ユミルの同行
「あれ?ユリアさんじゃないですか!」
そこにユミルは、場の空気も読まずに突撃した。
ユミルは相手が硬直しているのも構わず、
「どこに行くんですか?あちらから来たということはヴェンリル邸でしょうか?良ければ僕もご一緒したいです!」
「え?いえ、ユミル様……何故そのような」
道端で押し問答した末、結局ユミルは彼女らに同行することになった。ユミルが恐縮し、遠慮しようとするユリアを押し切ったと言っていい。常識外れの、無礼とも言える振る舞いだが、今回に限ってそれは悪い方向に働かなかった。
「リシカ様!お久しぶりです、お会いできて嬉しいです!」
「……あら、これはユミル様。お久しぶりですこと。暫く会わない間に、大きくおなりになって……」
「はい!リシカ様、昨年は弟に誕生祝いを下さり、ありがとうございました!家族みんな感激してました!」
「喜んでもらえたなら幸いでしたわ。その後お母君の具合はどうかしら?」
「母は元気にしています!弟もすくすく育っていて、久しぶりに会って驚いたくらいです!」
「分かりますわ。赤子はあっという間に育ちますものね」
元気よく挨拶したユミルを前に、リシカは若干態度を和らげたからだ。彼女はカドラス家に対しては、それほど悪印象を抱いてはいない。ユミルが日頃から、隠さずリゼルドを慕っているというのも大きかった。
「せっかくですし、お茶でも飲んでいきなさいな。以前、棗菓子が好きと言っていましたね。すぐに用意させましょう」
「覚えていて下さったんですか、嬉しいです!あれは確か、何年か前の園遊会で……」
そんな感じで、途中までは比較的和やかに談笑できていたのだ。ユリアは完全無視されていたが。
「あ。そう言えばルドガー殿が、つい先日暴動を起こして逃げ出したんでしたっけ?」
しかしユミルは笑顔で、最大の爆弾を持ち出した。ユリアの喉が、堪らず引き攣った音を鳴らす。だが、リシカの反応は静かなものだった。
「ええ、そのようですね。分かり切っていたことです。あの血筋は必ず我が家に仇なすと……あれの母も兄も、そうだったのですから」
リシカは冷え冷えとした声で吐き捨てる。しかしその直後には愁眉を寄せ、美しい顔に憂いを滲ませる。その様は子を案じる母そのものだった。
「……だというのに優しいあの子は見捨てられずに、傍に置き続けて。いづれ何か大変なことでも起こるのではと、ずっとそれを案じておりましたが……ひとまずは良いでしょう。汚らわしい庶子どもは、今現在リゼルドの傍にいない。従って、あの子を害することはできません」
「…………しかし、恐れながら……暴動時に何名か、臣下の犠牲も出たと伺っております」
ありありと顔に怯えを張り付けながらも、そう言ったのはユリアだった。リシカはそれに氷のような一瞥を向け、
「そのようですね。それに何の問題が?」
リシカにとって重要なのは、息子の傍から不穏分子が消え失せたということだ。それにあたって有象無象どもが何人殺されたとてどうでもいい。その冷徹さが、眼差しにも声にも溢れ出ていた。
「まあ、役立たずのもう一人は負傷して、今ものうのうと療養しているようですが……そこで共倒れにでもなれば、手間が減ったものを。それにローゼの方も保護するよう手を回したようで、見せしめにもできません。あの子は、リゼルドはやはり優しすぎるのです」
リシカは憎々し気に吐き捨てながらも、最後の方だけは悲し気に声を弱らせた。本当に心配なのです、そう続ける顔は、慈母のそれでしかなかった。
「良く分かりませんが……僕はリゼルド殿を信じていますし、きっと大丈夫だと思いますよ!何かお考えがあるのでしょう!」
「そうかもしれませんが……あの子は昔から、本当に庶子どもに甘いのです。行き過ぎなほどに。それが悪い方向に進まないかと、ずっと心配で……」
「大丈夫ですって!数日前に聞いたのですが、猊下はマーレンのソリス様を呼び戻すおつもりのようです!!僕たちがリゼルド殿を友人として支えます!だから大丈夫ですよ!!」
何故か南部にいるソリスを巻き込んで励ました。本人が聞いたら悲鳴を上げて嫌がりそうなことを、ユミルは笑顔で宣言する。
「ええ。あの子の良き友人として、これからもお願いしますね」
「はい、もちろんですお任せ下さい!」
そしてリシカとユミルは、話題で盛り上がった。その間ユリアはほぼほぼ無視されることになったが、ここ最近で最も平穏な時間だった。




