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黎明の剣

 とにかく、冷静になろう。でなければ、お互いのためにならない。何から聞けば良いのか。一頻り迷ってから、とうとうシノレは「あの時のことだけど」と切り出した。


「あの時、危ないのがリヴィア様だったことは気づいていた?」

「はい。それは認識していました」

「顔見知りだったから?同情心が起こったから?……だから庇ったってこと?」

「いいえ。それが何の繋がりもない、全く知らない相手であったとしても、私は同じことをしたでしょう」

「……あそこで身を投げ出したのは、奇蹟で助かるって分かっていたから?致命傷を負っても死なないって思っていたから、捨て身になれたの?」

「…………いいえ。そんなことまで、とても考えられませんでした。あそこで死んだとしても、それを分かっていたとしても、きっと私は同じことをしたでしょう」


 聖者は少し考えてから、静かに言った。その静かさが、余計にシノレの混乱を深めた。


「……前に言ったよね。いつか教団を離れて、巡礼をするって。僕に、それについてきてほしいって。……それよりも、まともに話したこともない相手の命の方が大事だって言うの?」

「ええ、そうです」


 今度は即答だった。何の迷いも感じられなかった。


 シノレは視線を逸らさず、ただ一歩下がった。得体の知れないものを見る目線だった。躊躇いのない自己犠牲が異様で、恐ろしい。つまり聖者が言っているのは、殆ど親交もない相手を庇うために命を投げ出せるということだ。そこに何の虚栄も欺瞞もなく、本心から言っていると分かってしまう。だからこそ不気味だった。


「――おかしいよ、それ」

「……そうですね。ですが、私には……誰かを犠牲にして、それを踏み越えてまで、願いを叶える資格はないのです。いえ、そればかりか生きていることさえ……」

「どうして」

「……罪があるからです」


 少しの間続きを待ってみたが、それ以上言う気はないようだった。お互いに、何を言えば良いのか分からず、言葉を見失っていた。シノレの中で突然湧き上がった苛立ちは徐々に冷めて、妙な疲労感が残っていた。気まずい空気の中、困り果てたように視線をうろつかせていた聖者は、やがて「それよりも……」と話を変えた。


「私が寝ている間に、変わったことはありませんでしたか?例えば、あの剣絡みで何か……」

「あ、うん……錆落とし?もあれから地道に続けて……でも、まだまだって感じがするな。何となくの手応えなんだけど……まだ、肝心な部分が眠っている気がする。あのままじゃ落ちきったとしても、本来の姿には戻らないような……」


 言いながら、自分でもよく分からなくなってきた。混乱して「ごめん、何言ってるんだろう」と取り消そうとしたが、聖者は首を振った。


「いえ、貴方の所感ほどあてになるものはありません。今の時代であれに認められるとしたら、おそらく貴方だけでしょうから」

「だからそこからしてもう分からないんだけど……」


 シノレには心当たりなど何もないのだ。早いものであれから一年以上が経過したが、その間何一つ思い当たる節などなかった。ただ聖者が勝手にシノレを見つけ、選び、望んだだけで。それなのに聖者は、まだそれについて詳しく語る気はないようだった。


「……それに、きっとその感覚は正しいでしょう。ザーリアーの封印は相当強いものだったようですね。そこからまだ、目覚めきってはいない……何か衝撃を与えれば或いは……でも……」


 聖者は没頭した様子で、ぶつぶつと呟きだした。それを見ていたシノレはふと思い出して、また口を開く。


「あと……ちょっと、変な女の子が来て、あれについて聞いてきたことがあったよ」

「変な女の子……?」


 首を傾げた聖者に、先月末にあった顛末を話そうとしたが、それより前に聖者がちらりと扉に視線を向け、手振りで話を遮った。


「……誰か来ます」


 やがて入室してきた侍従が来客を告げる。聖者は「ああ、もうそんな時間ですか」と呟き、シノレを見た。


「今朝ご連絡があり、オルシーラ様がお見舞いに来て下さることになったのです。シノレは……どうしますか?」

「どうするも何も……別にオルシーラ姫と会う理由もないし。もう話がないなら帰るけど」

「いえ、まだ話を聞きたいので……では、壁際にいて下さいませんか?水を向けられない限り、何も言わなくて良いですから」



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