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剣の持ち主

 洒落た靴の踵が高く忙しない音を立てる。人々の視線も構わずに、オルシーラは心做しか足早に部屋に戻り、控えていた侍女の一人に目線で助けを求めた。


(し、ししししししししシエナあああああ!)


 ――やらかした!!!とオルシーラは頭を抱えた。心の中で。上辺はいつも通り、完璧な姫君のそれである。


 だが侍女には動揺が伝わったらしく、周囲に人が少なくなった隙に目配せで応じてきた。


(……どうしたのですか、そんな風になるなんて珍しい。ここでは最低限以上近寄ってくるなと仰ったのに……何か不測の事態でも?)

(やらかしたのよ私としたことがこんな凡ミスをいやだってこんなことになるなんて思わなくてあんなまさか死んだ魚の眼野郎が!!!)

(落ち着いて下さい)


 そう。長年親しみ、一緒に騎士団から来た仲であるが、オルシーラはこれまでシエナとの接触を避けてきた。視線を向けることさえほぼなかった。


 理由は簡単だ。人質の姫が故郷から一緒に来た侍女とべったりしていたら、妙な憶測をされかねない。そんな形で警戒や不信を買いたくなかったので、あまりシエナと親密な素振りは見せず、むしろあまり仲良くないという体で振る舞ってきた。


 日常の世話や身辺のこともむしろ、教団側の侍女に多くを任せた。そして騎士団から連れてきた侍女たちとは極力事務的に、よそよそしく、接点を少なく抑えてきたのである。彼女たちは彼女たちで、色々情報収集や周囲との交友に励んでくれた。


 そんな彼女たちは、特にシエナは、実は目だけでオルシーラと以心伝心できる間柄だった。


 思い出すのは先月末頃のことである。儀式中の襲撃事件で都市全体が動揺し、城内の人間も引き払い、必然的にオルシーラへの監視も緩んだ。そこでオルシーラは体調不良を装いつつ、侍女との連携を取って抜け出し、とうとう目当てのものを発見したのである。それで最大の使命は果たせたとなったところに――


(……つまり、時々助けてくれていた恩人さんが剣の持ち主だったと?)

(話を聞く感じ、どうもそうみたい。嘘かもしれないけど、でもその真偽はどうでもいいのよ。問題は、ここに実際にあるかどうかなんだから。正直首飾りがなかったら、絶対見つけられなかったわ)

(そちらの、七星の首飾りですよね。エルセインの姫君がお持ちになった宝ですが、伝承については眉唾と思っていましたが……)


 青い貴石をあしらった、七星の首飾り。竜によって国が滅びた後、時の大公妃を頼りセネロスに身を寄せて、『黎明』と深い絆を結んだと言われる姫君の遺品だ。この首飾りは『黎明』縁のものに近づくと反応すると言われており、そのため密命を帯びたオルシーラが持たされた。


(思いがけず、反応してしまったんですよね。たまたま通りがかった恩人さんの部屋で)

(ただの伝説、こんなの効くわけないって思ってたんだけどね……あの時はこっちがびっくりしたわよ……)


 豪奢で古い以外はただの首飾りだと思っていたのが、いきなり火傷しそうな熱を持ったのだ。奇声を上げそうになった。そしてその先には、怪しげな櫃があったのだ。オルシーラは半ば無理矢理部屋に押し入ったが、


「何よこれ開かないじゃないの!!」


 何故か櫃の蓋はびくともせず、どれだけ力を込めても持ち上がらなかった。オルシーラが悪戦苦闘していたら、相手が若干慌てた様子で止めに来た。


「いやその、触らないで下さい……危ないので」

「危ないってどういうことよ?ただの櫃じゃないのよ」


 そんな流れで、聖者が直々に見出したものであること、少々物騒な力を持つらしいことなど聞き出し、この櫃に収められているものこそ探していたものだと、そう確信した。


(その時お気づきにならなかったんですか?恩人さんが、昨今教団を騒がせている勇者さんだと)

(思えば、初対面以外で顔を見たことほぼ無かったのよ。油断してたわ。顔を見れば分かったでしょうけど、声しか聞いてなかったし……)


 二百年前に盗難にあい行方知れずとなった秘宝。『黎明』の神剣。それさえ戻れば昔日の栄華もまた戻って来ると、大公家は信じている。そう、信じ込んでしまっている。


 オルシーラは、それを探し出すために教団を訪れ、聖者に近づいた。けれど、はかばかしい反応は得られなかった。始め、それは余所者への警戒故だと思っていた。まさか、騎士団では神格化されて久しいその剣が、あんな人間の管理下にあるなど、思いもしなかったのだ。


(でも一応、初対面の後も勇者さんと同席する事はあったのでしょう?それなのに人物の符合に全く気づかなかったのですか?)

(……正直あいつの目、見るだけで不景気な気分になるからなるべく見ないように避けてたのよね。話すこともなかったから、どんな声か完全に抜けてたわ。聖者様に見惚れておけばごまかせるもの)

(そんなにですか……)


 オルシーラは一度会った人間は忘れない。それはそうである。彼女自身もそうと自負してきた。顔と名前は完璧に合致させることができる。


 だが思い返せば、相手の声だけで判別する必要に迫られたことはなかった。不覚もいいところだ。つい先程、シノレがオルシーラの眼の前で声を発するまで、まるで符合に気づかなかったなど――


(…………これからどうなさいますか。先月の、レイグ様からのお申し出も含め、今後のことを考えなくてはならないでしょう)

(……どうしようもないわよ。とにかく神剣が見つかりさえしたんだから、後はなるようになれよ。まさかここまでややこしいことになるだなんて……)


 オルシーラは疲れ切って肩を落とした。その拍子に首飾りが揺れる。先月剣を見つけたあの時、彼女はこれを相手に――シノレに突きつけた。そしたら何故か昏倒されたのだった。他にも不測のことが起きすぎて、もう事態は手に負えなくなっている。


 時間切れは近い。そして既に、オルシーラは気づいてしまっている。先月と、先程の一件で。神の恩寵よと崇拝される聖者を、どうすれば地に落とすことができるのか。故郷を救うため、兄の望みを叶えるため、どうすればいいのか。


 けれど今はもう、何も考えたくなかった。



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