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リゼルドとサウスロイ

 都市ドールガは聖都からやや北西に離れた、ヴェンリル家領地の心臓部である。悪名高い闘技場が有名だが、城も堅牢さと凄惨な逸話で名高い。都市の中央に聳える巨大な城は政務の中枢であり、領主の居住空間としても使われる。


「ああお館様……!懐かしさに胸が張り裂けそうでございます!!この収蔵庫の空気、物品、まさかかつてから何も変えられていないとは……!!」

「そうそう、これは父上のコレクション。楽団をぶらついて、あれこれ買い漁るのが好きな人だったからねえ。その最たるものがお前だよね、サウスロイ」


 その通路の小部屋で椅子に座って、リゼルドは収集品を見分していた。出させたものを一つずつ、矯めつ眇めつ、手にとっては離し、仕分けていく。その合間にも、サウスロイののんびりした声が聞こえてくる。


「して、御主人様におかれましては、何ゆえ今そのようなことを?お父君の遺品を懐かしみ哀惜に浸るには、昨今の情勢は不穏すぎると存じますが」

「色々入り用のものがあるんだよ。これから楽しくなりそうだから、準備は万端にしておかないとね」

「ですがこれらの収集品、教団の法では所持しているだけで罪に問われるものが少なくないと見受けますが」


 リゼルドはそれに答えず、手にしていた一つを押しやり、椅子の背もたれ越しに目を流して、


「……一昨日から城門でうろついてた不審者って、やっぱりお前だったんだね。警備から報告聞いて、そうじゃないかと思ったよ」


 そう笑う主人の斜め後方で、サウスロイは簀巻きにされて転がされていた。


 リゼルドの跡をついてきた彼だが、城には許可なく入れないので、数日城周辺をぶらついていた。そこで不審者として捕まり、拘禁されたところをリゼルドから呼び出されたのである。


「ええ、お久しぶりです御主人様。このような姿で失礼致します」

「はは、まだ一月も経ってないけどね。短い別れもあったもんだ。解いてあげなよ」


 リゼルドは立ち上がり、傍で警戒する従者にそう命じる。それによって椅子で隠れていた部分が現れた。


 リゼルドはいつもの黒外套ではなく、涼し気な白の一揃いを着ていた。白絹の光沢と黒髪、青い瞳が調和して、かなり雰囲気が違って見える。


 それを観察しながら、サウスロイは手足についた縄の跡を擦りながら立ち上がる。素早くもつれた青髪と服も整える。そして服装についてどうしたのかと聞いてみると、リゼルドは静かに眦を緩めた。


「ああ、父上の外套?あれは暫く着ないだろうから、一足先に職人のところに送ったんだよ。丈夫な仕立てだけど、やっぱり定期的な整備は必要だし、事によると手直しする必要が出てくるだろうから」


 妙に楽しげな声でリゼルドは言う。先月末に見せた不機嫌さはどこにも窺えない。手振りで促されるまま、サウスロイは新たに運ばれてきた椅子に座った。


「それではとうとう寸法をお詰めになるので?良きことと存じます。あれはあれで非常にお似合いでしたが、お館様の寸法そのままのご着用では少々大きすぎ、若干ちんちくりんに見え……いえいえ、何かとご不便も多いでしょうし!」

「あはははは!まあ父上と比べたらね~!でもそういうことじゃないよ、多分ね?それで、サウスロイ。なんでお前はここにいるの?」


 何でと言われれば、先月末の食事でそう言外に指示されたからだが――そのまま口に出すのもつまらない。


「私のような人間は、使って下さる主君あってこそですから……待機しているより、お側にいた方が御主人様のお役に立てるかと思い、密かに尾行して参りました」

「うんうん、分かってるじゃん。さすが、父上に気に入られただけのことはあるね」

「お懐かしゅうございます。お館様には大層引き立てて頂きました」

「その前はエルヴェミアだっけ?お前も大したもんだね」


 サウスロイは元は騎士団の出身だ。旅芸人になるために故郷を飛び出して早十年と少し。所属した劇団は一年で壊滅してしまった。楽団で身一つ、頼れる相手もなかったサウスロイは奴隷となり、それなりの教養があったがために審議の塔に送られた。


 そこで行われた残酷な遊戯で勝利を重ね、エルヴェミアの目に止まった。彼女の庇護と援助によって更に名声を高め、それを気に入ったリゼルドの父に買われ、教団に引き取られて今に至る。


 その流れを、当然リゼルドも知っている。


「……つまりさあ、お前は楽団や騎士団に色々伝手があるんだよね」

「ええまあ、以前も色々情報をお届けしましたよね。……かつてご贔屓にして下さった方や知人知り合い、貸しのある者はそれなりに」

「それは良かった。……それじゃ、僕と、楽団巡りしない?」


 リゼルドは笑う。周囲の動揺と当惑など完全に無視して笑う。


「それは素晴らしいですねえ!ではいつか暇が空いた時にでも……」

「いや、これから。僕も久しぶりにあっちで羽伸ばしたいし」

「……恐れながら。御主人様には、ベウガンに攻め込んだ楽団に対処するという崇高なご使命がお有りですよね?」

「別にいいじゃない、そんなもの。僕じゃなくたって」

「…………」


 どう答えたものか寸時迷う。理屈で考えるなら、丁重に辞退すべきだ。教団が危機にある中、リゼルドには使徒家当主としての務めがある。今回聖都に呼び戻されたのも、それ絡みに違いないのだから。


 だが、そんな行儀の良いお題目で諌められることを、この主人が望んでいるはずがない。リゼルドはやけに楽しそうに笑っている。無邪気な子どものようにも見えるし、冷徹に観察する研究者のようにも見えた。


「どういったご遊戯か判りかねますが……不可能でしょう。御主人様は教団は捨てられても、至尊の御方は捨てられますまい」

「……正解正解よくできました~。それじゃ、そこから進んでもう一つ。……どうして僕は今、お前にこんな話をしたと思う?」

「それは――……」


 サウスロイは答えるため、口を開こうとする。しかしそれより先に、扉が勢いよく開け放たれた。息せき切った伝令が、叫ぶように異変を告げる。


「当主様、ご無礼のほどお許しを!い、一大事でございます、ルドガー様が……!!」


 その報せは、地境の都市に残してきた軍の内部で反乱が起こったというものだった。



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