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『虚月』③

 虚月の光。旧時代においては、それは天の裁きとされていた。


 その威容は空を従え、力が満たされれば輝きを放つ。星を降ろし、続いて雷を落として、大地とあらゆる命を焼き払う。

 それが、今に伝わる虚月の伝説である。


 その存在自体は伝説であり、多くの者が知るところだが、真面目にその発見や研究を試みる者は少ない。普段は見えないのだから当然だ。虚月が地上から見える姿になるとしたら、それは災害以外の何者でもなく、またそれを引き起こすには絶大な費用と手間を要する。その条件を満たすことなど、現代では不可能だ。不可能であるはずだった。


 騎士団の神話においては、虚月は裁きの神の瞳であると言われる。常は瞼に閉ざされたそれが開き、地上を見据えた時に、神罰で罪に報いるという考えだ。

 地方や文化によって違いは生まれるものの、多くの人間にとって虚月は単なる伝承であり、伝説である。一部の学者には、日と月に続く第三の天体と捉え、研究を試みる向きもあるが、普段は見えないものだ。調べるにも限度がある。虚月とは、一部の奇特な人間以外にとっては、絵空事のような何かでしかなかった。

 その絵空事が、べウガンの一部を焼き払い、今は教団領南部の上空に鎮座している。教徒たちの動揺は極めて大きかった。


 そうした中、レイグは領主として、騎士団の使者を丁重に城に迎えたのであった。

「……サウラス殿。文書を交わしたことは何度かありましたが、直にお目にかかるのは初めてですね」


 城の応接間で、騎士団の使者を出迎えたレイグはにこりと笑った。二百年前袂を分かったとはいえかつての同胞、遠縁の者だ。彼にはそれを無碍に扱う理由はない。


「ようこそおいでくださいました。べウガンを襲った賊どもを滅して下さったこと、シアレットを代表してお礼を申します。思いがけないことで少々驚きはしましたが」

「驚かせてしまったことは、重々お詫び致します。しかし何分、こちらにはオルシーラ姫がいらっしゃいますので。教団領南部の危機は騎士団の問題でもあります」

「ええ、そうでしょうとも。ですがまさか、これほどの援護を頂けるとは思わず、感謝の念に打ち震える思いです」


 虚月は依然、教団領の上空にある。空の覇者として、いつでも自在に、一方的に攻撃を行える。そして教団には、それに対処する術はない。

 これは救援などではない。事実上の侵攻であり、勧告でもある。お互いにそれを分かっていながら、最低限の体裁を保とうとしているのが現状だった。


「オルシーラ姫にも、是非お会いになって行って下さい。我が名において、この城内における貴方方の安全と自由を保証いたします。どうぞご遠慮なく、ご自分の家と思ってお寛ぎ頂きたい。お望みでしたら、城にいた使徒家の者たちとなるべく鉢合わせないように計らいます故、お任せ下さい」

「それはそれは、ありがとうございます」


 サウラスは礼法を崩さずに、優雅に礼を述べた。これ自体は想定内の対応だ。しかし短期間で手配と決断を済ませ、内情はどうあれ動揺を隠しきっていることには感嘆した。

 使徒家の人間は、多くが軟禁状態に置かれたのだろう。他ならぬレイグの命令によって。だが、それは良い。最大の懸念材料は他にある。


「それでは早速お尋ねしますが、使徒家以外の方は、いづこにあらせられましょうか」

「……聖者様はこの数日間で御容態が悪化しており、すぐの接見は難しいでしょう。お望みとあらば善処しますが……」

「成程……結構です。どうぞお大事になさってください。しかし随分と落ち着いていらっしゃいますね?」


 頭上では、未だ銀の月が輝いているというのに。それがいつまで続くものか、正確に読み取ることはできないはずだ。ましてそれに対処することなど、ただひとつの手段を除いては——


「此度の件がセネロスの慈悲であることは理解しております。少々、思いがけない方法であったとは思いますが……」

 言いながらレイグは、小さく笑う。


「当家以外を見れば、騒がしい者もおりましたが。我々には狼狽えるほどのことではございません。

 我々は同じ貴族であり、同胞です。それを、話し合いの余地すらなく無慈悲に殺すなどという真似は、まさかなさらないでしょう?」


 その言葉選びに、サウラスは僅かに目を細めた。


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