エルクの不穏な気配
「お久しぶりです、シノレ」
「はい、エルク様。ご健勝のご様子、何よりと存じます」
エルクはどうやら、休憩時間らしい。邪魔をすべきではないと、立ち去ろうとしたシノレを、エルクが引き止めた。
「何をしているんですか?」
聞いてきた少年に、先ほどと同じ説明をする。
「師範の指示で、城にある何かを描いてこいと言われて……それで、描く対象を探していたんです」
こういう芸術分野は後回しにされてきたのだが……最低限の知識はついたし、最近教育係も多忙なので、たまにはということでこういう課題が出たのである。
「そうなんですか……描けそうなものは見つかりましたか?」
「全く」
そもそも自分に絵心なんてものはない。シノレは首を振った。
「……そういえば聞きましたか。北の方で、蜂起があったとか」
「ええはい、噂で少しだけ」
結局、一緒にすることになった。エルクが別の場所に腰を落ち着けて、東屋から見える木を描き始めたので、シノレもそれに倣ってみたは良いが、すぐに行き詰まった。
(…………どこから何をどう描けば良いのか、全く分からない……)
眼の前の木には、小さな葉や花が大量についている。少しの風にもそよいで、全然じっとしていない。こんなのをどうやって描けば良いんだ。
歯噛みしながらシノレは紙の上で鉛筆を彷徨わせる。そしてちらりと隣を見て、シノレは驚嘆した。
「……お上手、ですね、エルク様」
「そんなことはありません。ただ、昔からこの手のことが好きで……母やソリスと一緒に写生に出かけたりもしたものです」
(……ソリスって誰だっけ…………えっと、ああ、ファラード家の当主か)
一年くらい前に見た、赤毛の少年の顔を思い出す。今は西の方にいると聞いた。きっと楽団への対処で大わらわだろう。その上、本拠地たる北でも大騒ぎが起こっているなんて、気の毒に。
「……」
「シノレ」
黙々と作業をしていると、エルクがぽつりと話しかけてきた。それにどうしてか指が止まり、背筋は強張った。何か酷く不穏なものを感じた。




