ルドガーの叛乱
――奇妙な、白昼夢を見た気がする。すっと意識が浮上し、ラーデンは目を開いた。
「…………夢か」
そうだ。部屋で仮眠を取っていたのだった。寝台から起き上がり、彼は着替える。その間、妙に静かだった。
何か胸騒ぎがした。部屋を出て、足早に廊下を抜ける。不自然なほど物音がしない。リゼルドが去ってからは気が緩んだのか、時々騒ぎが起きたりしていたのだが。
現在は戦況の膠着化と総大将の離脱を理由に戦線を引いていた。特にこの数日は不気味なほど静まり返っていた。こうなってから、ラーデンはずっと嫌な予感を感じていた。
現在ここの留守を預かっているのは、分家筋の将軍ベルナーだ。そのはずだ。
徐々に、喧噪が近づいてくる。漂ってくるのは、血の香りだ。行きたくないと心のどこかで思う。しかし歩みは止まらなかった。そちらに歩きながら、夏の間に起きたことが、幾つも頭を巡った。そして最後に浮かんだのはリゼルドの、狂気を帯びた美しい微笑だ。
ずっと、これが最後の夏になるのではないかと――そんな薄っすらとした予感が、滲む汗のようにつきまとっていた。
「————……」
そして。現れた光景に一瞬足を止め、すぐさま彼は走り出した。
進むほど、争いの音はあちこちから聞こえてきた。それには見向きもせずにただ一点を目指す。この出来事の原因は、そこにいると確信していた。
血に染まった最上階。死人と怪我人が折り重なる指令室。そこから伸びる渡り廊下。そこに、予期した姿はあった。その背中に向けて呼びかけた。
「ルドガー!!」
異母弟は振り返る。その顔は憎悪に歪んでいた。
「こんな……君は、君たちは何ということを——……」
「もう決めた」
答える声は、悍ましいほど静かだった。耳鳴りが伴って聞こえてくる。思考が歪み、視界が遠くなってくる。
既に状況は取り返しがつかないことを、互いに知っていた。教徒を襲い、殺してしまった以上、冗談では済まされない。ルドガーは二度と引き返せない一歩を踏み出したのだ。
「教団など滅ぶべきだ。母上と兄上を殺し、弱い者に一方的に犠牲を押し付ける、こんな狂った秩序など存在する価値がない。教徒も使徒家も、全て全て死ねば良い——」
「君は――」
言葉は続かなかった。弟の歪んだ顔が傾いていく。衝撃と、痛みと、一拍遅れて噴き上がった血飛沫と。
彼はそれをどこか、他人事のような遠さで見つめていた。
分かっていたのだ。こんな日がいつか必ず来ると。
止められたのかも知れない。止めるべきだったのかも知れない。だけど、自分は――
視界が霞み、すぐに何も見えなくなる。気配が荒々しく遠ざかっていくのを感じながら、彼の意識は暗闇に落ちていった。




