な一日をすごしてね」


「ああ、ありがとう。ティアこそ……き、きれいだ、とても……」


珍しく張り切って着飾ったからだろう。迎えるカイルが驚きに目を見開き、そう告げた。


そういうカイルも今日は主役らしく、いつにもまして豪華な衣装だった。丁寧にブラシをかけられた天鵞絨の上着は黒玉のように真っ黒ながらも艶めく光を放ち、上から纏うマントは刺繍糸で生地が硬くなるほどにみっしりと、つる草とその上に王権を表す太陽と支える月の精緻な模様が施されている。長い腕の先に鎮座するのはいつもの紫水晶のカフス。手袋にも甲の部分に同色のビーズが縫い付けられており、控えめながらも輝きを添えている。


「そう言ってもらえると嬉しいわ。張りきった甲斐があったもの」


「そ、そうか。俺の誕生日のために……ティアが……」


控えの間で待っていたカイルの腕をとり、広間へ向かう。ヒロインが招待されている、宴の会場へと。


出迎えるたくさんの人々、かけられる祝いの声。その一つ一つに返事をし、微笑みを返し、挨拶をしていく。


いつものようにカイルの隣で。


ときどき、私たちの目が合って、そのたびにカイルははにかんだ笑顔を見せてくれる。


カイル、小説の私は父のためにあなたを求め、そして自分の欲のためにあなたを縛り付けようとした。そういうものを感じ取っていたから、あなたは私から距離を置いていた。


でも、小説とは異なる今の私をあなたは認めてくれた。相応しく扱ってくれた。


ねぇ、あなたから≪四季園≫の鍵を渡されたとき、私が大泣きしてしまったことを覚えてる? 本当に嬉しかったのよ。


今日あなたが彼女に会って心の中の想いを自覚したとしても、今まであなたが見せてくれた誠実さは本物だった。


カイル、ほんとうにありがとう。父とのことを除けば、私はとても幸せだったとも言えるかもしれない毎日だった。


勝つか負けるかじゃないのは分かってる。ほんとうは、そういうことを考えること自体があさましいって。


きっとヒロインならこういうことは考えない。いつだってまっすぐに居られるはず。


そういうあたたかいお日様みたいな彼女にあなたが魅了されることも、理解できる。


私だって本を読んでいたとき、ヒロインの持つまっすぐな心根に惹かれて、ずっとあなたと彼女を応援していたもの。


父がしたことは本当に申し訳ないことと思っている。でも、そのために自分の命まで捧げて父の罪を償うつもりはない。


私は逃げるの。この国から去るの。自分のために。


だからそれまでは、せめてもの罪滅ぼしに、あなたに協力するわ。


「……だいたいの挨拶はこれで終わったな」


ようやく人の列が途切れ、カイルがわずかな疲労と安堵がないまぜになったため息をつく。


「ええ、そうね。やっと自由ね」


「なら、ティア、俺と――」


「だから、あなたはあなたで楽しんで」


行って。彼女ならあなたを優しく照らしてくれる。


さぁ、カイル、あなたの心のままに従って。


私は足早に会場を後にする。周囲からかけられる声に振り向きもせず。あとで父に咎められるかもしれないけれど、どうでもいいわ。


私はこれからのことで必死なのだから。生き残らなくちゃ。死にたくない。


扉の向こうの廊下は、一枚隔てただけなのに会場の喧騒が嘘のように静かだった。空気もどこかよそよそしく冷たい。


ここが本来の場所なのだ。宰相の娘がいるべき場所。


私はひとり。


だって私は演技をしてみんなを騙し、利用しているだけなのだから。人の善意や優しさを自分の命をつなぐための踏み台にしているだけ。


「生き延びるためとはいえ、ほんとうに卑しい女ね……」


私が優しいのは人を取り込みたいから。笑顔を見せるのはそうやって少しでも付け入るため。清らかな心で、善意で、愛情で行動しているわけじゃない。


聞こえの良い嘘を並べたて、偽りの上に作り上げられたものは砂上の楼閣に等しい。真実が暴かれたとき、一瞬で崩れ去るものだ。


「ティア!!」


「……カイル?」


とつぜん腕を掴まれ、振り向かされる。カイルが私を引き留めていた。


彼は、なぜだかみょうに焦った顔をしていた。


「どうしたの? まだ私になにか用が?」


「お、お前は……?」


「私はさがるの。人が多くて疲れてしまったから」


私の目があれば、リズは畏縮してしまう。ふたりきりにさせるのがいい。


小説では鬱陶しく付きまとうテオドラから逃げ回るようにして飛び込んだテラスでカイルはヒロインと再会するのだけれど、そこをテオドラに再び邪魔されてしまう。でも、私は違う。


追いかけられないとテラスに気が付かないかもしれないから、念のため案内人の準備もしている。カイルはこれからゆっくりと心ゆくまで、ヒロインと話をすることができるはずだ。


「じ、じゃあ、俺も……」


「何言ってるの!? 今日はあなたの祝会なのよ、主役がいなくなってどうするの」


私の強い口調にカイルはしょげた顔をする。


でもすぐに気を取り直したのか、心配そうな表情にかえて、こちらを見つめてきた。


「ティア、なにかあったのか? いつもと様子が違う気がするが……。もし、なにか気がかりなことがあるなら、俺に言ってくれ。どんなときでも俺はお前の味方だ。いつだって、絶対に」


――嘘つき。


カイルはなにも悪くないのに、そんな言葉が口をついて出そうになった。


どうしてもナーバスになってしまう。自分の人生のためにカイルも利用しているだけなのだから、そのかわりにせめてヒロインと幸せになってほしい。その手伝いがしたい。私にできる数少ない罪滅ぼしのひとつなのに、カイルは私の願うとおりに行動してくれないのがもどかしい。


口を開いたらひどいことを言ってしまいそうな気がして、黙ったままカイルを見つめ返したところで、この廊下にいるのが私とカイルのふたりだけではないことに気がついた。


別の戸口を使い会場から出てきた男性がいた。ガードナー卿だ。


彼は誰かを探してでもいるようにきょろきょろと周囲をうかがい、私と目が合うと、ふんわりと微笑んだ。明らかに探していたのは私で、やっと見つけられたという顔だった。


彼は私とカイルが一緒にいるのを見て、遠慮がちに声を発する。


「殿下、ラノビア様、お忙しいさなか、お声をおかけしましたことをどうかお許しください」


「ガードナー卿、どうかしたの?」


「ラノビア様にお知らせに参りました 」


「知らせ……?」


話していいものか、とガードナー卿がちらりとカイルをうかがう。私は察して、


「カイル、ごめんなさい。少し席を外すわね」


「ティア、お、俺も話が……」


「それなら、あとできくから。あなたは主役なのだから、会場に戻った方がいいわよ!」


カイルをそこに残し、廊下の先、誰もいない場所まで彼を連れて歩く。柱の陰もなく誰も潜むことのできないところでさらに念のためガードナー卿が周囲を確かめたあと、ようやく告げた。


「本日、伯母より連絡がございました。聴罪の解釈について、慌てた様子で本部に問い合わせがあった、と。お探しの人物ではないかと思われます」


それは、なによりも待ち望んでいた知らせだった。


「そう……そうなの。ありがとう、あなたのおかげよ」


――勝った。私は父に勝ったのだ!!


安堵に膝の力が抜けそうになったのを、慌ててガードナー卿が支えてくれる。


「ラノビア様!?」


「ごめんなさい。もう大丈夫よ。……間違いないわ。ええ、そのひとよ。あとは手はずのとおり、よろしく頼むわね」


問題の人物さえ見つけてしまえば、そして確保できれば、あとはこちらのものだ。実際には王都に来るまでにひとつき近くかかるからまだ気を抜けないが、それでも最後の難関は越えた。


「ガードナー卿、あなたは私の恩人よ。ほんとうに、ほんとうにありがとう」


私は彼の手を握り、感謝の言葉を述べる。


それから彼と今後の予定について二、三、言葉を交わし、別れて振り返ると、そこにカイルが立っていた。


気配がなかったので、まったく気が付かなかった。いつからいたのだろう。小声で話していたから大丈夫だとは思うけれど、まさか、ガードナー卿との会話、聞かれてないわよね。


「カ、カイル、どうしたのかしら?」


「…………」


「会場はどうだったの? リズ様は――」


彼は私に返事せず、険しい顔で歩み寄ると、強く腕をつかんできた。


「もう二度と俺を置き去りにしないでくれ」


「はい? べ、別に置き去りにしたつもりは……」


どういうことなの? なんなの? ヒロインと楽しい時間を過ごしたのではないの?


「それより、ティアのほうこそどうなんだ?」


「どうって? 私は何もしていなかったけれど」 


「だが、さきほどガードナー卿と、だ、抱き合って……」


「抱き合ったって誰が……もしかして、私が倒れそうになったのを支えてもらったときのことを言っているの?」


「支えた……? そ、そうだったのか。俺の勘違いならよかっ――いや、よくない! ティア、やはり体調が悪いのか!?」


今度は急におろおろとしだして、私の額に触れたりする。


本当に今日のカイルはおかしい。ずっと落ち着かない雰囲気だ。18歳という節目の日だから、興奮しているのかもしれない。


私は落ち着かせるために彼の手をとり、


「私は大丈夫よ。それより、カイルのほうこそどうしたの? なんだかそわそわしてるわ。もしかして、心配なことでもあるの? 私になにか手伝えることはあるかしら?」


そう言ってカイルの顔を覗き込むと、彼は妙にかしこまって、コホンと咳ばらいをひとつした。今から大事な演説をするので喉の調子を整えた、みたいなかんじで。それからすっと背筋を伸ばし、私を見つめる。


「ティア、俺は今日誕生日を迎え、ようやく18になった」


「ええ、そうね。おめでとう」


「……結婚できる歳だ」


「ええ、そうね! 良かったわね!」


やっとヒロインと結婚できるわよ!と心の中で彼にエールを送る。


「良かった? そ、そうか。ティアも、そう思ってくれるのか」


「もちろんよ!!」


私は、「私こそがあなたの婚約者なのよ」なんて結婚を強要したりしないわ。ちゃんと2人を祝福できる。


あらためて心からのお祝いの言葉を告げると、カイルはとても嬉しそうに表情を崩した。


「そういえば、カイル、さっき私に話があると言っていなかったかしら?」


「いや、あれはまた今度にする。やはりちゃんと準備をしたほうがいいとわかったからな」


「そうなの? よく分からないけれど、では、その準備が整ったらお話ししてね」


「ああ、楽しみに待っててくれ、ティア!」

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