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死闘の始まり

 貴族。教団では、その言葉は使われない。というか、貴族なんて言葉が常用されるのは、騎士団の一部くらいである。

 「教徒は神の天秤の前に皆平等」という建前を掲げている以上、教団ではその手の言葉はまず使われない。使うとしても「名門」「良家」程度の表現に留まる。


「……貴族。貴族に戻って下さると仰いますか。教団の支配を離れ、今一度……」

 レイグはうっそりと微笑んだ。

「下賤な傭兵や成り上がりと同列に扱われるのも、嫌気が差していた頃です。忠義を尽くしてきたにも関わらず、この頃は蔑ろにされるばかり。野蛮な狂犬と一族の娘を娶せるなどという屈辱を受けては、かつての恩義も忠心も薄れるというもの」


 元々使徒家であった時代など、長い一族の歴史からすればほんの僅かなものだ。レイグの表情は実ににこやかで、自然ですらある。まるで当然のことを語るような口ぶりだった。


「……あれほどのことをしてまで教団を助けようという大公様の高貴な御心、感じ入りました。つまらぬ行き違いから偉大な大公家の慈悲を振り払ってしまった過去を、今はただ恥じ入るばかりです」

 流れるように言って、レイグは深々と頭を下げた。


「長旅でお疲れになったでしょう。もてなしの用意をさせておりますので、どうぞお寛ぎ下さい」

「ありがとうございます。……ところで、あまり人の姿を見ませんね。てっきり、もっと賑わっているものと思っておりましたが」


 それは探りと挑発を兼ねた問いかけだったが、レイグは表情を変えずに受け流す。

「遥々お越し頂いたのですから、特別におもてなしをしたいと思いまして。不用意な接触から良からぬ事態を招いても、お互いに得はないでしょう?」


 レイグは親し気な笑顔の裏側で、相手方の観察と分析を試みていた。何を言うか、何を望むか——真っ先に誰に会いたがるのか。


「もしもどなたかにお会いになりたいということでしたら、遠慮なくお申し付けを。私が間に立ち、調整を行いましょう」

「何から何まで痛み入ります」

「オルシーラ姫もお元気でいらっしゃいますよ。先ほど呼びに行かせましたので、じきにいらっしゃるでしょう」


 なるほど現在の状況は、決して安泰ではない。

 特に戦地であったべウガンは混乱の只中だ。ただでさえ攻め込まれて疲弊していたところにあんなものを叩きこまれ、未だ脅威が去らぬとあれば当然だった。ましてあの辺りの人間は、虚月の光と衝撃を近くから観測し、その恐怖をまざまざと感じたはずだった。


 楽団の脅威が無くなっても、頭上により危険な、絶対的な脅威があるのでは何の安心もできない。今のところは楽団からの新手は来ていないが、それもいつ来てもおかしくはないのだ。


 多方面から噂もばら撒かれているようだ。それを押さえつけて黙らせるわけにもいかない。単純に人手が足りないし、何よりここで情報統制をするのは危険過ぎる。更に局面が悪化して、暴発されかねない。だが、放っておけば膨れ上がって被害が拡大する以上静観もできない。


 何らかの手を打たなければ。今民は、頭上の虚月に絶えず威圧され、騎士団との和平を求めている。臨界点を超えれば、恐怖に耐えきれず瓦解する。使徒家の威光や神の導きで宥めすかすにも限度がある。


 ――諸々を勘案して、一月が限度だろうというのが、レイグの結論だった。それまでに騎士団と話をまとめ、民に、そして聖都に今後の方針を明示しなければならない。


 そして、時間がないのは相手も同様であるはずだ。やがて侍女たちに案内されて来たオルシーラは、サウラスと一瞬目を見合わせた。


「……久しぶりですね、サウラス」

「オルシーラ姫、お元気そうで……」


 世界有数の権門たる大公家が動いた。二百年間教団に、それに帰依した離反者たちに大した手出しもしてこなかった騎士団が。大公家が。天文学的なまでの対価を払い、あんな危険過ぎる化石を引っ張り出して、現代の力の均衡を崩してまで、教団を屈服させることを望んだのだ。


 そこには必ず狙いがある。このような狂行に訴えてでも、果たしたかった狙いがあるのだ。

 それはこれまでのオルシーラの挙動から薄々察しはつくが、まだ手札として使えない。それだけの論拠が揃っていない。


 だから、交渉だ。それがセヴレイル家の役割でもある。

 相手が望むもの。狙うもの。期限までにそれを暴き出さなければならない。


 それまでは決して、話を終わらせるわけにはいかない。どれだけ民が訴えようが叫ぼうが、鉄火場に立たせ続ける。どのような強硬手段に訴えてもだ。


 より良い成果、より良い対価を掴み取るためならば、民の犠牲が何だというのだろう。レイグは何の痛痒もなくそれができる。


 さあ、死闘を始めよう。

 これは探り合いであり、殺し合いであり、どちらが先に音を上げるかの我慢比べである。



やっと……ここまで、来れた……!!(青息吐息)

 長引きまくった騎士団編も、何とか折り返しです。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!良ければこれからもよろしくお願いします!


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