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楽団の反応

「……はあ、やれやれ全く……」

 ベルガルムは州都の城で、座ったまま伸びをした。小さな欠伸が漏れる。その手元には報告書が積まれている。主に東部の、教団付近の動静に関してだ。


 教団領西部、べウガン地方へ侵攻した兵の大部分が、虚月の光によって消し飛ばされた。

 そしてそれは、彼も先刻承知していたことであった。だから予てから目障りに思っていた相手を重点的に送り込んだのだ。


「まあ、大した痛手ではない……元より雑兵どもなぞ幾ら死んでも構わんが……それとは別に、俺ばかりが身銭を切らされたようで、面白くない」


 どうせ、兵の殆どは下等な連中だ。替えも補充も幾らでも利く。今回のことは、半ば総帥の道楽のようなものだから、補填もそれなりにあるだろう。


 それに、副産物がなかったわけではない。総帥に貸しを作れたのは悪くないし、何より——


「虚月。あれを見れたのは、収穫と言える」

 虚月のことは、ベルガルムも多少調べた。伝承だけでなく、その実態をなるだけ詳しく。比類なき力も、名も、絶大な対価も。べウガンに放たれたあの光だけで、どれだけの魔晶銀が費やされたことか。


 何もかも、教団に要求を呑ませるための威嚇だ。震撼させて、要求を呑ませることが主目的なのであって、教団の殲滅を狙っているのではない。

 何しろ、費用が凄まじい。ざっと計算してみたが、世界中、十年分の魔晶銀をかき集めたとしても、一発雷撃を落とせるかどうかといったところだ。

 論理的に考えれば、二発目が来る可能性は低いと分かる。これは脅しだ。張り子の虎だ。それに屈すれば、何もかも奪われ殺される。ベルガルムはそれが分かる。使徒家にも、分かる者はいるだろう。


 しかし、民心はそうもいかないのだ。

 滅びの危機が上空にあって、冷静な思考ができる者など多くはない。的確な判断は、恐怖と民意に押し流される。現状では、教団は騎士団の要求を吞むしかない。

 その教団をどうするかは、今後の交渉次第だが……。


 ベルガルムは息をつき、奇怪な冠のような形をした術具を起動させた。今回の協力の報酬として、総帥から前払いで貸与されたものだ。術具の中でもそれなりに上級で、銘を『幻月』という。


 『幻月』は、記憶した映像を再生する術具だ。その再生映像は視覚と聴覚以外の五感を伴わないとは言え、比類ない臨場感を齎す。何しろ、実際にその場にいた撮影者が得た情報を再現するのだから。


「うーーん何とまあ、これはこれは……」

 そして見えた景色に、ベルガルムは思わず間の抜けた声を漏らした。中々に凄い光景である。ルーニス平野は確か、それなりに緑豊かな場所のはずだったが、今や見る影もなかった。


 着弾地点の周辺は硝子と化していた。平野はほぼ更地と化し、近場の都市のものだろう廃墟や瓦礫が転がっている。直撃を浴びた者は、骨も残らなかっただろう。


「…………以前の、白竜が死んだ時のものとはやや違うようだ。あの時は、大地にはさしたる被害が残らなかったよなあ……にしても、教団側の被害はそこそこか。それはまた……」


 楽団の兵が一掃された以上、それに対処しようとしていた教団の戦力も被害を受けている。だが、殲滅とはいかなかったようだ。ここで片づけられれば面倒が少なかったが、まあいい。


 今の状況では、あちらは孤立無援も同然だ。元々物量的にもこちらが上回る。適当に蹴散らせば事足りるだろう。


 唯一不安材料だったのは聖者による奇跡だったが、それも今現在まで発動する兆しがない。

 教団には打つ手がない。騎士団の謀略は達成されたのだ。


「…………しかし、問題はここからだろうなあ」

 課題はまだ、色々とある。



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