初対面
その帰り道、敷地から出る間際で、ユミルとユリアは知り合いと出くわした。庭の片隅で見覚えのある人影が揺れ動く。雰囲気からして、誰かと話しているようだった。やがて、話し相手は離れていく。それを待ってからユミルが声をかけた。
「こんにちは、レアナさんですか!?」
「あ……、ユミル様。ユリア様も、いらしていたのですね」
日暮れの庭で、その佇まいはどこかひっそりとしていた。レアナの顔は窶れ、青白かったが、何とか気丈に微笑んだ。
「レアナさん、ここで何をなさっていたんですか?」
「親類が北へ行くそうなので、手紙と届け物をお願いしていたのです。兄の容態が、まだ安定しないようなので……」
「ああ、ラーデン殿でしたか。たしか、ルドガー殿の暴動の際にお怪我をしたんですよね?大丈夫でしょうか。近いうちに、僕からもお見舞いを送りますね!」
「……ありがとうございます、ユミル様」
レアナは静かに頭を下げた。
兄が大怪我をしたというのに、看病にも見舞いにも行けない。母親が違うのに、同じ庶子というだけで同罪のように扱われる。あまりの心労の連続に、母は寝込む日々が続いていた。
「ところで、ローゼさんはどうしたんでしょう?ルドガー殿が蜂起して逃亡した以上、あの方も色々大変なのではないですか?」
「それは、私も分からなくて……ただ、懇意のご友人を頼って聖都を出ようとなさっていたそうです。そこを家の者が捉えて、以降はどうなったのか、どこにいらっしゃるのかも」
ローゼはラーデンやレアナと違って、反逆を起こしたルドガーと母を同じくする存在だ。このようなことが起きた以上、聖都にいることは到底叶わない。おそらく領地のどこかで軟禁状態にあるのだろうが、詳しいことはレアナの耳には入ってこなかった。
「少し顔色が悪いようですよ?兄君のことが心配でしょうけど、休息は取ってくださいね!貴女まで倒れたら母君のご心痛も増すばかりでしょう」
「……お気遣い、ありがとうございます。それで、その、そちらのお方は……」
レアナは遠慮がちに、ユリアの方を一瞥した。
実のところ、彼女たちが顔を合わせたのはこれが初めてだった。お互い相手の存在くらいは知っている。状況や身なりから推測することもできる。だが、いきなり呼びかけたり話をすることは儀礼に反する。こういう時は共通の知人が仲介し、挨拶へ導く必要があった。
この場合、その役目を果たせるのはユミルだけだった。それを知ってか知らずか、ユミルは笑顔のまま、
「ああ、失礼しました!僕たちは、リシカ様のところをお訪ねした帰りでして……こちらはリゼルド殿の婚約者、ユリアさんです!ユリアさん、このレアナさんは先代のリオネス殿の娘さんですよ!」
「……初めまして。ご挨拶が遅れ申し訳ございません。リゼルド様と婚約をしております、ユリアと申します」
「は、はい。ご丁寧にありがとうございます。先代の娘、レアナです」
リオネスは先代当主の名前である。現当主であるリゼルドの名前の方が通りはいいし、リゼルドの姉と言った方が伝わりやすいのは間違いない。それでもあえてややこしい言い方を用いるのは、レアナが庶子であるからだ。
その上ユリアも、未来の義母の覚えがめでたいとは言い難い。女主人たるリシカの印象を思えば、最大限回りくどく、遜って物を言うのが安全だった。
二人はどちらからともなく頭を下げあい、挨拶を交わす。それ以上は繋がらず、気まずい沈黙が流れた。
「お二人は将来、義理の姉妹になるんですよね?ユリアさんはリゼルド殿と結婚するんですし!」
その間で、ユミルだけがにこにこと笑っている。わずかに空間の温度が下がるが、ユリアは気丈に微笑んだまま、
「何もかも、猊下とリゼルド様のご決断を仰ぎ、従うのみでございます」
レアナはそれにますます気まずそうにしたが、結局何も言わずに口を閉ざした。ユリアは更に続けた。
「お兄様のことは、心よりお見舞い申し上げます。一日も早くご快復なさいますよう、私も願っております」
「もちろん僕もです!後ほど何かお贈りしますから!」
「……ありがとうございます」
見舞いの言葉に、レアナは素直に感謝した。リシカの目を恐れ、社交辞令でもそのように言ってくれる者は少ないのだ。
姉と、弟の婚約者はこんな風に、よそよそしく節度を保った初対面を終えた。




