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過去の伝説

 数時間後、客間に通されたサウラスとオルシーラは、早速とばかり辺りを憚りながら話を始めた。使う言葉はお馴染みの公用語ではなく、セネロスの宮廷語だった。


「まずは姫様、ご無事で何よりでございます」

「ええ、良くもてなしてもらったわ。息苦しくなるくらいに」

 オルシーラは憮然と答えた。老貴族はそんな姫君に頭を下げ、本題を切り出した。


「大公様よりお言伝を預かっております。ご無事と使命の完遂を喜び、これを労いたいとのことです。……私個人からも感謝を申し上げたく存じます」

「そうね。この宝石が助けてくれたわ。別に期待していなかったのに」


 オルシーラの首に下がる、七星の首飾り。それは千年前に亡命し、大公家の庇護下に入った姫君が携えていた宝である。セネロスで過ごす中『黎明』と深い絆を結んだとされる彼女の首飾りは、その英雄所縁のものに強く反応すると伝えられていた。


 オルシーラは、それが本当だと思っていたわけではない。よくある伝承だと、そんなものを当てにしてはいられないと。探し物は自力で見つけ出さねばと考えていた。お守り程度に考えていて、肌身離さずつけていたのも紛失防止くらいの意味だった。一応家宝の一つなので。

 だからあの時、シノレの部屋の前で、この首飾りが焼けるような熱を放った時、それはもう驚いたのだ。


「……本物だったわ。この首飾りも、例の剣も」

 苦々しさを隠さず、オルシーラは言った。まるで悪い冗談だ。こんな大昔の絵空事が、今になって影響し、猛威を振るうなど。錯乱した兄の戯言だったはずなのだ。


 『黎明』など過去の伝説だ。騎士団の貧困は今立ち塞がる現実だ。英雄の剣さえ戻れば全てが上手くいくなんて、そんな馬鹿な話はない。

 けれど兄の戯言は、最早戯言でなくなってしまった。もう取り返しがつかないのだ。二百年の調和と均衡は崩れてしまった。


「……もう一刻の猶予もないわ。早期に相手方を捻じ伏せて、引き上げなくては」

「その通りです。ですが同盟関係という体面上、軍は動かせません。何より財政上の理由から侵攻は不可能です」


 既に虚月を使ってしまっている。騎士団の懐事情では、この上更に軍勢を動かして武力で制圧することなど、到底不可能だ。どうやったってない袖は振れない。だからこの先の方針は必然的に定まる。騎士団は武力を使わず侵略を進めることになる。


 だとすれば。オルシーラは気怠い頭を回転させて言葉を連ねる。

「取り敢えずは領土と謝礼金を毟り取る。更に騎士団の貴族階級を顧問乃至は参謀として引き入れる。ゆくゆくは植民も進める。……そういう段取りということ?」

「ご賢察の通りでございます」


 この先にあるものは教団か騎士団、どちらかの瓦解だ。それをきっと、誰もが感じ取っている。だから城の空気も、これほどに張り詰めているのだ。


「……媚びようと、もしくは探りを入れようと、近寄ってくる人間も多いと思うけれど。応対は慎重にしなさいよ。言うまでもないことだけれど」

「承知しております。……時に、レイグ殿の様子がやけに落ち着いていたように思えたのですが、もしや予め話を通しておられたのですか?」


 サウラスは話題を変え、気にかかっていたことを聞く。それにオルシーラは苦い顔をした。

「……先月末に、ここで襲撃事件があったことは聞いているでしょう?私はあれで調子を崩して……その時レイグ様に、取引を持ち掛けられたのよ。私が城内を探っていたことは、向こうも薄々察していたみたいだから……」


 オルシーラは、部屋に持ち込んだ長櫃に目を向けた。紫色の目に苛立ちが滲む。

「……剣を目当てにしていたことは、多分とっくにばれてるわ。ただこっちも、まだはっきりしないことが多くて……私にすら分からないものは隠しようがないし、特定されようがないもの。けれど最低限突き止めなければいけないことは、もう分かっている。いざとなれば強行突破で切り抜けることもできるわ」


「…………ということは、既に使い手の方も?」

「ええ、見つけたわ。だから長居は無用。取るものを取って、できるだけ早く引き上げましょう」


 極論、聖者はどうでもいい。それよりも、剣を確保することが先決だ。そしてその使い手も分かっている。剣に選ばれた、いわば『黎明』の後継者とも呼ぶべき者は――


 先月の、シノレの部屋での邂逅を思い出す。長櫃を見つけ、オルシーラはシノレを問い詰めた。その最中にいきなり昏倒した少年は、またいきなり覚醒して、完璧な宮廷古語を操った。古き良き宮廷古語は、修辞が極めて複雑で、今やセネロスでも使いこなせる者は少ないというのに。そして彼女を、千年前の先祖の名で呼んだ。


『…………ヘルラートの後裔か。……大儀である』


 何が起きているのかは、オルシーラにも掴み切れない。だが、一つだけ分かっていることがある。


「…………重要なのは、聖者ではなく勇者。あのシノレとかいう子供を、連れ帰らないといけないのよ」


 オルシーラは低く潜めた声で、そう言い聞かせた。


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