ある昼下がりのシノレ
月も半ばになったある日。紙束と鉛筆を手に庭を歩いていたシノレは、見知った顔と出くわした。セシルだった。
「あ、先日はどうも」
「……ごきげんよう」
会えば挨拶くらいはするようになった。ただこういう昼間に、顔を合わせるような場合、結構相手の雰囲気が違う。人目を気にしているのか何なのか……ご令嬢とは大変なもののようだ。方角が同じだったので一緒に歩きながら、世間話をした。
「一体、何を……?お持ちのものは、紙と筆記具ですか?」
「はい。師範の指示で、庭かどこかで絵を描いてこいと言われて……」
「そうですか。もう何かお描きになったのですか?」
「はい。天秤を」
天秤はワーレン教の象徴だ。これなら、どこでも大体目に付くところにある。題材としても無難だろう。セシルが興味を引かれたようだったので、何枚か見せてみる。
「こ、……個性的ですね……」
「無理して褒めなくて良いですよ」
下手なのは自分でもよく分かっている。まあ、それはいい。紙の束を抱えて、シノレは空を見た。
「……最近、一気に物騒になりましたね」
「ええ。家人たちも怯えていますし、恐ろしい噂も良く聞こえてきます。こんな時こそ心を澄まし、神の声に耳を傾けることが必要でしょう」
「……」
まさに教徒の模範解答といった感じの答えだった。生まれた時から彼らが受ける教育の一端を垣間見たような、そんな気がした。
「父も最近、使徒家関連のご招待が増えて……微力ながら尊き方々をお支えできること、有難く思っております」
「そうなんですか、良かったですね……そういえば、以前の探し物は見つかったんですか」
隣から響く声に、シノレは何気なく聞いた。思い出すのは先月末の、探し物をしていた少女のことだ。セシルはそれに足を止め、怪訝そうな顔をした。
「はい?探し物?何のことでしょう……」
(……ん?)
シノレは遅まきながら違和感を覚えた。何か会話がかみ合わない。
あの時は確か、探し物をしているという謎の少女がやってきて、部屋に入られて。そう、その少女の声はセシルに似ていたのだ。だからここで思い出した。
彼女に剣入りの櫃が見つかって、なんでか質問攻めにされた、気がする。シノレにはその辺りの詳細な記憶がない。気づけば倒れていて、朝だった。
あの後どうなったのか。押しかけてきた少女はどうしたのか。結局探し物とやらは見つかったのか。思えば、何を探していたのかも分かっていない。
「先月の、儀式の襲撃事件後のことです。探し物とかで、お城に戻ったのでは。お会いしましたよね、たしか」
「…………いいえ?あの襲撃の後に、お城に上がったのは今日が初めてですが。あのような非常時にお城の中をぶらつくなんて、そのようなことは致しません」
「…………え?」
セシルとは、その先の角で別れた。シノレは一人になってから、突如浮かんだ疑問に首を傾げた。
「……あれ?」
じゃあ、あれは誰だ?知り合いくらいになりつつあった少女の声が、姿が、急に得体のしれないものに変わる。
「…………良く分からない」
結局シノレは考えを打ち切った。まあ、十秒考えて答えが出ないならそれ以上悩んでも仕方ない。その後、東屋にいたエルクと出くわした。




