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ヴェンリル家の嫡子と庶子

 長兄リオン。そしてルドガー。この二人と、ローゼは母を共有している。この血は、三度も嫡子を裏切った。こうなれば、一人残ったローゼに対してリシカがどういう扱いをするかは、火を見るよりも明らかだ。


 だからローゼは逃げないといけなかった。そしてリゼルドの手の者に捕らえられた。


「……つまらない。お前は昔から、僕の前では絶対笑ってくれないよね、何だか寂しいなあ。……ほら、いつも、こんな風にしているんでしょ?」


 リゼルドは笑ってみせた。その顔にローゼは凍りついた。弧を描く唇、仄かに染まった頬、潤んだ瞳とはにかむように緩んだ目元。ともすれば少女に見えるほど中性的な、整った弟の顔にその笑みはよく映える。それは紛れもなく、彼女が日々男に振りまいている笑顔であった。鏡の前でいつも調節しているから分かる。


「笑顔。媚び。それがお前のささやかな武器。母親譲りのね。でも、ふふ、ざんばら髪や傷ついた顔でも、男を魅了できるものなのかな。試してみようか」


 身を乗り出し、伸ばされた手が、彼女の頬に触れた。冷え切った、血の気の失せた頬が弾かれたように痙攣した。


「……でもまあ、良いよ。今はこれで許してあげる」


 言葉とともに手を引き、一旦離れる。一連の動作で流れた髪を無造作に元に戻す。


「お前が男を頼って誘拐されようとするのも、分かっていたよ。思ったより初動が早かったから、結構危なかったね。結局誘拐犯共々捕まえられて、それは何よりだけど」


 誘拐。荒れ狂う屋敷から、リシカから、聖都から、ローゼとともに逃げようとした罪科。

 例えそれが、ローゼが懇願した上でのことでも、家長たるリゼルドが「家の者が誘拐された」と言えば誘拐なのだ。


「……そう、誘拐犯。お前を、使徒家の人間を攫おうとしたんだから、当然処罰されるべきだ。そうなんだけどさあ……」


 リゼルドはため息をついた。


「……ここでお前の目の前で殺してあげたかったんだけど、レイノス様に止められちゃった。改革派の人間の中では、結構重要な奴らしいね。領内ならともかく、聖都周りの事件で私刑とかやったら色々不味いし。……全く残念だよ」


 ただでさえ、現在教団の内部統制は揺らいでいるのだ。改革を唱える人間にとっても、重大な転機であると言える。彼らを宥められる人間を下手に殺すとまずいことになる。「安心した?」リゼルドは笑って身を乗り出した。姉をのぞき込み、その表情を見て更に笑みを深めた。


「良いね、お前やっぱり僕に似てるよ。兄姉の中で一番かも。ああでも、似るとしたら僕よりは父上かな?」


 それでもローゼは答えない。気にせず、リゼルドは更に一枚を手に取る。それは直近の、聖都からのものだった。一瞥して、端正な顔が顰められる。


「は?レアナと婚約者が会った?何やってんのあいつら……ああ、ユミルのせいか。まあいいけど。僕は困らないし」


 ぶつぶつと、独り言めいた呟きを漏らしながら、関心のない手つきで投げ出した。淀みなく報告書をめくっていき、やがて現れた一枚に目を留める。


 ルドガーの件で負傷し、未だ北部で療養しているラーデンの容体を知らせるものだった。それを、他より随分と時間をかけ、熟読して、リゼルドは楽し気に肩を揺らした。


「……今月は無事に終わるのやら。大事になる前に、迎えに行ってあげないとね」




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