異母姉
楽団の侵攻は日に日に勢いを増している。現在はルーニス平野が主戦場となっていた。近隣の都市の支配圏を巡ってぶつかり合う、そういう流れの途上にあると言える。従ってこの場所には今、戦力の大部分が集まっているのだが。
「……なんかこれ、良くない気がするなー」
長い黒髪を耳にかけつつ、リゼルドは呟いた。地図をのぞき込んでひっくり返す。眉根を寄せて一頻りルーニス辺りを睨んでから、
「やっぱりこの配置、嫌だなあ。どこがどうとは言えないけど何か気に入らないっていうか、気持ち悪いみたいな。そういうことってあるよね?」
べウガン地方は襲来を受け、西側から崩れつつある。その混乱の中で、人々はできるだけの工夫を日夜行っていた。それはセラキスも同じであった。
防御を固めようと、至る所で作業が実施されている。外壁の強化、他都市との連携も目まぐるしく進行している。拵えた罠があちこちに張り巡らされ、避難経路はいつ来てもいいように万全に整えられている。無論、要人たちは逃がした上でのことだ。
都市全体が戦闘態勢に移り、守りを固めている。最近はどこもこんな感じだ。
そんなセラキスの一角、所有する屋敷の地下室にリゼルドはいた。
「ねえ知ってる?つい先月まで、この辺に騎士団の人質がいたんだって。どさくさ紛れにどっかに逃げたらしいけど」
服装は相変わらず、上質だが当たり障りのない無難なものである。灰色を基調とした薄手の服で、長袖の上着を肩に羽織っている。父の遺品の黒外套は、未だ手元に戻っていなかった。
椅子に座った彼の向かいには、異母姉のローゼが座っていた。この数日間、屋敷で軟禁同然の暮らしを強いられている彼女は、弟の声にも反応を見せない。
リゼルドは上がってきた報告書に目を通していた。机に広げた地図には、石がいくつか配置されている。リゼルドは報告書を読みつつ、口の中で呟いてはそれを動かした。石に乗せた指が、北部の境界、ブラスエガとの接点に触れる。
「…………まあもうとっくに知ってるだろうけど。つい先日、ここでルドガーが裏切ったんだよ。それと時を前後して、ブラスエガも内戦に入った」
恐らくは、指輪を取り戻すためだろう。バルジールが兄アルデバランに背き、戦端を開いた。現段階では中々拮抗しているようだ。逆襲の好機を得たブラスエガだが、この状態で教団に攻め込むだけの余力はない。
「ツェレガも変わらず、群雄割拠の勢力争い。オルノーグも総帥の膝下だから早々動かない。楽団北部三州は、暫く他所と戦うどころじゃないわけだ」
何年も続けてきたブラスエガとの争い。それは決着しないまま互いに混乱状態に入った。地図上に置いた石を、今度は聖都の位置へ動かした。リゼルドは一旦頬杖を突く。
「……ルドガーが裏切った。そうなった以上、お前は絶対聖都から逃げると思った。ここまで来たら、本当に、母上に殺されるのも時間の問題だし」
ローゼは何も答えない。表情の消えた顔で、黙り込んでいる。ここに押し込められてからずっとそうだ。心を閉ざし切って無反応に徹する様は、美しい人形のようだった。リゼルドは一方的に言葉を継ぐ。
「いつかは来ると思ってた。お前たちの母親も兄もそうだったんだし。『かの血は裏切りに汚れたものなれば――』」
伝承の一節を小さく唱え、くすくすと笑った。明らかに嘲りを含んだ声にも、ローゼは反応しない。




