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宰相の娘  作者: 衣々里まや
17歳
39/50

プロポーズ

当人の誕生日から幾日か経ったある日、私はカイルから≪四季園≫に誘われた。行先は≪夏の庭園≫だった。


「春にしようかとも思ったのだが、ティアは夏のほうを好んでいるだろう?」


「え、ええ、そうね」


≪四季園≫のなかで私がもっともよく≪夏の庭園≫に出入りするのは、気に入っているのもあるけれど、なにより≪春の庭園≫はカイルの大切な場所だから。


そこを私で汚すわけにはいかないと思っていた。いずれ父の罪が暴かれれば、きっとカイルは≪春の庭園≫に私を呼んだことを後悔するだろうから。


「こちらだ。気に入るといいのだが……」


「まぁ……」


私は言葉を失った。いつの間に飾り付けをしていたのだろう。


≪夏の庭園≫――私のお気に入りの白い東屋は、たくさんの花とリボンで飾り付けられていた。円い屋根から柔らかなピンク色の薄布とリボンが、お姫様の小部屋の秘密を守るヴェールのように垂れ下がり、花と金の房でたくして柱にとめられている。さらに背後の水辺には小舟がいくつも浮かべられ、そこには薄紫の花が束となって水面をうめつくしていた。


爽やかな秋風が吹くたび、しだれたリボンが水辺で足を浸して遊ぶ乙女のように水面を撫で、揺れる船からは蝋燭の甘い香りと蜜のような花の香りがいちめんに漂う。


「ど、どうしたの? 今日はなにかのお祝いだったかしら?」


戸惑う私を、カイルがそっと手を引いて東屋の内に導く。甘く華やかな雰囲気に対して、中央の石テーブルには糊のきいたテーブルクロスの上に天鵞絨の小箱がぽつんと置かれているだけであった。


「なにかしら、この箱は?」


カイルはただ目を細めてこちら優しく見つめる。


場所だけではない。


今日は迎えに来たカイルも真っ白の衣装で着飾っていた。


縒られた金と銀のモールがついた襟と、同色に輝く肩章、それに飾緒。上着も純白の生地の裾に沿って金糸と銀糸で細かな刺繍が入り、下衣にはさらにダブルのラインが縫い取られている。


袖口のカフスはお気に入りの濃い紫の石が埋め込まれたもの。靴だけが唯一鏡のように磨きこまれた黒だ。


公式行事以外では着飾るのを避けているのに、今日は随分とおめかししているとは思っていた。それにカイルはもうずっと落ち着かない雰囲気だ。気持ちが浮き立っていると言い換えてもいい。


どうかしたのかしら。何かいいことでもあったのかしら。


そういえば、以前なにか話をしたがっていたことをふと思いだした。その準備ができたということなのだろうか。


これほどまでに手間をかけて舞台もととのえているのだから、かなり重要な内容であるに違いない。


この時期に思い当たるテオドラ関連での大きな出来事ってあったかしらと私は頭を捻る。


もう物語は終盤へと差し掛かっている。あとは私の出番といえば、父の罪を暴かれ一緒に裁かれるのとカイルに婚約解消を匂わせられるという、ふたつていどのはずである。


……もしかして、婚約を解消したいっていう話かしら。


時期が少々早い気もするけれど、大局のイベントに比べると誤差の範疇はんちゅうでもある。


カイルったらヒロインともうそこまで話を進めちゃっているの?!


原作では、婚約者を避ける一方でヒロインとは逢瀬を重ねるカイルをテオドラが問い詰め、逆に婚約破棄を匂わされた結果、ブチ切れ、手当たりしだいに物を投げつけ、カイルに怪我まで負わせてしまっていた。でも、言うまでもなく私はそのようなことはしない。


婚約を解消してもらえたら、私は自由の身だ。おそらくカイルはまだ父には打診はしていないはず。私に先に話をとおし、いずれ父や叔父を説得するつもりなのだろう。


もともとこちらは父にとって居ても居なくてもよかった存在。カイルの婚約者ではなくなった私に、もはやあの人は毛ほどの興味ももたないだろう。


次に役に立ちそうな家に嫁がされるまで猶予ができるはず。父の警戒の目が外れれば、もっと大胆に動くことができる。


イエスよ、イエス!! カイル、私は解消に応じるわ!!


逸る気持ちを抑え、私はカイルの言葉を待つ。


「ティア、俺たちの婚約は俺たちの意思じゃなかった」


「ええ、そうね。私の父とフレディリク様でお決めになったことだったわ」


だから、と心の中で語りかける。


カイルが申し訳なく思う必要はまったくないわ。私のことは一切気にしなくていいのよ、と。


「ゆえに、あらためてお前に自分の口から言いたかった」


カイルはひざまずいてこちらを熱く見つめる。そして私の手を取ると、左手の薬指に口づけをし、言った。


「――結婚しよう、ティア」


「ええ、カイル、もちろ……なんですって? 何を言っているの?」


「だから、結婚を――」


「だ、誰が? 誰と?」


「もちろん、ティアと俺だ。ほかに誰がいる?」


「冗談でしょう?!」


「な、なぜ冗談になるんだ……?」


「いやよ、結婚だなんて……」


「ティア……」


「絶対にいや!!」


探していた人物を見つけ、ようやく私の努力が実を結ぼうとしていた。あとは交渉するだけだと思っていたその矢先に、結婚の申し込みだなんておかしい。


理解できない。原作では結婚はテオドラが望んでも承知してもらえなかったのに、どうして今彼が言い出したのか。


……もしかして。


嫌な汗が流れる。


私が逃げ出そうとしているのが彼にばれたの? 私を逃がさないために? 父の罪に気が付いて、証拠固めをしているとか?


でもおかしいわ。それならフレディリク様に対する態度だって変わるはずだけれど、そういう雰囲気は一切ない。


カイルのほうをうかがうと、彼の顔は強張っていた。起こったことが信じられず、拒否されるとは思っていなかったと、語っていた。


その表情の意味も気にかかるけれど、今は先にしなければならないことがある。


カイルがなぜ私をこの国にとどめようとしているのか、探らなくちゃ!!


彼がなにを、どこまで掴んでいるのか、私は今すぐ調べなくてはならない。

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