大公との謁見
翌朝、約束通りに迎えが来た。数日ぶりの大公との謁見だった。案内する侍従の後に続きながら、シノレはこっそり蜥蜴に聞いてみた。
「……あの……本当に大公様を目覚めさせることができるんですか?」
『は?何を他人事のように言っている。あれの目を覚まさせるのは汝だぞ』
「……え?」
シノレの顔が引き攣った。お構いなしに蜥蜴は続ける。
『習うより慣れよ、何事も実践だ。あれでも一応世界に冠たる名門の当主。あれへの干渉を成功させれば多少の進歩も望めよう』
「いや、え、待……っ」
「到着致しました。ここからはお一人でお進み下さい」
無情にも、時間切れが訪れた。シノレの前に豪華な扉が現れる。開かれたその先に、華麗に装飾された通路が見える。どうしよう、全く心の準備ができていない。
廊下に踏み入った途端、背後でゆっくりと扉が閉まり出す。光が細くなり、やがて完全に閉ざされたのが分かった。
「……この廊下……」
窓はなく、光源は壁際の燭台くらいだ。それもどんどん数が減り、暗くなっていく。暗さに目が慣れるのを待っても良いが、ここは修練がてら術を使うのが得策だろう。
「……僕は周囲を見通した」
ごく小さな声で呟くと、すっと視界が開けた気がした。暗い場所にも目が慣れて、どこに何があるかが把握できるようになる。蜥蜴の反応はないが、指輪が軋んだり色づく気配はないから、多分これで良いのだろう。
(最近になって気づいたけど、この指輪、縮む前に赤みがかるんだよね……警告みたいに)
それにしても、見事な廊下である。繊細な彫刻と言い細密な壁画や天井画と言い、シノレでも足を止めて見入りたくなるような見事さだ。こんな暗がりの奥で息を潜めているのは、勿体ないとしか言いようがない。
けれどこれこそが、今のセネロスの本質なのかもしれない。そんなことを考えながら、シノレは廊下を進み続けた。
大公の寝所は薄暗く、進むほど闇が深くなった。最も奥まったところに重々しい寝台があり、その傍にはオルシーラが待機していた。シノレに気づくと立ち上がり、数歩下がる。シノレは途方に暮れ、蜥蜴に助言を求めた。
「ど、どうすればいいんですか……?」
『まず奴の名前を聞き出せ。全てはそれからだ』
シノレはそこでやっと気づいた。そういえば、自分は大公の名前すら知らないのだった。急いでオルシーラに確認して、そこでやっと大公がマリウスという名前だと知ることができた。
「そ、それで、ここからどうすれば……?」
『やり方はとうに教えてある。特に付け加えることはない。いつも通り、修練している通りにすればいい』
蜥蜴は枕元まで飛んでいき、大公の痩せた顔を見下ろした。人間とは違う瞳の形や、銀の瞳孔からは感情が読み取りにくい。
『……実を言うとな、この昏睡は剣の為したことではない。確かに呪いはしたが、剣の呪いはこういう性質のものではない。これがこうなったのは単に、精神的な疲労と緊張が限界を迎えたためだ』
オルシーラは目を伏せ、身じろぎもせず聞いている。蜥蜴の言葉は聞こえているはずだが、反応を示さない。
注意しないと聞き逃しそうな、か細い、今にも途切れそうな呼吸音だけが響いている。
『汝がこれを起こすのだ。できなければこのまま、衰弱死するしかなかろうな』




